シルバー民主主義

選挙になると注目されるシルバー民主主義と世代間不平等
政治経済学の世界では、政治的景気循環というものが認識されてます。政権党は選挙に勝つために選挙前に景気対策を実施することで経済成長率を引き上げ失業率を引き下げる一方、選挙後は選挙前の景気対策で加熱した経済状況を財政や金融政策を引き締めることでクールダウンするので、結果的に景気変動が引き起こされるとするものです。
これと似た現象だと私が勝手に思っているのは、選挙直前になるとシルバー民主主義と世代間不平等に関する取材をTVや新聞社等からよく受けたりするのに、選挙後はどちらもすっかり忘れ去られてしまう現象のことです。
ただし、取り上げられるようになっただけまだマシな状況で、私がシルバー民主主義や世代間不平等の分析を始めた数年前までは体よく無視されるのがオチでありました。これは、例えば、NHK放送文化研究所が平成23年に公表した『国民生活時間調査報告書』で、TVや雑誌の視聴者/読者層の年代を見れば当然の結果であることが分かります。
年層別にみると、テレビは年齢が高い人ほど長時間見ており、男70歳以上の1日の視聴時間は どの曜日も5時間を超えている。
出典:NHK放送文化研究所「2010国民生活時間調査(P8、P9)」
(新聞に関しては)男女年層別にみると、男50代以上と女60代以上で行為者率が高い。
出典:NHK放送文化研究所『国民生活時間調査報告書』(P17、P18)
つまり、経営を考えると誰しもお得意様の嫌がることを目に触れさせるわけにはいかないのは火を見るよりも明らかでしょう。至極合理的であります。
それが近年少しずつではありますが変化してきているのですから、岩盤に穴が空きつつあると申しますか、まぁ、良い方向に向かっていると言えましょう。ただし、消費税増税の使い途を見ても、若い世代への支出増よりは圧倒的に高齢者向け支出増が多いのは公然のヒミツではありますが…。
進む政治の高齢化
人口構造の高齢化が進みますと、経済、社会等多方面に影響が出てくるわけですが、もちろん、政治の世界も無関係ではありません。ここでは、2つの径路を考えてみましょう。1つは、高齢有権者のウェイトが相対的に高まってくるため、政党が高齢者の意向に配慮するようになることです。2つは、高齢化の進行により、国全体として近視眼的になり、短期的な政策効果が追求されたり中長期を無視した政策が求められるようになることです。以下では、この2つについて見てみますが、その前に政治の高齢化について数値で把握しておきましょう。
日本の政治の高齢化日本の政治の高齢化
右図から明らかなように、投票者の年齢構造は1980年には60歳以上が19%に過ぎなかったのが、2010年には44.5%、そして2040年には55%超と過半数を占めるに至ります。
世界の政治の高齢化世界の政治の高齢化
また右下表からも分かりますように、こうした日本の状況は、国際的に見ても過激でありまして、日本はこの分野では最先端に位置していることが分かります。
シルバー民主主義の台頭
これまで政治への圧力団体と言えば、医師会、薬剤師会、農業団体、労働組合等、産業や職能団体が主体であったと言えます。しかし、これからは先の図や表でも見ました通り、年齢が重要となると思われます。なぜなら、ある一定の年齢層が相対的に多数を占めるからです。もっとも、これまでの圧力団体と異なるのは、高齢者が徒党を組んで政府や政治家に圧力を現実に掛ける必要は全くないということです。
なぜなら、これまでの圧力団体は実際には相対的に少数な存在でしたので、徒党を組む必要があったのですが、高齢者はそもそもが相対的に多数となりますので、わざわざまとまって示威行動を取る必要はないのです。
つまり、政党に自分たち=高齢者の数的優位を認識させればそれで十分で、後は政党が勝手に高齢者の意向を汲んで彼ら彼女らが不利にならないような政策を決定してくれるわけです。言ってみれば、高齢者への過剰な配慮がなされるのです。
まさに、先に挙げたシルバー民主主義の本質はここにあって、自分たちは黙っていても不利には扱われませんし、不利になる政策が採用されそうな場合には実際に影響力を行使して、政権党をすげ替えれば済むのです。そしてその力(条件)がシルバー層には備わっているのです。

(この部分追記)
ただし、増大した政治的影響力を行使するのは当然の権利であり、批判される謂れはありません。その時々の相対的多数勢力がこれまでも行ってきたことですし、極めて合理的です。まぁ、ものには限度というものがあるわけですが、高齢層が限度を超えて他の世代を搾取するということが確定的かどうかは、私も怪しいとは思いますし、実際は、程よい搾取を続けるのではないでしょうか?

政策視野の近視眼化
2つは有権者の政策視野の近視眼化です。これはどういうことかと申しますと、ヒトは加齢とともに将来よりも現在を重視するようになることが知られているのですが、これを1国に当てはめて考えますと、高齢者が増えれば増えるほど、集約された国民の総意がヨリ現在重視に傾いてしまうことを意味します。少し考えてみれば納得の行くところでありまして、先が短くなると今我慢して将来受け取るのは不合理に思えてきますし、実際に受け取れるものは今のうちに受け取ってしまおうということになるでしょう。丁度、バブル崩壊で右肩上がりの経済神話が崩壊して以降、株式市場で短期的利益の重視の風潮が広まったのに似ています。
こうなりますと政府はなかなか中長期的に成果が出るような政策を打ち出しにくくなります。将来より現在が重要なわけですから、例えば効果が出るのが先である教育投資や少子化対策等の優先順位はどんどん落ちていくのです。
シルバー民主主義のパラドクス
シルバー民主主義を乗り越えるための方法はこれまでにも幾つか提案されていますが、その多くは選挙制度の改革に関するものです。例えば、井堀利宏東大教授と土居丈朗慶應大学教授による年齢別選挙区、竹内幹一橋大准教授や小黒一正法政大准教授による平均余命投票、あるいはアメリカの人口学者ドゥメイン教授によるドゥメイン投票です。あるいは、國枝繁樹一橋大准教授による世代間公平確保基本法の制定もあります。
國枝先生の提案はまだしも、投票制度の改革については、私自身いささか懐疑的であります。なぜなら、もしシルバー民主主義が実際に存在するとすれば高齢者の政治的パワーを削ぐ投票制度改革は成立しませんし、成立するのであればそもそもシルバー民主主義は存在しないといえるからです。ちなみに、こうした事態を私はシルバー民主主義のパラドクスと勝手に呼んでいます。
シルバー民主主義を乗り越える
それではシルバー民主主義を超克する手段は存在しないのでしょうか?もちろん、希望はあると思います。
1つは、これまで「高齢者」と一括りに呼んできましたが、もちろん、高齢者は一枚岩ではありません。つまり、比較的裕福な高齢者もいればそうでない高齢者もいます。彼ら彼女らで必要とする政策は自ずと異なってくるでしょう。同じ意味で若者も裕福な人もいればそうでない人もいるわけですから、年金をはじめとする社会保障/社会福祉制度の負担給付を、現在のような年齢ではなく、必要度に応じて、つまり所得や資産水準に応じて、行うようにすればよいのです。
もう1つは、高齢者の利己心(ここでは利他的な場合は考えません)に徹底的に訴える方法もあります。つまり、現在の給付を重要視する余り自らの負担を避け勤労世代に押し付けようとすると、財政も社会保障制度も持続可能な状態でなくなるリスクが高まってしまいます。突然破綻すると給付は大幅にカットされるのに対し、ヨリ早くから例えば給付削減に応じて制度の持続可能性を担保できるならば、突然の破綻よりは当然給付水準は高くなります。どちらが得かは明らかでしょう。この場合、制度の持続可能性に関する適切な情報開示が必須となります。まぁ、これに関しては今後厚生労働省から公表されるであろう財政再検証がどのような数字を示すか(楽観的な見通しを示すことはないか)を注視する必要があるのですが。
おわりに
今回は、シルバー民主主義について取り上げたわけですが、その絡みで実は明日の一票の格差判決を注目しているものでもあります。若い世代(特に都市部)の政治的勢力の復権につながると期待される一票の格差是正は実はシルバー民主主義を強化してしまう可能性も孕んでいるのですが、この件に関しては、判決を見て、また書きたいと思います。

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