全農がコメ集荷の際、農家に前金として支払う概算金が全国でも突出して下がった東北。戸別所得補償制度は農家所得を下支えする「岩盤対策」と言われながら、概算金の暴落で、東北では前年よりコメ収入が減る農家が続出する懸念がある。「適地適作の推進を考えれば、コメどころ東北の農家こそが戸別所得補償で救われるべきなのに」。宮城県大崎市の農家は釈然としない思いを口にした。(編集委員・長谷川武裕)
大崎市古川、専業農家佐々木文彦さん(53)の水稲作付面積は生産調整(減反)分を除いて8.0ヘクタール。宮城は豊作基調ながら、出荷できるコメの収穫は昨年とほぼ同じ約680俵(1俵60キロ)だった。そのうち農協に出荷するのは410俵。100俵は直接販売し、170俵は商系と呼ばれるコメ卸業者に販売する。
佐々木さんが作っているひとめぼれ、ササニシキの概算金は1俵3600円下がり8700円。農協出荷分だけで約148万円の減収となる。商系の値下がり分も合わせればざっと200万円の減収になるが、それを戸別所得補償がどれだけ補ってくれるかが問題だ。
佐々木さんが受け取る定額部分は120万円。1俵当たりにすれば1700円余りになる。
変動部分は来年1月までの取引価格によって決まるために分からない。仮に戸別所得補償の変動部分が、予算額から一つの目安とされる1俵1200円とすると、定額部分、概算金と合わせて1万1600円余。2009年産ひとめぼれ、ササニシキの概算金(1万2300円)を下回る。
概算金には追加払いがある可能性もあるが、今年は高温障害でコメの品質が大幅に低下。佐々木さんの場合、09年産米はほぼ全量1等だったが、今年は約4割が2等だった。2等米は1等米より1俵600円安いから、追加払いがあっても、かなりの部分が相殺されてしまう。
結局、09年におよそ850万円あったコメ収入について「戸別所得補償を含めても40万~50万円減る」と、はじき出した。
戸別所得補償制度は、1俵当たりの全国の標準的な生産費用である1万3703円に匹敵する収入を、全国平均で確保するよう設計されている。注意しなければならないのは、保証されるのは全国平均の統計上の数値であって、一軒一軒の農家の収入を保証するのではないということだ。
例えば、今秋の概算金が1万2300円だった新潟のコシヒカリ生産農家の場合、変動部分を1200円とすると、約1万5200円の収入になる。1俵当たりの収入は宮城の佐々木さんより3600円多い計算だ。
農林水産省が発表した9月の新米相対取引価格は1俵1万3040円と、前年同月より2129円も下がり、変動部分の支払いが予想以上に多くなる可能性もある。だが、概算金が他産地より大きく下がった東北では、国が全国の農家の平均収入目標として掲げた1万3703円には届きそうにない。
「戸別所得補償が導入されたというのに、コメ作りを支えてきた東北の担い手農家が収入減となるのはやはり納得がいかない」と佐々木さん。
農政転換でいっときは膨らんだ期待がしぼみ、コメ余りの厳しい現実に引き戻されたのが、佐々木さんにとっての戸別所得補償元年の秋だった。