今から10年前、「メアド教えて」といったら、ドコモのiモードやauのezwebといった携帯電話会社(キャリア)のメールアドレスを尋ねることだった。これら通信キャリアが提供するメールサービス、キャリアメールはケータイメールとも呼ばれ、“ケータイ”の普及とともに急速に広がった。日本ではPCよりも先にケータイが1人1台のネット端末になったことや、海外に比べてショートメッセージサービス(SMS)の使い勝手が悪かったこともあり、キャリアメールは人々の生活に欠かせないコミュニケーションインフラになったのだ。
そのキャリアメールが、衰退し、死につつある。
若年層を中心にキャリアメールの利用頻度は下がりつつあり、パーソナルコミュニケーションツールの「王座」から追い落とされかけている。キャリアメールの存在感がなくなりつつあるのだ。
「あけおめメール」はどこへ行った?
「わざわざメールサーバーを増強したのに、肝心のトラフィック(通信利用量)自体が昨年より減ってしまった」
2013年の年始めの話だ。ある大手通信キャリアの幹部が、そう漏らした。その会社では2012年にスマートフォン向けのキャリアメールサービスでシステム障害を起こしてしまい、毎年、元旦に起こる「あけおめメール」による輻輳 (ふくそう、設備の混雑により、つながりにくい状態になること)に並々ならぬ決意で備えていたのだ。
しかし結果は、”肩すかし”だった。
確かに年明け早々、通信インフラの利用量は例年どおり急増した。だが、キャリアメールの利用は前年よりもかなり少なく、メール設備の負荷は想定を大幅に下回った。そのおかげで「うちのメールの輻輳や遅延はほとんどなかった」と、その大手キャリア幹部は苦笑混じりに話す。
あけおめメールはどこにいったのか? その答えは、「LINE」や「Twitter」、「Facebook」など新興のメッセンジャーサービスやSNSにある。これら新たなコミュニケーションサービスに、「あけましておめでとう!」と新しい年が明けてすぐに送る“あけおめメッセージ”が流れ、半面、キャリアメールの利用が著しく減ったのだ。
→あけおめメールならぬ、あけおめLINE(参照記事)
その一方で、ユニークな変化も見られたという。「年明け早々のメールトラフィックは減少したのだが、実は(夜明け後の)元旦の午前中の利用は減っていない。キャリアメールの位置づけが変わってきたのかもしれない」(大手キャリア幹部)
深夜0時の年明け早々の挨拶需要は、LINEや各種SNSに奪われてしまった。その半面、キャリアメールは年賀状っぽく使われたというのだ。これはキャリアメールが、リアルタイムでパーソナルなコミュニケーションサービスの座を奪われ、インターネットメールのような“普通のメール”という位置づけになってきていることの証左と言えるだろう。
パーソナルコミュニケーションの王座に座るLINE
キャリアメールが凋落する中で、それに取って代わるコミュニケーションサービスとなったのが「LINE」である。
LINEは2011年6月に登場したメッセンジャーサービスだ。スマートフォン/ケータイ/PCと端末を選ばず使え、LINEユーザー同士であれば通信キャリアに縛られることなく無料で音声通話をしたり、メッセージ交換ができる。
ay_kamio02.jpg LINEの「トーク」画面。LINEはスマートフォンのタッチパネル環境に最適化し、スタンプや写真を組み合わせて簡単にリアルタイム性の高いコミュニケーションが取れるようになっている。LINEに慣れるとメッセージはどんどん短くなり、スタンプの組み合わせで会話ができるようになってくる。これは”文章の飾り”としての用途が多かったキャリアメールの絵文字文化を、スマートフォン時代にあわせてさらに進化・発展させたものだ
LINEの最大の特徴といえるのが、スマートフォンに最適化されたUI(ユーザーインタフェース)とサービスのデザインだろう。LINEは初期からスマートフォンでの利用を前提にデザインされており、小気味よくサクサクと動く動作速度の速さ、タッチパネルでの使いやすさにこだわったシンプルな操作体系、そしてキャリアメールの絵文字やデコメに代わる「スタンプ」機能など、”スマートフォンで使いやすいコミュニケーションサービス”であるための工夫が随所に凝らされていた。これらの点が評価され、サービス開始からわずか2年で全世界のユーザー数が1億3000万人を突破している(2013年4月時点)。
とりわけ日本では、LINEにとって”追い風”が吹いた。
まず、NTTドコモのスマートフォン向けキャリアメールサービスである「spモードメール」の使い勝手が、著しく悪かったこと。周知のとおりドコモは国内最大手のキャリアであり、5000万人以上のキャリアメールユーザーを抱えているのだが、そのスマートフォン版アプリ/サービスが、あまりにも稚拙でひどいものだったのだ。
ドコモは従来のiモードメール(ケータイ向けキャリアメール)で提供されていた機能を移植する形でspモードメールを設計したのだが、その際に徹底した「スマートフォンへの最適化」を行わなかった。その結果、spモードメールはスマートフォンのタッチパネルで使うには操作が複雑で使いにくく、動作速度は遅く、デザイン性も最悪という三重苦を抱えることになった。これまでケータイでiモードメールを使っていたように、サクサクと気軽に使えないものだったのだ。結果として、spモードメールよりも快適かつ気軽に使えるLINEへ、ユーザーが流れる原因を作ってしまった。
そして、もう一つの追い風が「MNP」(番号ポータビリティ、携帯電話の番号をそのままで異なるキャリアに移行できる)だ。スマートフォン時代になってキャリア間の販売競争が激しくなり、ケータイからスマートフォンへの買い換えを機に、利用するキャリアを変えるユーザーが急増した。
これまでのケータイ(フィーチャーフォン)の時代は、MNPを利用する際には「電話番号は変わらないが、キャリアメールのアドレスは変わってしまう」ことがユーザーにとっての面倒だったのだが、LINEの登場でその状況が一気に変わったのだ。なぜなら、LINEでは「自分の電話番号」でユーザー認証をしており、友達同士の登録も「電話番号」もしくは独自の「LINE ID」で行う。キャリアメールのように「キャリアを変えたらメールアドレスが変わる」ということがないので、MNPでキャリア変更をしても連絡が途切れることはない。
キャリア同士がMNPの販売競争で乗り換えを促した結果、どのキャリアを使っていても連絡先が変わらないLINEの存在感が増し、一方でメールアドレスが変わってしまうキャリアメールの利用が減ってしまったのだ。若い世代を中心に、MNPを機にキャリアメールを捨てて「LINEばかり使うようになった」という層が増えているのである。
こうして見ると、キャリアメールの衰退は、「LINEの出来が良かった」という理由だけでなく、キャリア自身が招いた自業自得な面も多々あると言えるだろう。
ケータイ(フィーチャーフォン)時代が終わりスマートフォンへの移行が不可避であったにもかかわらず、ケータイ時代にフィーチャーフォン向けに作られたキャリアメールの設計思想や搭載機能に固執して、UIやサービスのデザインを抜本的に変えなかった。さらにMNP競争でキャリア乗り換えユーザーを大きく優遇する一方で、キャリア乗り換えをするとメールアドレスが変わってしまうというユーザーの不便を放置した。それどころか、メールアドレスが変わることをキャリア変更させないための囲い込みの手段としようとした。これらがすべて裏目に出てしまい、ユーザーの利便性とスマートフォン上での使いやすさで台頭する「LINE」に、一気にパーソナルコミュニケーションの需要を奪われたと言える。
かくてキャリアメールは王座を追われ、そこにはLINEが座ることになった。筆者はLINEがスマートフォン時代の標準的なコミュニケーションサービスとして、少なくとも10年弱は支配的な地位を占めるのではと予想している。
キャリアメールは死にゆくのか
キャリアメールはこのまま死にゆくのか。
生き残りの道はある。それはLINEに対抗せず、TwitterやFacebookなどSNSと距離を置きながら、「スマート時代の新たなメールサービス」を目指すという道だ。そのためにはキャリアの回線契約による縛りを取り払い、MNPでキャリア乗り換えをしようとも、メールサービスはそのまま使えるようにならなければならない。また、あらゆるスマートフォン/タブレット/PCで使えるのは大前提であり、すべての端末で最良のユーザー体験ができるように、UIとサービス設計の両面で最適化と作り込みが必要だろう。
この「新たなメールサービスとしての進化していく」という道には、Googleの「Gmail」やAppleの「iCloud」といった強力なライバルが存在するのも確かだ。しかし、ケータイ時代のキャリアメールに馴染んでいた日本のコンシューマーユーザーの多くは、リアルタイム性が高くパーソナルなメッセンジャー用途をLINEに移行させている段階であり、メールサービス用途の需要すべてをGmailやiCloudメールに奪われているわけではない。ここに日本のキャリアメールの活路がある。
ay_kamio04.jpg 米国で人気の高いメールアプリ「MailBox」。フリックだけでメールの振り分けやリマインド設定が可能であり、とても洗練されたメール体験を実現している。キャリアメールが復権するには、このような”スマートデバイス時代に向けたメールの進化”に真剣に向き合い、新たな提案をしなければダメだろう
GmailやiCloudメールのようにキャリアの縛りなく利用でき、米国で人気のメールアプリ「MailBox」(参照リンク)のようにスマート時代に最適化された新たなメール体験を実現できれば、キャリアメールが生き残る可能性はある。
少し厳しい言い方をしよう。もし、キャリアメールがこのままメールサービスとして進化できず、ケータイ時代を引きずったまま小手先の改良しかしていけないとしたら、向こう数年でその利用はつるべを落とすかのように激減するだろう。回線契約とのひも付けならば、キャリアメールのアドレス発行数そのものは減らないかもしれない。しかし、使われない。それはコミュニケーションサービスにとって、「死ぬ」ことと同義だ。