ゴリ押し“EVシフト”が失敗しそうな裏事情、米紙が「悪者トヨタ」叩きをやめたワケ

米EV市場で大きな異変が起きている。2022年は世界的な半導体不足やサプライチェーンの混乱で、需要に見合うだけのEVを生産できなかった。だが2023年は打って変わって、ディーラーの在庫が積み上がっている。テスラも、生産台数が販売台数を上回る事態だ。そうした中、急速かつ完全なEVシフトを拒んできたトヨタを悪者企業として急先鋒で叩いてきた米ニューヨーク・タイムズ紙が、ハイブリッド車を再評価する論調へと立場を変えた。こうした流れにはどんな事情があるのか、ゴリ押しされてきたEVシフトは今後どうなるのか。 【詳細な図や写真】図:EVの在庫が2022年10月以降急激に増加している異常事態の理由とは(COX Automotiveの資料より編集部作成)

販売増でも「異常すぎる在庫高」

 米自動車市場におけるEV販売が急拡大中だ。2023年1~3月期に25万7000台、4~6月期には29万5000台のEV新車登録があり、それぞれ2022年同期比で66%増、49%増を記録している。自動車業界の分析を行う米コックス・オートモーティブは、米国でのEV新車販売台数が2023年の通年で100万台を突破すると予想し、国際エネルギー機関(IEA)は前年比35%増の140万台に達すると強気の予測を立てている。  コックス・オートモーティブが全米約1000人の消費者に対して行った最新のアンケート調査では、回答者の51%がEVの新車あるいは中古車の購入を検討すると答えており、2021年の38%から13ポイントも上昇した。  このように表面的には好調が続く米EV市場だが、懸念すべき「黄信号」が点灯し始めている。米ニュースサイトのアクシオスが7月10日に報じたところによると、全米のEV在庫が合計で9万2000台と、92日分も積み上がっているというのだ(図)。  これは、大きな驚きである。なぜならつい最近まで、深刻な在庫不足により、ディーラーがEVを販売したくても、現物がないと説明せざるを得なかったからだ。そして同記事では、販売店における適正在庫のレベルが70日分であると指摘した上で、ガソリン車の平均在庫が54日分に過ぎないことから、EV平均在庫の92日分という数字がいかに異常事態であるかを伝えた。  一方、2022年6~11月に行った全米801店の自動車ディーラーに聞き取り調査では、66%が1台もEVを販売しておらず、EVが少なくとも1台以上置いてあったのは残り34%に過ぎなかった、との報告が2023年5月に出されている。EVの在庫不足から多くの商機を失っていたはずが、実は十分な需要がないためにディーラーがEVを置いていなかった可能性もあったわけだ。

豊作貧乏になる恐れ? テスラが売上増でも営業減益

 アクシオスの記事によると、韓国の現代自動車のEV「Genesis G80」は、6月の1カ月間で210台の在庫に対して18台しか売れず、350日分の在庫を抱えている。独アウディの「Q4 e-tron」や「Q8 e-tron」の在庫も100日分を超える。在庫高の理由として、これら輸入EV車は最大7,500ドル(約104.5万円)の連邦政府補助金の対象から外れており、充電施設の不足といった利用上の不安も抱えているからだと推測している。  翻って、7,500ドルの補助金がつき、相次ぐ値下げを行っているテスラでは、4~6月期に販売台数が46万6140台と、前年同期比で81%も上昇した。一方、米国内でのテスラ車の在庫は7月13日に約2700台と増加傾向にある。それでも、これはおよそ20日分の在庫に過ぎず、ディーラーにおける非テスラEV車の在庫の積み上がりと比較すれば健康なレベルだろう。  ただし、在庫を掃かせるために最高で20%の値下げをしたことによって、4~6月期のEV部門売上高が前年同期比で46%伸びた一方で、営業利益は3%減、純利益は20%増にとどまった。また、4~6月期の生産台数が47万9700台と、46万6140台の販売台数を上回るなど、5四半期連続で在庫レベルの増加が続くことには要注意だ。そして値下げと補助金があったにもかかわらず、同社の販売台数の成長ペースは落ち、4~6月期に米EV市場でのシェアが初めて60%を切って59%に減少した。  つまり、米EV業界は売上が伸びても豊作貧乏になる恐れがあるわけで、メディアで報じられる好調なイメージとは違う複雑な構図が浮かび上がる。

有力紙が「悪者トヨタ」叩きから一変したワケ

 一方、EV在庫の積み上がりを報じたアクシオスの記事は、非常に興味深い締めくくり方をしている。トヨタ唯一のEVモデルである「bZ4X」の在庫が101日分に上るのに対し、ハイブリッド車のプリウスやRAV4など、プラグイン・ハイブリッドカー(PHV)では在庫が30日分を切るというのだ。  同記事を執筆したジョアン・ミラー記者は、「ハイブリッド車の在庫レベルはEVと比較して顕著に低く、トヨタ自動車の『消費者は完全なEV化の前の飛び石を欲している』との主張を裏付けている」と分析した。  振り返ればトヨタは過去数年間、米メディアにおいて、環境に優しいEV化を遅らせようとする、時代遅れで反動的な日本の悪者企業として描写されることが多かった。  その批判の急先鋒であったニューヨーク・タイムズ紙は2021年7月25日付の「トヨタはクリーンカーをリードしてきたが、今やクリーンカーを遅らせようとしていると批判される」という見出しを付けた記事で、「トヨタは(高コストや燃料スタンドの少なさがネックとなり普及ペースが遅い)水素エネルギーに賭けたが、世界がEVに移行する中、明らかに時間稼ぎのためと思われる気候変動規制への闘争を仕掛けている」と論難。  また、2021年8月6日付の記事でも、「(大量生産や技術革新により)EVがさらに安価になり、ガソリン車が骨董品化して、中古ガソリン車の買い取り価格に暴落リスクがあると消費者が判断した際には、彼らは一斉にEVへ飛びつく可能性がある。そうなれば、テスラや若干のスタートアップ以外の、いまだに内燃エンジン車を販売する企業はジリ貧になろう」と予想していた。  ところが、2023年7月14日付で掲載された経済部のピーター・コイ記者の解説記事は、そうした従来の論調を覆すものとなっていた。  コイ記者は、「トヨタは炭素排出量を(原料採掘から廃棄までの)ライフサイクルで見た場合に、EVよりもハイブリッド車がより多くの温暖化ガスを削減できると主張している。もちろんポジショントークの面もあるだろうが、トヨタとつながりのない専門家たちに話を聞いたところ、『トヨタの言い分は正確である』とのことだった」とつづった。

そもそもEVが「環境に優しい」は本当なのか?

 そうした専門家の1人であるハーバード大学ロースクールのアシュリー・ヌニェス上席研究員は4月26日に米下院のエネルギー・商業委員会の一部である環境・製造・重要鉱物小委員会で議会証言を行い、「EVの製造は内燃機関エンジン車より多くの炭素を排出する。EV新車はまず2万8000~6万8000マイル(約4万5000~11万キロメートル)を走行しなければ、内燃機関エンジン車に対する排出量削減の優位に立てない」と述べた。これは、あまり運転をしない人の10年分の走行距離に当たるという。  ヌニェス氏はさらに、EVバッテリーで使用されるコバルトやリチウムなどの鉱物資源の不足も指摘し、「温暖化ガスの排出抑制は、風力などクリーンな発電への政府補助金に頼る方が、より安価に実現できる」と語った。  コイ記者はさらに、エネルギー関連シンクタンクである「未来のための資源」エコノミストのナフィサ・ロハワラ氏の見解を紹介。同氏は、EVより鉱物使用量の少ないプラグイン・ハイブリッドカーの利点に注目している。  ロハワラ氏は、「一般消費者の観点に立てば、ガソリンのバックアップがついているプラグイン・ハイブリッドカーは安心感がある。また、EVよりお手頃なので、中間層や低所得層にも手が出しやすい」と言明した。  コイ記者はこうした専門家の声を説明した上で、「現在のところ、(EV移行の過程において)ハイブリッド車が価値あるポジションを占めている」と締めくくった。反トヨタ勢が、トヨタの正しさを認めざるを得ない状況に追い込まれたと言えよう。  電力供給が石炭や石油由来からクリーンエネルギーに順調に移行しない限り、ハイブリッド車に対するEV総排出量の優位性は失われる。そして100%EVシフトという米国の国策そのものが説得力を失い、EVシフトが失敗に終わる可能性も高まる。米国は、そうしたナラティブ(物語)の転換期を迎え始めたように見える。

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