コインランドリー「WASH&FOLD」の運営会社が倒産 マスコミに持て囃された女性社長の業界評は

都会的で最先端のビジネスモデル──ひと頃はマスコミが大きく取り上げていた、洗濯代行サービスの運営会社が倒産した。9月22日、信用調査会社の帝国データバンクが、株式会社アピッシュの破産手続き開始を報じたのだ。

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 アピッシュは1998年に設立。2005年に東京・代々木に「WASH & FOLD」1号店を出店すると、“洗濯業務代行サービスのパイオニア”と注目を集めた。担当記者が言う。

「アピッシュは、代々木、新宿、横浜などの都市部にハイセンスなコインランドリー『WASH & FOLD』を出店し、その店内で洗濯代行サービスを実施して話題となりました。洗濯物を回収や持ち込みで個人客から預かって、担当者が洗濯。終わると畳んで返すというサービスでした」

 代行サービスが始まると、大手新聞社や出版社が相次いで“都市型の新しいビジネスモデルが日本でも誕生”と大きく報じた。データベースで検索した記事の見出しの一部を紹介しよう。

◆【開拓者】アピッシュ・山崎美香社長 家庭の洗濯代行ビジネス(産経新聞・2005年6月20日)

◆小さなトップランナースペシャル 企業〜アピッシュ (洗濯代行サービス) 固定客つかみFC化も視野に(日経ビジネス・2007年1月22日)

◆(メガロポリス 街ひと)毎日のお洗濯、お任せ下さい 米国発ビジネス、都内に登場(朝日新聞・2007年9月18日)

強気の発言

 アピッシュを起業したのは、当時30代だった山崎美香氏という女性。これもマスコミが飛びついたポイントだったようだ。

「山崎さんが若い頃、“やんちゃ”だったというエピソードも、よく記事で紹介されました。彼女はスニーカーの販売とカフェの経営で足がかりを掴み、ケータリング事業を立ち上げるために渡米。すると現地で洗濯代行サービスを知り、その便利さに感心したそうです。結果、ケータリング事業ではなく、洗濯代行サービスを日本でスタートさせようと決めたと様々な記事で語っています」(同・記者)

 確かに“マスコミの寵児”となる条件が揃っていたことが分かる。とはいえ、話題を集めれば集めるほど、同業他社からは懐疑的な声が漏れていたという。業界関係者が振り返る。

「クリーニング業界の市場規模は年々減少を続け、『クリーニング店に行かなくなって久しい』という人は多いのではないでしょうか。ファストファッションの台頭などで、クリーニング店に通う習慣がなくなってしまったのです」

 ところが、アピッシュの山崎氏は、強気の発言で知られていたという。

下着の問題

「シンポジウムなどに彼女が登場すると、『わが社は儲かって、儲かって、仕方がない』と言わんばかりの雰囲気でした。『ずいぶん大風呂敷を広げる人だな』とクビをひねる関係者は多かったですね。そうしたら案の定、倒産してしまったというわけです」(同・関係者)

 山崎氏は最初からクリーニング業界に関わっていたわけではない。とはいえ、「初歩的な知識すらない」との声もあったようだ。

「WASH & FOLDは下着も洗いますというのが売り文句の一つでした。ところがクリーニング業法で、下着の洗濯は消毒など厳しい取り扱い規則が設けられています。本来であれば、普通のクリーニング店では対応できないはずです。この問題は、過去に国会でも取り上げられました。この時、厚生労働省の担当者は『届け出がない』と答えています。クリーニング業法に定められた届け出も行わずに始めた可能性もあるのです」(同・関係者)

 ちなみにWASH & FOLDを紹介する記事でも、大半が下着について言及している。確かに、山崎氏が業界の常識を知らなかったと言われても仕方ないようだ。

◆「下着を他人に見せるのは嫌だ」という人向けに特別な洗濯用ネットを準備している(産経新聞)

◆下着やタオルなどの洗濯を1袋単位で代行する(日経ビジネス)

◆下着やTシャツなどクリーニング店には頼みにくい日用的な衣類の洗濯を代行する会社が登場した(朝日新聞)

コロナ禍の問題

 アピッシュの倒産からは、コインランドリー業界の抱える問題点が浮き彫りになるという。

「クリーニング業界は完全な右肩下がりですが、コインランドリー業界は今のところ活況を呈しています。特に人口10万人台の地方都市で立地に恵まれれば、投資に対して充分なリターンが得られる。条件にもよりますが、月に60万円以上の売上があればやっていけます」(同・関係者)

 郊外にお住まいの方なら、週末に1週間分の洗濯物を大規模なコインランドリーに持参し、一気に洗って乾燥させるというライフスタイルをご存知だろう。

「東京や大阪といった大都市圏では、乾燥機能の付いた洗濯機を持つ家が主流かもしれません。しかし地方都市では、依然として洗濯機だけという家庭も少なくないのです。雨が長びくと、乾燥機だけを使いに来店するお客さんはかなりの数にのぼります。こうした現状から、少なくとも地方都市では、コインランドリーの需要はまだまだ見込めると考えられています」(同・関係者)

 アピッシュの倒産に関し、一部のネットメディアは《コロナ禍で在宅率が高まり、コインランドリーの需要が低下した》との分析を示した記事を配信したが、これは実情とは少し異なるという。

6割が赤字

「地方都市では、コロナ禍による不況で空きテナントが続出し、コインランドリーに向いた立地の物件がたくさん出ました。不動産業者も『好立地の物件が出た』と直接業者に連絡をくれたりするのです。オープンすると来客が格好の宣伝となり、初めて使う人も増えます。つまり、コロナ禍で需要の掘り起こしに成功したわけです」(同・関係者)

 むしろコインランドリー業界が注意しているのは、活況を背景にした“悪徳業者”の参入だという。

「例えば、地域の実情を無視し、いたずらにフランチャイズ加盟のCMを流している会社があります。CMをYouTubeで流すのが特徴で、本部は店舗数が増えるので儲かるでしょうが、現場のオーナーは過当競争で青色吐息のはずです。他にも『残留洗剤は身体に悪いので水だけで洗う』と、科学的エビデンスの不明なPRを繰り広げるチェーン店もあります」(同・関係者)

 いずれにしても、東京都内や横浜市、名古屋市といった都市部を中心に営業していたアピッシュは、“成功の方程式”とは正反対の事業展開だったことになる。

「コインランドリー業界が活況を呈しているとはいえ、立地が全てを決めると言っても過言ではありません。条件の悪い場所で開業している店舗も少なくなく、6割が赤字という指摘もあります」(同・関係者)

事業譲渡の背景

 まして東京や神奈川といった大都市圏は、土地代が極めて高い。

「地代の高さだけでも高いハードルですが、開業するにしても小規模な店舗しか作れません。地方都市の一般的な大規模店と比べると、売上は必然的に少なくなります。アピッシュの倒産は大都市圏でコインランドリーを経営する難しさと、『下着を洗って畳んでほしい』というニーズはなかったことを明らかにしたのではないでしょうか」(同・関係者)

 ただし、アピッシュの全事業は別会社に譲渡され、WASH & FOLDも営業を続けている。

「事業を買い取ったのはリネン会社の大手です。資金が豊富なので、ずっと赤字でも構わないと判断したのかもしれません。実際、採算性さえ無視できれば、例えば広告効果は高いと思います。洗濯代行サービスが共稼ぎの夫婦や育児中の母親をサポートするのは事実でしょう。社会的貢献という観点から、企業価値の向上は期待できると思います」(同・関係者)

デイリー新潮編集部

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