サムスンは、グループ会社で順繰りに株式を持ち合う「循環出資」の典型的な韓国企業である。循環出資は、グループ内で株式を保有しオーナー家が少ない持ち分で支配できるため、効率的な支配が可能となる一方で、オーナー支配により経営が慣れ合いになり、意思決定や責任の不透明さが生じる。
今回のスマートフォン(スマホ)発火事件も、こうした循環出資の弊害がもたらしたケースのひとつであろう。サムスンは、10月11日に新型スマホ「ギャラクシーノート7」の生産・販売を打ち切る方針を明らかにし、10カ国・地域で約250万台の自主回収と端末交換を行うことを決めた。世界首位メーカーの最上位機種が販売・生産の打ち切りに追い込まれ、発売からわずか2カ月で市場から消えるという異常事態である。
ここまで状況が悪化したのはなぜか。品質問題への対応が迷走したのは否めない。一般的に、製品の品質に不具合が生じた場合、生産を中止して原因究明を優先するが、サムスンは発火事故が発覚しても、生産を継続し減産するにとどめた。出荷目標の達成を優先したのである。
それでは、発火の原因とされる電池の調達に問題はなかったのか。循環出資という複雑な経営構造は、グループ内の結束力を強める傾向にある。サムスンは通常、競合のスマホメーカーに比べてグループ企業の電池を多く採用することから、品質最優先で調達されているか疑問が残る。
その電池こそが今回の発火原因であるとサムスンは説明するが、問題はそれだけにとどまらない。回路設計など他の要因があるとの見方もある。米アップルのiPhone7/7Plusに先行して発売しようとした焦りが窺われる。
●事件の代償
今回の事件の代償は大きい。ノート7の10~12月期の販売を500万台と見込む予測もあるが、それも販売・生産の打ち切りで泡と消えた。先頃サムスンが公表した2016年7~9月期連結決算では、営業利益を7.8兆ウォン(対前年比5%増)から5.2兆ウォン(同30%減)へと下方修正した。ノート7の販売打ち切りが、グループ全体の営業利益に重くのしかかる。
こうした収益の低下は、サムスンの今後の経営に大きな暗雲をもたらすであろうが、一方でブランドイメージの低下による波及効果も軽視できない。最上位機種の失墜は、他の機種の販売落ち込みにつながり、サムスンの今後の経営を蝕む感は否めない。
実際、米Branding Brandの最近の調査結果では、サムスンユーザーの40%が「サムスンのスマホを二度と買わない」と答えている。さらなる業績悪化が追い打ちをかけることになれば、スマホ市場の表舞台から去るとの最悪のシナリオも想定せざるを得ないであろう。
経営立て直しが喫緊の課題となるなか、現在、サムスン電子を持株会社と事業会社の2社に分割する案などが株主からも出ている。こうした提案は、複数の事業を抱えるサムスンの複雑な事業形態の是正を意図したものであるが、重要なのは「循環出資の弊害を断ち切る経営」ができるか否かであろう。
自らが撒いた種でアップルに大きな先行を許したサムスン。オーナー家を継承する新総裁、イ・ジェヨン副会長の船出は、リスクの高い険しいものとなりそうだ。
(文=雨宮寛二/世界平和研究所主任研究員)