[ロンドン 14日 ロイター] – 新型コロナウイルスの苦しみを和らげるため大規模な景気刺激策という薬が相次ぎ投与されている。しかし、そうした投与に伴って債務の遺産を果てなく抱え込むことは、経済成長の阻害や貧困の悪化を通じて、将来の危機の種をまくことになりかねない。発展途上国ではなおさらだ。
世界の中央銀行や政府は、1930年代以来最悪の景気後退の打撃を緩和するため、債券買い入れや財政支出などで少なくとも計15兆ドル(約1600兆円)の刺激策を打ち出した。
しかし、2008─09年の世界金融危機の余波になお苦しんでいた国々にとって、こうした刺激策は一段の債務拡大につながる。国際金融協会(IIF)によると、07年以降に世界の債務総額は87兆ドル増加したが、このうち70兆ドルが政府債務だった。
IIFによると、今年は世界の経済成長率がマイナス3%、政府借り入れが前年から2倍に増えるとの想定で、債務の対国内総生産(GDP)比は20%上昇して342%に膨らむ。
こうした債務が罰を受けずに済むことはない。最大の痛みを被るのは高債務国だろう。イタリアのような比較的豊かな国であろうと、ザンビアのような国であろうとだ。こうした国は既にコロナ危機以前から財政がひっ迫しており、今や破綻に向かって全力で突き進んでいる。
しかし最も富裕な国であっても免れることはないだろう。債務が拡大すればドイツや米国ですら最上級の「トリプルA」債務格付けを失う可能性はある。一方で各国政府は中央銀行に対し、借入コスト抑制や場合によっては直接の財政ファイナンスで向こう何年にもわたり依存を強めるだろう。
パインブリッジ・インベストメンツのマルチ資産グローバルヘッド、マイク・ケリー氏は「過去を振り返れば、国が債務水準の増大を続けると、必ず物事が変化を迎えている」と指摘。新型コロナ危機のため世界は、2016─19年にようやく脱却し始めていた「低成長のわな」に逆戻りしようとしているとした。「各国の政策担当者にとって、まるで一夜にして出来上がってしまった対GDPでの大規模な債務比率の構造の中で、経済成長の道を見つけることが今後、難題になる」
今のところ今年の世界経済見通しは5─6%のマイナス成長となっており、追加の借り入れや財政支出は一種の命綱だ。国際通貨基金(IMF)の予想によると、今年の世界の公的債務の対GDP比は約10%と、昨年の4%未満から跳ね上がる。
欧州の経済大国ドイツですら、13年以来で初めてとなる新規借り入れに着手している。米財務省の第2・四半期の借入額は約3兆ドルと、これまでの最多額の5倍以上に膨れ上がる見込みだ。
米議会予算局(CBO)によると、今年の米連邦政府の公的債務は対GDP比が100%と、1940年代以来の高水準になる。ドイツ銀行の試算では30年までに125%に近づく。19年度には79%だった。
しかし、国の債務返済額がどんどん拡大し始めれば、最終的には債務は経済成長の足を引っ張り得る。これは発展途上国が幾度となく繰り返してきた道だ。
経済協力開発機構(OECD)のグリア事務総長は最近のフィナンシャル・タイムズ(FT)紙のオンライン会議で、こうした状況で経済成長を加速しようとするのは「既に多額の債務を抱え、さらに債務を積み増しながら、経済の浮揚を図ろうとするようなものだ」と語った。
<QEは必ずしも万能薬にあらず>
債務を増大させている国の中には、低金利でやり繰りが可能になるところもあるだろう。例えば日本だ。債務は対GDPでの200%を超えているが、国債を発行するため紙幣を印刷し、その国債は中央銀行が買い入れている。
アムンディの債券ヘッド、エリック・ブラード氏は「金利水準のコントロールと低金利維持の能力は、債務払い費の抑制にとって重要な目安だ」とし、こうしたことはこれからも続いていくとみている。この傾向は米国や欧州でも加速している。両地域では中銀が過剰債務の大半を吸収している。
しかし一部の国々では、平均経済成長率が何年も金利水準を下回り続けている。つまりコロナ危機以前から、対GDPの債務比率の上昇が続いていたことを意味する。
例えば、フランスの資産運用会社カルミニャックのケビン・トゼット氏によると、イタリアは過去5年間も低金利が続いているにもかからず、その恩恵を受けていない。同国の債務比率はGDPの約135%で、これが170%前後まで上昇する可能性も高く、そうした水準は持ちこたえられるものではないという。持ちこたえるには経済の高成長か、欧州連合(EU)加盟国での債務相互負担の実現が必要だというのが、同氏の考えだ。
ピクテ・アセット・マネジメントによると、世界の先進国のうち昨年末時点で債務の持続可能性が最も悪化していたはギリシャで、これにイタリア、日本、ベルギー、英国などが続いていた。もっとも、イタリアや他の南欧諸国には、借り入れの上で安全弁となってくれる欧州中央銀行(ECB)という心強い存在がある。こんなぜいたくは、ほとんどの発展途上国は持ち合わせていない。
10カ国以上の新興国の中銀も、それぞれ独自に量的緩和(QE)に乗り出している。しかし国内貯蓄が大きくないため、ほとんどの国は収支の穴埋めや自国通貨の価値維持のための資金を外国投資家に依存している状態だ。
こうした国の中銀はインフレリスクもあるため、経済成長を支えるため印刷できる紙幣の量も制約されている。UBSの新興市場国ストラテジスト、マニク・ナライン氏によると、ブラジルや南アフリカでは、中銀が国債買い入れを行うと国債のイールドカーブが急勾配になりかねない。「いったい、南アがどうやってGDP比10%の債務払いができるというのか」と指摘、そうした債務は良くても経済成長を押し下げ、場合によっては新たな危機をもたらすとした。
そんな展開になれば、一部の発展途上国は通貨の再切り下げや、新たなインフレサイクルに向かいかねないとアナリストはみている。
ピクテ・アセット・マネジメントのグローバルボンドヘッド、アンドレス・サンチェス・バルカザール氏は「一部の経済規模の大きい発展途上国、例えばトルコ、ブラジル、南アがこうした方向に進んでいるのが心配だ」と述べた。
ブラジルや南アはここ何年も、年間経済成長率が2%に届いていない一方で、金利はそれぞれ14.25%と7%もの高水準だ。
バンク・オブ・アメリカによると、今年末の債務の対GDP比はブラジルが77.2%、南アが64.9%に達する恐れがある。IMFのデータによると、10年前にはそれぞれ約61%、約35%だった。
NN・インベストメント・パートナーズの債券ソリューション部門を率いるエジス・シーマン氏によると、こうした国は債務水準の上昇によって借り入れコストも上がる。「いったいこれは誰が返済するのか。これは長期的な懸念だ」と話した。