ジャニーズ事務所の所属タレントをテレビなどのCMに起用する企業が、ここにきて次々に契約見送りを打ち出している。創業者で2019年に死去したジャニー喜多川氏による性加害が社会問題化し始めたのは3月。ただ、大半の企業はその後も静観し続けていた。共同通信が7~8月、国内主要企業114社に景気動向を尋ねるアンケートを実施し、その中でジャニーズに関する設問も入れたが、その時点では正面から答えない消極姿勢が目立っていた。 潮目が変わったのは9月7日。藤島ジュリー景子社長が辞任し、後任にタレントだった東山紀之氏が就いたと発表した記者会見からだ。何が企業の〝逆鱗〟に触れたのか。(共同通信経済部) 【※この記事は、記者が音声でも解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」を各種ポッドキャストアプリで検索してください→変わった潮目、ジャニーズはCMから消える? 】 ▽回答110社と回答ゼロ まず、共同通信が実施した、トヨタ自動車など各業界を代表する「国内主要114社景気アンケート」の結果から見ていく。
このアンケートは例年夏に実施。自社の業績動向や物価高への対応を聞いている。これらの設問には、多くの企業が積極的に回答を寄せている。 例えば「女性登用や両立支援の観点で取り組んでいる内容」を選択肢から複数回答で挙げてもらう質問は、114社全てが回答。最多は「男性の育児休業取得の促進」で110社だった。 一方で、アンケートには企業が取り組むべき時事的な課題も質問している。そこでジャニーズ問題に関する質問も6問設けたところ、無回答率が際立って高かった。中でもとりわけ判然としない展開となったのは、今後の契約方針に関する質問だ。 設問は「今回の性加害問題を踏まえ、今後ジャニーズ事務所所属タレントとCM契約を行う可能性はあるか」とし、選択肢を次の通り三つ用意した。 (1)「今後もCM契約を行う」 (2)「今後はCM契約は行わない」 (3)「方針は未定」 結果は、(1)と(2)が0社。(3)が24社だった。
残りの大半の企業は選択肢を選ばず、空欄。夏の時点では、CM契約について明確な方針を示したのは1社もないことになる。 アンケートでは他に、こんな質問も設けた。 「今回の性加害問題を受け、所属タレントをCMに起用する場合、自社の企業イメージにはどのような影響が及ぶか」 これについても過半数は無回答だったが、イメージが「悪くなる」を8社が選んだ。「変わらない」は6社で「良くなる」は0社。 さらに、性加害問題の責任の所在を複数回答可で尋ねた。 すると、最多は「故ジャニー喜多川前社長」で8社が選択した一方、「現経営層」や「報道機関」を挙げた企業もあった。 自由記述欄も設けたが、多くは「無回答」「非回答」「未回答」「回答を控える」「回答する立場にない」。その一方で、具体的なコメントを書き入れた企業も少数ながら存在した。その一つ、日本生命保険はこんな回答を寄せている。 「性加害に関する問題について、到底許される行為ではないと強く感じており、被害者の方々に寄り添った調査・対応が優先されるべきと考えている」
▽会見に違和感、潮目が変化 9月7日のジャニーズ事務所による記者会見は、こうした大手企業の意識を一変させた。 記者会見で明らかにされたポイントを改めてまとめると次のようになる。 ・ジャニー喜多川元社長による性加害を事実と認め、謝罪 ・藤島氏が5日付で社長を辞任し、後任に所属タレントの東山氏が就任 ・藤島氏は代表取締役にとどまり、性加害を受けた元所属タレントらの補償に取り組む ・社名は維持 ・藤島氏が100%保有する事務所の株式については今後検討 ・東山氏は、喜多川氏と姉の藤島メリー泰子氏を「絶対的な存在」と認識 ・東山氏は性加害について「うわさとして聞いていたが、直接被害を聞いたことはなかった」 この日、あるスポンサー企業に取材したところ、担当者は違和感があると話した。 「社名変更を含め、もっと厳しい内容が出てくると思っていた。普通の企業の常識では考えられない対応だ」
会見全体が企業側に与えた第一印象は必ずしも芳しいものではなかったとみられる。 東京海上日動火災保険は会見があった7日の夕、事務所との広告契約の解除を検討していると明らかにした。アイドルグループ「嵐」(活動休止中)の相葉雅紀さんを広告に起用していた。 7日夜には日本航空も動いた。「適切な対応が取られるまでの間、広告への起用を見送る」と表明。かつては嵐のメンバーの写真を塗装した航空機「嵐ジェット」を用意するほどに密接なつながりがあった。 ▽「広告展開は可及的速やかに中止」 会見翌日の8日には、ビール大手のアサヒグループホールディングスとキリンホールディングスが、新たな広告や販促を展開しない方針を示した。 キリンについては、8月30日時点の取材では「すぐに取引関係をやめるのではなく、被害者の救済・再発防止を促す」との立場だった。それが10日もたたないうちにこう変わった。「現在起用しているタレントの契約満了をもって、今後起用しない方針とした」
週明けの11日には、サントリーホールディングスが契約見直しの方向性を打ち出し、日本生命保険が今後は広告契約を結ばない方針を示した。木村拓哉さんを起用してきた日産自動車がこの流れに続いた。その後も、花王が自社サイトに「ジャニーズ事務所所属タレントを起用した広告・販促物等の展開は可及的速やかに中止する」と公表。ジャニーズ離れは止まらなくなった。 なお、東京海上日動火災保険はその後の取材に、契約は更新しないことに決定し、所属タレントの広告使用は停止したと表明した。 ▽板挟みに遭っていたスポンサー 1回の記者会見でなぜこれほど態度が変わったのか。広告・マーケティングが専門の西山守桜美林大学准教授に話を聞いた。 西山氏は、世論についてのこんな説明から始めた。「一つは『タレントには罪がないので起用しないのはおかしい』という意見がある。もう一つには『不祥事を起こしながら、責任を取っていない企業をもうけさせるのはおかしい』という意見がある」
両方とも理にかなった意見。企業が夏まで態度をはっきりさせなかったのは、この「板挟み」に遭っていたからだという。 さらに、その背景に「ジャニーズ事務所とスポンサー企業の力関係もあった」。 ジャニーズ事務所は訴求力のある人気タレントを多数抱え、広告効果が高いと考えられていた。このため、事務所の不祥事に対し、企業はなかなか強く言い出せない側面があった、と西山氏は説く。事務所が性加害の事実認定を避け続けていたことも、企業が二の足を踏む要因となった。 西山氏がさらに指摘したのは、外部専門家による「再発防止特別チーム」の記者会見と、ジャニーズ事務所側の温度差だ。再発防止特別チームは調査報告書を公表し、事務所の「解体的出直し」を求めた。しかし、事務所の9月7日の会見では、藤島氏が会社の代表権を保ち、社名も存続させる方針が明らかにされた。会社の株式も「今後検討」としており、当面は藤島氏保有のまま。いわゆる「同族経営」の状態は変わらないことになる。
この状況に、西山氏は苦言を呈した。「会見では『思い』は伝えたが実態は伴っていない。再発防止特別チームが進言したような、解体的出直しといった形になっていない」 ▽CMからテレビ番組に波及の可能性 スポンサー企業の立場から見ると、ジャニーズ事務所は性加害があったことを認めた一方で、踏み込んだ組織改革を示さなかったことになる。 その結果、CM契約の決断を先送りする必要はなくなった。たとえばアサヒグループホールディングスは、こんなコメントを出した。 「ジャニーズ事務所との取引を継続することは『アサヒグループ人権方針』に相反する」 西山氏は、記者会見での事務所側の姿勢をこう分析している。「ジャニーズ事務所が注視する姿勢を見せたのは現在の所属タレントとファン、メディアであり、被害者とスポンサーは十分に顧みられていなかった」 次の動きとして西山氏が予測するのは、テレビ番組のジャニーズ離れだ。民放には多数のジャニーズ冠番組やレギュラー出演番組があるが、仮にスポンサーとなる企業が付かなくなれば、放送局側はタレントを降ろす対応に向かう。ジャニーズ事務所がこのまま変わらず、組織の体質が改善されなければ、企業が力点となって番組降板という形につながる事態があり得ると想定している。