クレームから生まれた『料亭の味』40周年 “業界タブー”を打ち破り、みその地域嗜好性を飛び越えられた理由

時短アイテムの強い味方として、今では定番の“だし入りみそ”。開発から40年、変わらず業界トップを走り続けているのが、マルコメの『料亭の味』だ。誕生のきっかけは、「おたくのみそで作ったみそ汁がおいしくない」という一通のクレーム。みそやだしは食材の中でも特に地域嗜好性が強く、当時社内の8割が反対したという同商品が、爆発的ヒットにつながった理由とは? 食生活の変化で“みそ離れ”が懸念されて久しいが、今日に至るまで売上を伸ばし続けてきた同社の思いに迫った。

【画像】知ってる? 時短アイテム「液みそ」に「粒みそ」も…次々とヒットを飛ばすマルコメ

■前代未聞の“だし入りみそ”開発に社内の8割が反発するも…「反対が多いならやるべき!」

 1982年の発売から40年、いまだ業界売上No.1を維持している『料亭の味』が誕生したきっかけは、主婦から届いたクレームの手紙だった。「おたくのみそで作ったみそ汁は、全然おいしくない」という内容。担当者が電話をしてよくよく話を聞くと、だしを取ることを知らず、みそをそのまま溶いただけで作ったことが判明。そのクレームをきっかけに、だしがなくてもそのまま使える“だし入りみそ”のプロジェクトがスタートした。

 核家族化が進み、みそ汁のだしを取ることを知らない世代が出てきていた当時。働く女性が増え、だしを取るのが面倒という声も寄せられていたが、生産現場ではみそそのものにだしを入れるのはタブーとされていた。“良いみそを作れないから、だしを入れてごまかしたと思われてしまう”という懸念もあり、社内の8割以上が反対。しかし、当時の社長・青木佐太郎氏は、「反対が多いならやるべき! 賛成が多い商品ではむしろうまくいかない」と、発売を決断した。

 しかし、地域嗜好性が強いみそにおいて、開発は至難の業。試行錯誤を繰り返しながら、万人に好まれる味を追求していった。

「どの地域の方でも美味しく感じるだしや味わいを追求するために、多方面のお客様にご意見をいただきながら、検証を繰り返して『料亭の味』を商品化しました。当時は今以上に地域による嗜好の差は強かったのですが、最終的に信州の赤系みそをベースに、かつおだしと昆布だしをほどよくブレンドした“米みそ”になりました」(マルコメ広報・其田譲治さん/以下同)

 その結果、業界に先駆けて完成しただし入りみそ『料亭の味』は、瞬く間に大ヒット。発売から半年で注文が殺到し、社員が休日返上で増産しないと追いつかないほどに。工場には大型トラックが列をなし、営業いらずの看板商品となった。それまで2位以下のメーカーと大きな差はなかったマルコメだが、『料亭の味』誕生によって、一歩抜きん出るきっかけになったのだ。

■みそ出荷量は減少でも、マルコメの売上増加なぜ? “みそ離れ”時代の戦い方とは

 その頃は共働き世帯が増え始め、時短・簡便といったニーズが顕在化し始める一歩手前。だしを取らなくてもおいしい『料亭の味』は、時代を先取りしてヒットとなったが、人々の生活スタイルの変化により、みその消費量は減少傾向に。業界全体の出荷量も長年微減が続いているが、マルコメの売上はというと、右肩上がりを維持しているのだ。その理由は、それまで樽で出荷されていたみそを業界で初めてダンボール出荷へ移行、ピロー包装やドイパック包装に対応するなど、革新的な取り組みを続けてきた結果である。

 新たな時短、簡便を具現化する商品として、2009年には液状タイプの『液みそ』シリーズを発売。これもまた消費者からの「みそがダマになって溶くのに手間がかかる」「ベタベタくっついて、使いづらい」「最後まできれいに使いきれない」といった声を受け、その悩みを解消するために開発された。この商品もまた多くの支持を集め、だし入りみそに次ぐヒット商品となった。

「液みそシリーズは2020年に累計出荷数が5000万本を超え、順調に推移しています。同年の調査では、利用者の52.1%が男性という結果も。そのうち20~30代の男性が3割弱を占め、若年男性のユーザーが多いという結果も出ました」

 “みそ離れ”が懸念される昨今、若年男性の利用が多いことは、コロナ禍の在宅ワークで家庭内での食事が増えたり、外食で済ませていた単身者が自宅で作ったりしたことも理由の一つと考えらえる。

 また、液みそシリーズはスリムなパッケージで冷蔵庫のドアポケットに収まるサイズ感なこともポイント。場所を取るため奥にしまいがちだったみそを、ペットボトルと同じように手前に入れられるようになったことで、使い勝手がアップした。また、定番の『料亭の味』だけでなく、『白みそ』『赤だし』『貝だし』など豊富な種類をストックし、その日の献立に合わせて使い分けられる点も支持されているという。

 その後も世間のニーズを機敏に察知し、2012年に『プラス糀 生糀みそ(現『糀美人』)』、2014年には『丸の内タニタ食堂の減塩みそ』を発売。人々のヘルシー志向が高まり、「糀割合の高い甘口系」「無添加」が新たな長期トレンドとなった。

「長期化するコロナ禍で料理疲れを解決する時短・簡便商材が支持される一方、ヘルシーで本格的な美味しさを味わえる無添加の両者は、二項対立ではなく両軸で伸長を続けています」

 また、糀商品ではアルコール0%で砂糖を使わない『糀甘酒』シリーズがヒット。離乳後期の赤ちゃんから妊娠中、授乳中の方も安心して飲むことができるほか、砂糖代わりの発酵甘味料として鶏の照り焼きや肉じゃがなど料理にも使える。“飲む点滴”と称されるほど豊富な栄養が健康志向にマッチすることもあり、昨年を上回る実績で推移しているという。

■もはやみそ汁は“家庭の味”ではない? 「即席」需要が伸び続ける今、マルコメの想い

 長年みそ業界を牽引してきた同社だが、その地位と実績におごることなく、常に新しいことに挑戦し続けてきた。みそづくりで培ってきた知見を糀甘酒や塩糀、大豆のお肉や大豆粉といった商品に活かす。古き良き伝統を守りつつも、高い柔軟性を持ちながら、絶えず新規ユーザーを獲得してきたのだ。

 生みその出荷実績が50万トンから40万トンに減少するまで20年を要した市場は、主要購買層の高齢化を理由に、30万トンを切るまでに、あと15年前後といった見方もある。これに対し、業界トップのマルコメは悲観的な見方をするのではなく、建設的な課題として捉えていると言う。

「今の時代に寄り添える商品、みそをご存知でない海外の方にも支持される商品が必要ではないでしょうか。当社では、独自製法の『顆粒みそ』を、液みそに次ぐサブカテゴリーに育てていくことが急務だと考えています」

 2013年に、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも追い風に。世界に日本食レストランが増えるにつれ、みそ汁の認知も広がってきている。みそを知らない海外の人にとっては、固形のみそよりも液状や顆粒タイプの方が手軽で使いやすいこともあり、マルコメでも今後さらに力を入れて開発を進めていくそうだ。

 一方、日本におけるみその需要は手軽な即席みそ汁の伸長が顕著に。こうした変化に対しても柔軟に対応しつつも、今まで通り消費者の声を聞きながら開発を続けることに変わりはない。同時に、ネガティブな意味合いで使われがちな“プロダクトアウト”の姿勢も大切にしている。

「消費者調査でヒット商品がたくさん見つかるなら、各社苦労しないと思います。ニーズを模索しながらも、自分たちが欲しいと思う商品が、お客様に受け入れてもらえることが理想。 “イノベーション”という意味でのプロダクトアウトを大切にしていきたいですね」

 この40年、人々のライフスタイルに合わせ、食生活は大きく変化してきた。単独世帯も多い現代において、みそ汁が“家庭の味”と認識されなくなってきているのではないかと聞いたところ、こんな答えが返ってきた。

「私の祖母は生前、大分県でみそを手づくりしていました。子どもの頃は盆と正月に帰省すると、翌朝のみそ汁が楽しみで寝床に入るとワクワクしていたことを覚えています。私自身、九州育ちではないのですが、今も麦みそは好きです。このような思い出話は今の時代、たしかに減ってきているのかもしれません。しかしながら人々の記憶に、それぞれの家庭の味やみそ汁のある原風景が残っているのではないでしょうか。これからも時代の流れとともにみそのあり方も変わっていくと思いますが、その時々のニーズにあわせて、“家庭の味”に寄り添っていけるブランドを目指したいと思います」

(取材・文=辻内史佳)

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