いま「若者の東京離れ」「コロナで田舎への移住が加速」などのメディア報道が目立つようにもなってきた。多くの企業でテレワークが推進されており、出勤人数や日数に制限を設けるところも出てきた。交通費にかんしてもその制限内で支給されるとなれば、出社するだけ時間とお金の無駄……と考えるのは自然なことなのかもしれない。
テレワークのおかげで会社への通勤時間が重要ではなくなってくれば、もはや都心部に住む必要さえもなくなる。その結果、田舎や郊外を選ぶ若者たちが出てきても当然の流れなのだが……。
◆コロナ禍で「若者の東京離れ」が加速
「なにが“東京離れ”だよ。田舎から勝手に出てきておいて、人が多すぎるだのなんだの……」
そんなメディア報道を見て愚痴をこぼすのは、生まれも育ちも東京都台東区上野、筋金入りの江戸っ子である飲食店店主の堀口義仁さん(70代・仮名)である。
「人が多すぎて密なのは、田舎モンが揃いも揃って東京に出てきているからだろうがって言いたいよ。コロナに限らず、水がまずいだの空気が汚いだの土地が狭いだの、好き勝手に言いやがってよ。東京に来てくださいって頼んだ覚えはないんだから」(堀口さん)
そんな怒りにも似た意見を口にするのは、堀口さんのような江戸っ子ばかりではない。東京のお隣、埼玉県在住の投資業・佐藤雄作さん(仮名・40代)の嘆き。
「都内にアパート三棟、ワンルームマンションを10部屋ほど所有していますが、コロナで住人の仕事がなくなったとかで、家賃の未払いが出始めています。今のところ、家賃の保証会社が間に入ってくれているのでいいですが、このまま未払いが続いたり、住人が出て行ったりしたら、私の生活は即破綻。今までは大家業だと踏ん反り返っていたんですがね……。東京離れなんてほんと勘弁して欲しい。メディアはもっと、東京の便利さとか、東京がいかに都会で国際的か、アピールしないと! 東京がダメになると、日本がダメになる!」(佐藤さん)
◆テレワークが定着したおかげで田舎暮らしが実現可能
一方で、そんな東京離れを歓迎する人たちもいる。堀口さんや佐藤さんにとっては「敵」とも言える考え方を披露するのは流通コンサルタント会社勤務・中島彩子さん(仮名・40代)。
コロナ禍を機に、すでに千葉県の九十九里方面に引っ越し、夫と子ども、愛犬とともにテレワークを生かした田舎暮らしを実践している。
「出身は岩手の田舎で、大学進学のために仕方なく東京に出ました。人は多いし家賃も高い、当時は水も美味しくなかったし、東京で生活すること自体が苦痛でした。社会人になって結婚し、やがて子どもが生まれると、東京都下のできるだけ緑が多いところに引っ越しました。しかし通勤地獄は変わらず。コロナをきっかけに夫と相談し、もっと田舎に越してきたのですが……最高ですね」(中島さん)
夫婦の趣味であるサーフィンやバーベキューを日常的に楽しみながら、仕事もこれまで通りに続けられる生活。それでも週に一度は都内へ通勤が必要だというが……。
「それすら苦痛ですよ(笑)。今は、決裁のためのハンコを押しに行っているようなもの。政府が進める“ハンコレス”になればどんなにいいか。都市機能移転など、どんどん進めるべきです」(同)
もはや前出の堀口さんのような人たちとの溝が埋まる気配はない、という様子である。
◆郊外人気で不動産バブル?
さて、先月発表された「コロナ禍での借りて住みたい街(駅)ランキング」(※LIFULL HOME’S)の首都圏版で神奈川県の郊外にある本厚木が1位の座に輝いたことで話題を呼んだ。テレワークの定着により、通勤などアクセス面の優先度が下がっていることをうかがわせる結果と言える。
厚木市内で小さな不動産屋を営む森尾晃さん(70代・仮名)は、さぞかし喜んでいるのではないかと思いきや……。
「昨年まで若い住人はどんどん都心に出て行くし、残されたのは年寄りばかり。もともと土地も家も余りまくっていたんだから……。大手さんや新興の勢いのある不動産会社が宣伝を頑張っているけどね。うちみたいな街の零細不動産屋には関係ねーわな」(森尾さん)
と、至って冷静だ。
とはいえ、コロナ禍は収束の兆しが見えず、もしも今後、勤める会社で完全テレワーク化が進めば、たしかに「憧れの田舎暮らし」は誰でも実現可能になってくる。
ここ数か月で「住まい」に対する考え方や「不動産」のあり方が大きく変わったのは事実だ。人々がより人間的な生活を送れるようになれば何よりなのだが……。<取材・文/森原ドンタコス>