日本の1世帯あたりのパンに対する支出額が4年連続でコメを上回っているという国の統計がある。コメの支出はかつてパンの3倍以上あったが、平成23年に逆転。24、25年は再びコメがパンを上回ったものの、その後の4年はパンの方が多くなっている。コメは長く日本人に愛されてきた主食だが、今やパンの方を好むようになったのだろうか。取材を進めると、現代の日本の家庭ではパンや家で炊いたご飯だけでなく、市販のおにぎりや弁当、インスタントラーメン、パスタなど多様な選択肢から「主食」を選んでいることがわかってきた。(張英壽)
右肩下がりのコメ支出額、年々差が縮まる
総務省が実施している家計調査では、食料品や衣料、電気製品などさまざまな項目の年間支出額を算出している。昭和60年では、1世帯あたり(2人以上、農林漁業世帯を除く)で、コメが7万5302円に対して、パンは2万3499円と3倍以上の差があった。
だが、その差は年を追うごとに縮まり、平成7年にはコメ5万2852円に対し、パンは2万7898円と半分強に。23年はコメ2万7777円に対し、パンは2万8371円となり、昭和60年以降で初めてパンがコメを上回った。平成24、25の両年は再びコメが上回ったが、26年から昨年まで4年連続でパンの方がコメより多くなっている。
26年はコメ2万5347円、パン2万9345円、27年はコメ2万3223円、パン3万677円、28年はコメ2万3774円、パン3万468円、昨年はコメ2万3880円、パン3万84円。この4年は、パンがコメの1.2~1.3倍程度となっている。
この33年の支出額の動きをみると、コメはほぼ右肩下がりで減り、昭和60年の7万5302円から昨年には3分の1以下の2万3880円に。一方、パンは昭和60年の2万3499円から昨年には3万84円と28%増加しているが、コメに比べると変化が穏やかだ。
4分の1が「パン党」、「ご飯党」は半分超
人々はご飯よりもパンが好きなのだろうか。
「パンが好き。食事のうち8割はパンか麺類。朝食、昼食ともパンで、夜は基本、炭水化物を食べない。炊飯器はあるけど、あまり使わない」
大阪・ミナミ(大阪市中央区)の繁華街で、「パンとご飯のうち、どちらが好きか」と聞いてみたところ、大阪府岸和田市の女性会社員(31)はこう答えた。
兵庫県伊丹市の女性会社員(34)も「パン党」で、「白いご飯は味がしないし、あまり好きではない。パンは買えばすぐに食べられるので手軽」と話した。
質問したのは20~50代の男女32人。女性の方がパン好きな傾向があると想定して対象を女性中心とし、女性25人、男性7人に尋ねた。その結果、「パンが好き」と答えたのは全員女性で8人、「ご飯が好き」は男女の21人、「どっちも好き」「甲乙つけがたい」としたのは女性3人。「パン党」は全体の4分の1、「ご飯党」は半数超となった。
「ご飯党」が優勢だが、1人暮らしの人からは、ご飯が好きなのに家でコメをあまり炊いていないという答えも返ってきた。
「ご飯が好き」と回答した大阪市の20代女性会社員は「炊飯器はあるけど、全然炊かない。ほとんど外食」、大阪府富田林市の男性会社員(29)も「ご飯は好きだけど、コンビニ弁当や牛丼店で食べる。炊飯器で炊くのは週2回ぐらいだが、待っている間に眠ってしまうこともある」と打ち明けた。
「ご飯かパンか甲乙つけがたい」と回答した京都府長岡京市の女性会社員(32)も1人暮らしで、「コメを買わないし、炊飯器も2年ほど使っていない」と明かし、食事はパンや弁当などで済ませているという。
実は家計調査で挙げられているコメは、炊いたご飯ではなく生米だ。コンビニやスーパーの弁当、おにぎり、冷凍食品などご飯を使った加工食品、さらに外食で食べたご飯類は含まれていない。コメの消費拡大を推進する全国農業協同組合中央会(JA全中)の担当者は、家計調査でのコメの支出減少には、こうした調理されたご飯類の消費や外食が入っていないことが影響している可能性もあると指摘する。
実際に家計調査では、おにぎりや持ち帰りのすしなどを含む弁当類の支出が昭和60年の1万579円から、昨年は3万1640円とほぼ3倍になっている。しかも、昨年の弁当類の支出はコメ(2万3880円)、パン(3万84円)を上回っている。一方、ご飯ものを含む外食に対する支出はここ十数年、足踏み傾向にあり、14万~16万円台となっているが、額は大きい。
パン好むのは高齢者、子供独立し簡単なものを
パンは、ゆるやかとはいえ家庭の支出額が増加しており、生産量でも伸びている。
大手製パンメーカー21社でつくる「日本パン工業会」が農林水産省の統計をまとめた年間生産量の推移では、昭和27年に61万1800トンだったが、昨年は2倍超の125万4062トンに成長した。大幅とはいえないものの、徐々に増加してきている。
この間、昭和31年から35年まで減少が続いたが、36年から増加傾向となり、49年に100万トンを超え、平成12年にはピークの127万8668トンに達した。13年からはまた減少傾向に入ったが、22年からは再び増加に転じ、それ以来ほぼ毎年、前年を上回っている。
成長の背景は何だろうか。
「パン好きなのは若者」と思われがちだが、そうではない。
日本パン工業会の中峯准一専務理事は「パンのヘビーユーザーは高齢層。業界としてはそれほど収益がいいとはいえないが、高齢化がプラスに働き、生産量は伸びている」と話す。
JA全中が平成26年にインターネットで「朝食の主食として最もよく食べているもの」を調べたところ、回答した896人のうちパンが49.8%、ご飯が38.7%だったが、世代別にみると、パンの比率は60代が最も高い59.9%で、20代は最も低い34.5%だった。
中峯専務理事は高齢者がパンを好む理由についてこう説明する。
「家庭に子供がいれば、手間をかけてコメを炊き、みそ汁やおかずをつくることもあるが、子供が独立して夫婦2人だけになると、簡単にできるものを求めるようになる。パンを食べるのは朝が中心だが、トーストするだけでよく、そのままでも食べられる。ほとんど調理しなくてもいい。またサイドメニューとしてもサラダくらいで大丈夫なので、手間が省ける」
パンの生産量が平成22年から上向いた背景には、ベビーブーム世代で人口が多い「団塊の世代」(昭和22~24年生まれ)が定年退職の時期を迎えたことが大きいという。
中峯専務理事によると、国内でパンは戦前までほとんど食べられなかったが、昭和20年代に広まった学校給食で、団塊の世代がパンの味を覚え、パン消費を支えてきた。その団塊の世代が高齢者となり、さらに多くのパンを消費するようになっているという。
中峯専務理事は「パンは朝食で普及している。今後さらに生産を伸ばしていくには、夕食で食べられるようにしたいが、日本人の夕食はご飯が多く、まだまだだ」と語る。
家族それぞれで異なる朝食、毎日メニューも変わる
ただ実際に食卓で食べられている主食は、パンと家で炊いたご飯だけでない。日々の食事では、インスタントラーメンやうどん、そば、パスタ、ピザ、おにぎり、弁当、お好み焼きなどさまざまな食べ物が思い浮かぶ。総務省統計局が昭和62年から平成28年まで30年の家計調査を分析した結果によると、「中食(なかしょく)」と呼ばれるあらかじめ調理された食品に対する支出指数が、70.2%増加しており、弁当やおにぎり、持ち帰りのすし、調理パンなどの主食もここに入る。
昨年出版され、伝統的な和食から離れていく一般家庭の食卓の実情を明らかにしたことで注目を集めた「残念和食にもワケがある 写真で見るニッポンの食卓の今」(中央公論新社)。著者の岩村暢子・大正大客員教授(食と現代家族)が20年以上にわたり一般家庭の食卓を調査した結果にもとづく内容で、実際に家庭でつくられた献立の写真をふんだんに掲載して分析している。
同書の冒頭、岩村氏は現代の子供たちから「白いご飯は味がないから苦手」という声が上がっていることに着目し、その原因として「どの家庭でも、食べ物をあまり噛(か)まない食べ方をするようになってきている」ことをあげている。その結果、「『白いご飯』を、『味がしない』『苦手な』『好きじゃない』食べ物にし始めている」と分析。味付きのご飯が好まれ、チャーハンやマーボライス、どんぶり物などにして食べるケースが増えているという。
また朝食については、現代の家庭では、パンかご飯かという二者択一ではなく、おにぎり、菓子パン、ホットサンド、ラーメン、スパゲティ、コーンフレーク、シリアル、焼きトウモロコシなど、さまざまなものを食べている実態を紹介している。しかもメニューは家族それぞれで異なり、毎日変わるという。そして、ご飯がなくても、「いまの主婦はあまり動揺しない」とし、その理由を「さまざまな代替食品があるからだ」と記している。
日本人の食卓はどこへ行くのだろうか。
岩村氏は取材に対し、「朝、家族が一緒にいても、別々のものを食べている。それは家を出る時間がバラバラだからではない。シャワーを浴びてから、化粧をしてからと、それぞれが自分のペースを大切にし、自分が好きなものを食べている。現代の女性らはそうした求めに応じることが日常だ」と指摘する。
そのうえで、「現代では多様な主食、おかずが容易に手に入る。家族それぞれが別々のものを食べれば、それだけコメの支出も減っていく。夕食でも、パンやパスタ、ラーメンなど家族それぞれが好む主食が出されるようになっている。今後もっとそんな傾向が進むだろう」と展望している。