ジャニーズ問題の闇 事務所を退所しただけで仕事を奪われたタレントをどう考えるべきか

ジャニーズ事務所の創業者・ジャニー喜多川氏による性加害問題などを理由とし、NHKは同事務所のタレントの出演依頼を行わないことを決めた。大みそかの「NHK紅白歌合戦」もジャニーズ勢のゼロは確実。それどころか同局での復権への道も険しそうだ。また、ジャニーズ勢の救済を求める声も上がっているが、それなら同事務所を退所しただけで仕事を奪われた元所属タレントへの補償もすべきではないか。 【図表】出場組数が明確に増えた年代が…紅白出場のジャニーズ勢を1960年代から見る

独立後の中居が干されていない理由

 2016年に解散したSMAPの稲垣吾郎(49)、草なぎ剛(49)、香取慎吾(46)は翌2017年にジャニーズ事務所を退所し、元マネージャーの飯島三智氏(65)が代表のCULENに移った。その途端、テレビの仕事が激減した。山下智久(38)、錦戸亮(38)、平野紫耀(26)たちも同じ。今さら書くまでもないだろう。  一方、2020年に退所し、個人事務所「のんびりなかい」を設立した元SMAPの中居正広(51)は、今も「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(TBS)など週4本のレギュラー番組を持つ。ジャニーズ事務所を退所しても干されないことがあるのか。いや、そんなことはない。 「のんびりなかい」はマネージメント業務などをジャニーズ事務所に委託しており、実質的に同事務所の系列会社と考えていい。株式会社TOKIOに近い。  だから、中居が病気療養中だった昨年12月2日放送の「金スマ」では、嵐の二宮和也(40)が中居の代役を務めた。ほかのジャニーズ勢と中居が共演できる理由も一緒。中居は実質的に同事務所を離れていないから、独立後も仕事に影響が出なかった。  トークバラエティ「まつもtoなかい」(フジテレビ)の初回放送(4月30日)に香取がゲスト出演した時、実はほかの芸能事務所は驚いた。同事務所とCULENが今も対立関係にあるからだった。 「番組の初回の目玉にしたかったフジの強い依頼を、飯島さんが受け入れた」(芸能事務所幹部)

なぜ退所すると締め出されるのか

 2019年、公正取引委員会はジャニーズ事務所にこう注意を与えている。 「退所した元SMAPの3人の番組出演を妨げるような働きかけがテレビ局にあった場合、独占禁止法違反につながる恐れがある」(公取委)  注意に留められたのは同事務所を独禁法違反と認定する証拠が得られなかったから。  もっとも、証拠が得られないのは当たり前だった。同事務所が黙っていようが、局が勝手に自主判断で退所組を使わないのだから。退所組を使ったら、同事務所はジャニーズ勢を引き上げてしまう。局にはそれが怖い。  退所組を起用した時ばかりではない。同事務所は自分たちが気に入らないキャスティングを行うと、ジャニーズ勢を引き上げる。  脚本界の巨匠・倉本聰氏(88)もその実情を明かした。倉本氏が『財界オンライン』に連載しているコラムの9月24日付によると、同氏がドラマにある女優を使おうとしたところ、この女優を使うなら、タレントをその局から全て引き上げると同事務所は言い始めたという。こう言われたら、局は同事務所の意向に従わざるを得ない。

井ノ原の評価は「狡猾」

 日本のアニメ映画が世界最高水準なのは知られている通り。「THE FIRST SLAM DUNK」(2022年)は海外のファンを感動させた。実写映画もレベルが高い。「ドライブ・マイ・カー」(2021年)は第94回アカデミー賞国際長編映画賞などを受賞した。  ドラマはどうかというと、海外に大きく後れを取っている。「VIVANT」(TBS)などが気を吐いたものの、海外でもヒットする作品は皆無に等しい。良い俳優であろうが、ジャニーズ事務所を退所しただけで、ドラマに出にくくなるようなことが許されているのも理由の1つに違いない。  新社長に東山紀之(57)が就き、藤島ジュリー景子前社長(57)が代表取締役に就任することが発表された9月7日の会見には、ジャニーズアイランド社長の井ノ原快彦(47)も同席した。その受け答えは世間から好評を博した。  だが、民放マン、芸能事務所の反応は違う。「井ノ原氏は狡猾」と評された。井ノ原が忖度について、こう語ったためだ。 「(これまでも忖度を)なんでこうなのと疑問に思うことがあった。昔、ジャニーさん、メリーさんが言ったことを守っている(テレビの)古いスタッフがいる。忖度は日本にはびこっている。(なくすためには報道陣にも)ご協力いただきたい」(井ノ原、9月7日の会見で)  まるで他人事だったが、忖度は局が好きでやっていることではない。背景にはジャニーズ事務所の意向がある。報道陣の協力によってなくなるものでもない。反面、同事務所側がキャスティングへの口出しを一切止め、さらに民放各局に「忖度は止めてもらいたい」と東山社長名で文書を渡せば、たちまちなくなるはずだ。

退所組の利益の補償も同時に検討されるべき

 タレントの降板を武器にしてキャスティングを思いのままにする手法は、1980年代にメリー喜多川名誉会長(2021年に93歳で死去)が確立した。当時は田原俊彦(62)、近藤真彦(59)、野村義男(58)のたのきんトリオが人気絶頂で、民放は田原と近藤に出演してほしいからメリー氏の意向に従った。長い歴史がある。  もっとも、この手法はジャニーズ事務所が考えていなかった形で、ようやく崩れようとしているのはご存じの通り。  NHKは9月27日の定例会長会見で、同事務所の所属タレントの出演依頼は当面行わないと声明した。専務理事で制作・報道現場のトップである山名啓雄メディア総局長が「補償や再発防止策が着実に実施されるのを確認するまでは、所属タレントの新規の出演契約は行わない」と表明した。  これにより、ジャニーズ勢への同情の声はより高まった。「タレントに罪はないのに」と言われている。では、同事務所を辞めただけでテレビでの仕事を奪われた退所組には何か罪があったのか? ジャニーズ事務所と局が、退所組の生活などを微塵も考えずに行ってきたことではないか。  ジャニーズ勢の救済を考えるなら、退所組の利益の補償も同時に検討されなくてはならない。もちろん、性加害の被害者も速やかに救済されなくてはならない。

NHKの現体制ではジャニーズは復権できない? 

 NHKの同事務所への新規契約は行わないという方針により、紅白歌合戦に出場するジャニーズ勢がゼロになるのは確実。紅白の出場者が発表されるのは11月中旬で、それまでに山名氏が言った「補償や再発防止策が着実に実施されるのを確認」するのは不可能に近いからだ。  紅白の出場者は例年、クリエイターエンター(旧制作局)の音楽番組担当者たちが決める。今年は前提条件づくりを理事会が行った。そもそも、この時点で紅白のジャニーズ勢がゼロになることが決まった。  日銀出身の稲葉延雄会長は別とし、実力者でナンバー2の井上樹彦 副会長は元政治部長。キレ者として知られるナンバー3の小池英夫・専務理事も元報道局長で、林理恵・専務理事は元国際放送局長。山名氏は制作畑だが、「鶴瓶の家族に乾杯」などハートフルな情報バラエティを手掛けてきており、ジャニーズ事務所が絡む音楽番組やドラマは縁がなかった。  ほかの理事6人は報道畑が2人、教育番組畑が1人、制作畑が1人、人事畑と技術畑が1人ずつ。圧倒的に報道色が強く、同事務所に甘い判断など下すはずがなかった。それどころか、同事務所の復権も難しそうだ。

事務所とNHKのこれまでの関係は調査せず

 一方で理事会は、ジャニーズ事務所とNHKのこれまでの関係は調査しないことを決めた。 「甘いと言われるかもしれないが番組の中で1つ1つ取り上げ、国民に説明したい」(稲葉会長)  これについて民放幹部は「調べたら大変なことが発覚するから、出来ないのではないか」(民放幹部)と訝しむ。  民放幹部によると、ジャニーズ事務所は民放各局の番組担当者に20万円相当のスーツお仕立て券などを中元・歳暮として贈っていた。市民感覚とは懸け離れている。NHKの場合、どうなのだろう。  2009年から昨年までの紅白にはジャニーズ勢が4~7組も出場してきた。2009年には半年前に期間限定でデビューしたばかりで、シングルが1枚しかなかったNYC boysが出場。2015年にはヒットがないにもかかわらず、当時はジャニーズ勢だった近藤真彦が「ギンギラギンにさりげなく」(1981年)で16年ぶりに出場した。しかも白組のトリだった。  紅白は受信料から1億円規模の制作費を使う。すべて視聴者から集めたカネだ。ところが出場者の選考過程や曲順はブラックボックス。制作費の使途明細も不明。紅白が税金を使った公共事業だったら、納税者によって監査請求を起こされるのではないか。なぜ、受信料だと許されるのか。  2004年、紅白のプロデューサーが巨額の制作費を横領し、逮捕された。この時、視聴者からは「紅白を廃止せよ」との声が上がった。廃止論を再浮上させないためにもジャニーズ事務所とNHKの関係の調査は不可欠だ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ) 放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。 デイリー新潮編集部

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