商業・福祉施設や住宅を集約する「コンパクトシティ」に向けた街づくりが広がっている。かつて注目された先進事例は必ずしも効果を発揮していない。再挑戦は成功するのか。
新潟県長岡市。昨年8月、JR長岡駅の近隣に高齢者住宅「サクラーレ福住」が開業した。入居者の佐藤勝三さん(87)は郊外から夫婦で転居。「病院やスーパー、市役所が近いので便利。冬の除雪も自分ではもうできない。街なかは住みやすい」と話す。
足が不自由で杖(つえ)を付いて歩く佐藤さんはタクシーでの外出が多い。以前は病院以外に出なかったが、今はスーパーや本屋にも出掛けるなど、外出先で歩くことが増えた。「最近は自宅から駅の西側まで歩くこともある」という。
市の中心部では住宅が増えている。長岡駅1キロ圏内の民間マンションやアパートの供給は2015年度に146戸と5年前の3倍超。11~15年度で計約500戸に達した。
背景には都市機能の集約化がある。10年以降、駅の西側に子育て支援や生涯学習の施設が開業。市役所やスポーツ施設、イベント広場を併せ持つ駅直結の複合施設「アオーレ長岡」も完成した。市は政府も旗を振る「多極ネットワーク型コンパクトシティ」を目指している。
街をコンパクト化し、街同士を交通網などでネットワーク化する「立地適正化計画」を作る動きが全国で活発だ。政府は14年に立地適正化計画制度を創設。 中心部への都市機能や居住の誘導、交通アクセスの充実などを交付金や補助金で支援する。すでに大阪府箕面市など4市が策定し、長岡市を含む270以上の市 町が策定作業を進めている。
郊外に住宅や店舗ができ市街地が広がり、人口集中区域の面積は40年間で約2倍になった。だが、少子化で人口が減れば、商業・医療施設が撤退し、行政サービスも手が回らなくなる可能性がある。市街地を集約し、住民生活の充実と行政の効率化を目指す。
99年に青森市がコンパクトシティの形成を掲げたが、中核となる複合商業施設の来館者が減少し、15年度に債務超過に陥った。複合商業施設のみに依存したため、中心部の魅力に乏しい失敗例との評価が多い。
富山市も早くからコンパクトシティづくりに取り組む。06年開業のLRT(次世代型路面電車)を核に、車に頼らずに暮らせる街づくりを志向。街なか居住に財政支援し、中心部の人口は増えた。
政府はコンパクトシティづくりの再挑戦ともいえる立地適正化計画の策定にあたり、富山市のような公共交通網を軸とする計画作りを推奨するが、肝心のネットワークをどこまで広げるかが課題となる。「平成の大合併」で自治体が広域化したからだ。
計画策定済みの岩手県花巻市(4市町合併)は、都市機能誘導区域を旧花巻市に1カ所、居住誘導区域は旧石鳥谷町と合わせ2カ所設定した。一方で他の旧2 町は生活拠点として給食センターなどを整備し、都市機能誘導区域や中山間地への公共交通網を維持するなど地域住民に配慮した内容となっている。
生まれ育った土地からの転居に抵抗を抱く人は少なくない。だが地域が拡散したままではコンパクト化を達成できない。自治体が関心を寄せる多極ネットワーク型コンパクトシティは補助金を絡めた“苦肉の策”ともいえる。
山本和博・大阪大准教授(都市経済学)は「超長期的には集積度の高い区域には自然と人が流れる」と指摘する。ただそれまで自治体が財政を維持できるかは不透明だ。
瀬田史彦・東京大准教授(都市工学)は「受益者負担の問題だ。遠くに住みたい人々には公共料金や税金を引き上げる。納得すれば行政サービスは続き集落は残るが、そうでなければ転居が必要になる」と話す。判断するのは住民だ。
コンパクトシティが掲げる理想の1つは、車に頼らずに歩いて暮らせることだ。温暖化ガス排出量の削減につながると期待する声のほか、歩行量が増えることで健康が増進され、医療費を削減できるという効果も指摘され始めている。
全国の地方都市で、郊外から転居してきた人々の多くは、商業施設や広場が近くにあると、自然と出歩きたくなり、歩行量が増えているという。ただ、せっか く中心部に人口を集めても各施設の配置や公共交通網のルート次第では、「歩きたくなる」気持ちは生まれてこない。筑波大の久野譜也教授(スポーツ医学)は 「自然と歩いてしまう都市づくりが重要」と指摘。その上で「都市のコンパクト化とともに、歩行空間や公共交通の整備、街のにぎわいが必要だ」と強調する。
コンパクトシティの事例として国際的に知られるドイツのフライブルク市は、1970年代に中心市街地への車の進入を原則禁止し、LRT(次世代型路面電車)などの公共交通網を整備して歩行空間を形成している。
日本でも兵庫県姫路市が2011年、JR姫路駅北口から姫路城までの大手前通りの一部で、車道を片側3車線から1車線に減らし、歩道を大幅に拡張する工 事に着手。15年4月からは車道の通行をバスとタクシーに限定し、一般車両の通行を終日禁止にした。すでに姫路駅の高架化を済ませ、姫路城のある駅北側と 市役所のある駅南側の行き来しやすくなった効果もあり、15年の大手前通りの1日通行量は約7万9千人と11年の約5万8千人から3割以上増えた。姫路市 は現在、大手前通り周辺を核に据え、立地適正化計画の策定を進めている。
歩くことによる身体的活動量の増加は健康増進に影響する。世界保健機関(WHO)によると、世界の死亡リスクは1位から順に高血圧、タバコ、高血糖、運 動不足、肥満となっている。高血圧や高血糖、肥満は運動不足が起因していると考えられる。また、ある調査では、東京都、大阪府、愛知県のうち、自家用車を 利用する割合は東京が約3割、大阪が約4割、愛知が約7割だった。それに比例するように、人口10万人あたりの糖尿病患者の外来数は愛知が200万人弱で 最も多く、大阪が150万人超、東京は150万人未満だった。運動不足は健康に負の効果を与えている。
医療費への影響も見逃せない。久野教授らは人の1歩の歩行量で医療費は0.016円削減できるという研究結果をまとめている。高齢者20万人の都市で1 人1日2千歩を歩くと、1日あたり32円、1年間で約23億円が削減できる計算だ。「歩くことは運動の基本」と久野教授。にもかかわらず「無関心な人が意 外と多い。いかに正しい情報を確実に提供するかが重要な課題だ」という。
コンパクトシティに向けた街づくりにあたっては、行政の効率化や中心市街地の活性化や環境対策の面だけでなく、住民自身の健康増進と将来の社会保障費抑制の観点も踏まえて、施策を進める必要がある。
ツイッターにはコンパクトシティに賛否両論があった。「(地方創生では)成長可能性のあるところにメリハリをつけることが必要。いわゆるコンパクトシ ティ化」「コンパクトシティから自動運転車がへき地に送り迎えする未来があってもいい」という声の一方、「コンパクトシティの正体は過疎地域をさらに過疎 化させ住めなくさせる政策です」という意見があった。
また「空港と接続されたバス!地下鉄!これがコンパクトシティだ!おいでよ福岡!」や「東京こそ最強のコンパクトシティ」「大阪の方が圧勝」と個別都市を評価する声もあり、認知度の高まりをうかがわせた。調査はNTTコムウェアの協力を得た。
(福士譲)