東南アジア有数の買い物天国として、各国の富裕層を魅了してきたシンガポール。なかでも高級ショッピングモールが立ち並ぶオーチャード通りに異変が起きている。
これまで中国本土やインドネシアなど国外からの買い物客の増加を受け、次々と新しいショッピングモールなどを開いてきたが、シンガポールドル高などもあ り外国人客が急減。さらに店舗用不動産の供給過剰で、賃料を値下げする物件も出てきた。また、顧客が減ったことで閉店に追い込まれた店が並ぶシャッター モールも目立つ。今は“爆買い”中国人観光客に沸く日本の小売業界にとっても、明日はわが身かもしれない。
■深刻な外国人客離れ
シンガポール政府は経済成長を支えるため、中国人を中心に多くの移民を受け入れることで人口減少に対応してきた。同時に、経済成長に伴って増加した中国 の富裕層を取り込むことにも腐心。ショッピングも賭け事も楽しめる大型カジノを、国父のリー・クアン・ユー元首相(故人)がいったんは反対したにもかかわ らず、建設・開業したのも、中国本土からの客を取り込むためと言っても過言ではない。
さらに、シンガポールは20年ほど前には、他の東南アジア諸国同様、当たり前のように売られていた偽ブランド品の摘発に力を入れ、買い物客にとって安心 して本物の高級ブランド品を買える国となった。こうした取り組みが功を奏し、オーチャード通りを中心にシンガポールの高級店には中国本土をはじめ、各国か らの客が殺到した。
これをみて、各国のブランド企業が相次いでシンガポールに進出。次々と建てられるショッピングモールには、世界中の名だたるブランドショップが競うように入った。日本経済が低迷していた当時は、シンガポールをアジア初の進出先に選ぶ欧米企業も多かった。
しかし、こうした状況も日本の景気が、安倍政権による経済・金融政策によって上向きに転じ、さらに大幅な円安で中国はじめ外国からの観光客にとって日本 旅行の方がシンガポールより相対的に割安となったこともあって、中国人観光客が日本に殺到。その反動か、シンガポールを訪れる外国人観光客は減少に転じ た。シンガポール観光庁(STB)は2015年の観光客数を前年比で0~3%増の1510万~1550万人と予想するが、今年1~3月期は5.4%減と早 くも予想を下回った。
■郊外モールにシフト
一方、シンガポール政府が人口増に伴って郊外での大規模開発を進めたことで、郊外の住宅街に次々と新しいショッピングモールが建設された。
不動産コンサルタント、コーリアーズインターナショナルの研究報告部門長のチア・ショウ・チュイン氏は、現地メディアのシンガポール・ビジネス・レ ビューで「郊外型ショッピングモールの方がアクセスも便利だ。住民はもはや生活必需品や食料品などを買うために、わざわざオーチャード通りまで行く必要が なくなった」と指摘する。
さらに、外国人観光客の減少などの影響で、オーチャード通りのショッピングモールに出店していた小売業者が新たな客層を求めて、郊外型ショッピングモールへと出店したことで、オーチャード離れがさらに進んだと分析する。
こうした結果、オーチャード通りの店舗の賃料も低下している。今年4~6月期の平均賃料(月額)は1平方フィート(約0.1平方メートル)当たり 35.25ドル(約4350円)と、1~3月期の同35.83ドルから1.6%下がった。1~3月期も昨年10~12月期に比べて0.9%下がっており、 賃料の下落が続いている。
シンガポールはこれまで、金融センターとしてだけでなく、アジアの流通・貿易の中核地として成長を謳歌(おうか)してきた。中国はもちろん、インドネシアやフィリピン、ベトナムなどからも、富裕層を中心に多くの観光客が買い物などのためにシンガポールを訪れていた。
しかし、いまや東南アジア諸国連合(ASEAN)では各国にシンガポール並みのショッピングモールが完成し、外国のブランドショップが相次いで進出して いる。オーチャード通りがかつての輝きを取り戻すには、そこにしかないものをいかに提供できるかにかかっている。(編集委員 宮野弘之)