コロナ警戒し各国の支援をためらったトンガ、根本に肥満問題が

(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 海底火山の大規模噴火の被害を受けた南太平洋の島国トンガへの各国の支援が進む一方で、新型コロナウイルスへの感染対策が障壁になっている。

 トンガ沖に浮かぶ小さな島を消滅させてしまうほどの海底火山の大規模噴火は今月15日に起きた。日本にも想定外の津波が襲来して、高知県や徳島県で漁船が転覆するなどの被害も出た。

 トンガでは噴火による火山灰や津波によって、各家庭の貯水タンクの被害が甚大で、飲料水の確保が急務となった。近隣のニュージーランドやオーストラリアが軍艦や輸送機を派遣して支援に乗り出したが、ここで問題となったのがトンガの新型コロナ対策だった。

「ゼロコロナ」政策、医療体制の脆弱さと国民の肥満が原因

 トンガではこれまでに新型コロナウイルスの感染者を1人しか出していない。同国は新型コロナウイルスが世界的に流行をはじめた2020年3月に非常事態を宣言。政府の特別の許可がない限り渡航者の入国を原則禁止する厳しい水際対策をとっている。そこに支援活動を通じて新型コロナウイルスを持ち込まれることに強い懸念を示した。

 すでに支援物資を港や空港にいわば“置き配”する方法で人と人の接触を避けているが、支援物資を積んだオーストラリア軍の輸送機の隊員に、新型コロナの陽性者が出たことから途中で引き返すなど、混乱もでている。日本からも支援に自衛隊のC130輸送機2機を派遣しているが、この自衛隊員から26日までに4人の新型コロナ陽性者が確認されている。学校だろうか、SNSにアップされた津波の被害に遭ったトンガの建物の写真。床や椅子は泥をかぶり、室内には書類などが散乱している(提供:Malau Media/ロイター/アフロ) © JBpress 提供 学校だろうか、SNSにアップされた津波の被害に遭ったトンガの建物の写真。床や椅子は泥をかぶり、室内には書類などが散乱している(提供:Malau Media/ロイター/アフロ)

 トンガがここまで厳しい「ゼロコロナ」対策をとるのは、島嶼国ゆえの医療体制の脆弱さと、肥満の問題を指摘する声がある。

 トンガの国民は太っていることで知られる。それを示すデータはいろいろあるが、国際共同研究の「世界の疾病負荷研究(GBD)2013」によると、5人に4人が肥満であるとされ、男女ともに肥満率は世界第1位だった。また、トンガ政府とWHO(世界保健機関)が2014年に発表した調査によると、過体重の人は90.7%、肥満の人は67.6%という。

 肥満は基礎疾患と並ぶ、新型コロナウイルスによる重症化リスクのひとつだ。とすれば、なおさら約170の島々からなる国内に、新型コロナウイルスを持ち込みたくないはずだ。

 しかし、トンガの人たちは昔から太っていたわけではない。

コカ・コーラを尖兵に「米国流食生活」で侵略

 それもトンガばかりではない。サモアやミクロネシアなど同じように太平洋に浮かぶ島嶼国では、まるで感染症のように急激に国民に肥満が拡大して今日に至る共通の問題を抱えている。

 原因は米国だった。正確には、米国の食文化による侵略だ。第二次世界大戦以降、米国が進める食のグローバリゼーションが、まさに“太平洋戦争”と呼ぶべき事態を巻き起こしたのだ。

 たとえば2000年代のはじめ、ミクロネシア連邦のコスラエ島では住民の70%以上が肥満。世界一肥満が多いとされたナウルでは、成人男性の80%、女性の78%がBMI値30を超える肥満で、そのうち3分の1が糖尿病を併発して大問題となった。コスラエ島は米国の助成金、ナウル島はリン酸塩の採掘で急激に裕福になったこと、そこに米国の食文化が流入して、遺伝的に太りやすかった島民の体型を変えてしまった。

 その尖兵となったのが『コカ・コーラ(Coca-Cola)』だった。島国に突然出現した単純糖質の摂りすぎによって、島民を一気に太らせた。植民地をコロニー(colony)と呼び、植民地化がコロナイゼーション(colonization)ならば、人々を肥満に導く支配を「コカ・コロナイゼーション」(Coca-colonization)と医師や専門家の間で呼んでいたほどだ。

 そこに米国内でも肥満が社会問題化したように、ハンバーガーにピザ、パスタ、タコスなど、ごちゃ混ぜの食文化に、炭水化物や脂質の大量摂取が拍車をかけた。

トンガと同じパターンで侵略された沖縄

 2005年2月に来日した、サモアのトゥイラエパ首相は、当時の小泉純一郎首相との会談で同国内の肥満の問題を取り上げ、食生活の改善を課題として日本への支援を訴えていたほどだ。

 この深刻な事態に、太平洋地域における生活習慣病・肥満改善の援助を開始したJICA(独立行政法人・国際協力機構)が、トンガに青年海外協力隊として送り込んだのが、エアロビクスの指導員だった。圧倒的な物量による侵略にエアロビクスで対抗しようとしたのだ。

 また、ミクロネシアには栄養士を派遣。サモアにはシニア海外ボランティアとして栄養士と生活習慣病改善の指導員、フィジーにも技術協力として栄養改善指導の専門家を派遣している。だが、その結果は今日を見ての通りだ。

 この島国を襲った食の“太平洋戦争”は、沖縄も直撃している。今年で返還50年を迎える沖縄は、戦後の統治下で米国の食文化が一般市民にも広まった。

 日本人の多くは「節約遺伝子」あるいは「倹約遺伝子」と呼ばれる遺伝子を持つ。これは少量の油(脂質)で身体を維持できるように仕組まれた遺伝子で、言い換えれば、貧しい食習慣、食文化の中で生き長らえるために人体が獲得してきた遺伝子である。だから、日本人は身体に油が溜まりやすい。その上、欧米人が身体に油を溜めてどんどん太れるのに対して、日本人はある程度で限界がやってきて、身体が壊れていく。これがメタボリックシンドロームだった。皮下脂肪もさることながら内臓に脂肪が溜まり、生活習慣病から動脈硬化による心筋梗塞、脳卒中を引き起こす。これに癌を加えたものが日本人の三大死因疾病にあたる。

長寿県・沖縄の平均寿命が急速に短くなった理由

 かつて100歳以上の長寿者が多いことで知られた沖縄県は、戦後50年の節目にあたる1995年8月、『世界長寿地域宣言』を行なった。ところが皮肉なことに、この頃から全国1位だった平均寿命が下がりはじめ、2000年になると男性の平均寿命が全国26位にまでランクを下げてしまった。それも全国の平均寿命を下回っている。戦後生まれの世代がバタバタと倒れていったことが要因だった。

 沖縄料理にしても、もともともは芋が主食の質素なものだった。豚を食べる風習にしても、慶事などの特別な日に限られ、一頭を潰せばすべてを食べ尽くし、それも向こう三軒両隣にまで配るという、貴重なタンパク源だった。代表的な料理のチャンプルにも、油なんて入っていなかった。それが戦後と同時に卵が入り、スパムが入るようになった。みんな米軍から流れてきたものばかり。だから、戦前に比べたら毎日が御馳走となり、そこにハンバーガーやステーキを食べる文化も加わった。

 いまでは誰も沖縄県を「長寿の国」と言ったり、沖縄料理を「長寿食」と持て囃したりしなくなった。むしろ、この米国の食文化よる侵略を診療にあたる地元の医師が「第2の沖縄戦」と呼んだほどだ。

 豊かになった食生活と引き換えに体重が増え、身体が壊れていく現実。肥満が原因で自然災害の支援にも新型コロナウイルスの脅威に怯えなければならないのだとするのなら、それが本物の豊かさと結びついているのだろうか。その歴史を知っておくことも重要なはずだ。

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