日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(65)の記者会見が、日本時間の8日午後10時から、レバノンの首都ベイルートで行われました。昨年の大みそか、海外逃亡の速報が流れてから1週間あまり。ゴーン被告は予想通り、逃亡の詳細や自身の逮捕・起訴の背後にいた日本政府関係者の実名などは明らかにせず、日本の司法制度を批判しました。さながら独演会のようでした。
さて、ゴーン被告の逃避行が発覚したころから、折に触れて登場するのが「犯罪人引き渡し条約」です。日本は、米国と韓国の2カ国としか結んでおらず、レバノンとの間では身柄の引き渡しを求めても実現の可能性が低いとされています。
確かに、かつてはそうでした。国によっては、有効な犯罪人引き渡し条約を結んでいない国とは引き渡しに応じないという法制度の国もあり、そうした国は門前払いでした。そうでない国でも、国際礼譲(=国際社会の慣習)に基づいた引き渡しとなり、国際的な義務を負っていないため、実現しても時間がかかるケースがありました。
でも、今は違います。
2017年に、国内で「共謀罪法だ!」と反対されながらも、組織犯罪処罰法が改正されました。当時、友人同士で万引を企画しただけでも逮捕されるといった誤解がありましたが、実は国際組織犯罪防止条約(TOC条約、パレルモ条約)を締結するために整備されたものでした。法律が成立、施行されたことで同年8月に日本も締結国となりました。
この条約によって、国際犯罪捜査で締結国同士の連携がスムーズになっただけでなく、犯罪人引き渡しに関する条項もあり、請求を受けた締約国は手続きを迅速に行うよう努める国際法上の義務が生じました。TOC条約を根拠として、犯罪人引き渡しの請求を受けた締約国は、逃亡犯罪人が自国民であることを理由に引き渡しを拒む場合、その逃亡犯罪人を自国の訴追機関に付託しなければなりません。
ちなみに、レバノンはTOC条約の締約国です。
ゴーン被告の主張を認めれば、気に入らない法律や法治機構がある国ならば逃げ出しても構わないことになり、「法の下の平等」や「法の支配」を否定することになります。法の支配を、国際社会が否定するわけにはいかないでしょう。
日本国内にも、ゴーン被告の主張に乗って司法制度の特殊性を指摘する向きがあります。そうした方々はゴーン被告に非常に同情的です。ですが、裁判や取り調べの改革と、ゴーン被告の犯罪行為とは切り分けて議論しなくては、彼の術中にまんまとはまります。
ゴーン被告の設定した日本の司法制度のあり方という土俵に上がるのではなく、まずはTOC条約に従って粛々と手続きを進めるべきです。
■飯田浩司(いいだ・こうじ) 1981年、神奈川県生まれ。2004年、横浜国立大学卒業後、ニッポン放送にアナウンサーとして入社。ニュース番組のパーソナリティーとして、政治・経済から国際問題まで取材する。現在、「飯田浩司のOK!COZY UP!」(月~金曜朝6-8時)を担当。趣味は野球観戦(阪神ファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書など。