ジャニーズ性加害 再発防止特別チームが指摘した「マスメディアの沈黙」 “テレ朝の呪い”は解けたのか

「マスメディアの沈黙」の代表例だったテレ朝「モーニングショー」「ワイド! スクランブル」

水島教授が指摘する「不自然さ」とは(ワイド!スクランブルの大下容子アナウンサー)

 ジャニーズ性加害で記者会見した再発防止特別チームが指摘した「マスメディアの沈黙」。性加害を知りながらマスメディアが正面から報じなかったためにジャニーズ事務所の隠蔽体質を強化し、結果として多くの被害者を出してしまう原因になった。その代表例ともいえるテレビ局がテレビ朝日だ。【水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授】 【写真を見る】揺れるジャニーズ 次の火ダネは「嵐」

「羽鳥慎一モーニングショー」や「大下容子ワイド! スクランブル」など報道的なワイドショーを看板番組にしていながら、この問題でどちらの番組も「沈黙」を貫いてきた。  3月にBBCがドキュメンタリーでこの問題を報道しても「沈黙」。5月14日にジャニーズ事務所が藤島ジュリー景子社長の謝罪動画と文書を公開した際も「沈黙」――。この時はテレビ朝日も含めて民放全局とNHKのニュース番組が藤島社長の謝罪動画を放送したにもかかわらず。  さらに8月4日に国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家たちが聞き取り調査の中間報告を発表して多くの番組がニュースにした後にも同様に「沈黙」した。  筆者はテレビ各局のニュース番組、報道番組、情報番組を欠かさずウォッチするのを日課とするテレビ報道の研究者だ。各局での報道内容を比較しながら、それぞれの局の報道姿勢などを記録・分析している。  なかでも「羽鳥慎一モーニングショー」は同時間帯の視聴率ではトップを走るテレビ朝日を代表する超人気番組で、常に放送内容には注目してきた。新型コロナウィルスの感染防止対策、東京五輪をめぐる談合、ビッグモーター、旧統一教会……。時々の旬のテーマを映像で見せて、パネルで論点を整理し、コメンテーターの玉川徹氏らによる歯に衣着せない論評がお茶の間で人気を博してきた。  ところがこれまでジャニーズの性加害について触れてこなかった。番組を見る限りでは不自然なほど扱わないのだ。よほど扱いたくない事情があるのだろうと日々の放送から観察していた。他にも、ふだんは報道ネタをどんどん扱うのにジャニーズの性加害だけは避けている情報番組があった。「大下容子ワイド! スクランブル」だ。堅苦しさが残るニュース番組とは違って、ワイドショーという時間をかけて様々に議論する形式。時にはNHKなどの報道番組以上にジャーナリスティックに斬り込む面もあった。  それが5月14日の藤島社長の謝罪動画の後も、8月4日の国連会見の後にもジャニーズの性加害問題をまったく登場させなかった。  この不自然な「テレビ朝日の沈黙」。筆者は“テレ朝の呪い”と名付けた。巷間言われるようにテレビ朝日が「ミュージックステーション」という長寿の音楽番組を抱えてジャニーズ事務所と抜き差しならない関係になってきたゆえの忖度なのか。ふだん独自の調査報道を進めて“攻める報道”で定評があるテレビ朝日の報道番組や情報番組がこの問題に関してはまったく扱わない。沈黙する。たまに扱ったとしても記者会見などで発表される範囲という必要最小限の報道内容にとどめている。外形的に見ても「不自然さ」が目立つ、「マスメディアの沈黙」を絵に描いたような“テレビ朝日の呪い”だった。  8月30日、この2つの番組がジャニーズ事務所の性加害問題を特集した。初めてのことである。他局の番組同様に長時間の特集を放送してスタジオでもコメントしていた。ごく当たり前のことだが、その当たり前がこれまではできなかった。  ではテレビ朝日にかかっていた“呪い”は解けたのだろうか。それには中味をよく検証する必要がある。

見落としていた点をコメンテーターにズバリ指摘された大下容子アナ

 テレビ朝日で役員待遇という、アナウンサーとして頂点に君臨する大下容子アナ。彼女がキャスターを務めるお昼のワイドショー「大下容子ワイド! スクランブル」は芸能ネタを扱わず、中国やロシアなどの国際問題から物価高などの国内問題まで時事ネタを材料にして解説する硬派の情報番組だ。この番組もこれまでジャニーズ性加害を扱おうとはしなかった。役員待遇の大下アナの名前が冠についていることから“テレ朝の呪い”という点ではテレビ朝日という会社の根幹に近く、根が深いといえるのかもしれない。  性加害再発防止特別チームが調査報告を発表して一夜明けた8月30日――。  番組のトップニュースとしてジャニー喜多川氏の性加害問題への特別チームの調査報告について放送した。今年3月のBBCの報道以降、ジャニーズの性加害がいくら話題になってもずっと「沈黙」を守ってきたこの番組で初めての画期的な出来事だった。  一方で不自然な面も目についた。林眞琴元検事総長ら特別チームによる記者会見の映像では「マスメディアの沈黙」の部分についての音声を使わず、問題の根幹は「同族経営」が主な原因であったと強調するようなナレーションが流された。その後で解説のために表示したスタジオのパネルも「マスメディアの沈黙」については比較的小さな文字で書いてあるだけ。どうも番組としては自分たちテレビにも責任があるという姿勢を強く示したくはないらしいことが見てとれた。  メインキャスターである大下容子アナはこの「メディアの沈黙」については触れなかった。しかしコメンテーターの萩谷麻衣子弁護士はVTRを不自然だと感じたのかその後に以下のように指摘した。 ――― (萩谷麻衣子弁護士) 「今回、(特別チームが補償などでも)踏み込んだ背景には日本の最も大きなエンターテインメント会社のトップが約60年にもわたり、(相手は)子どもですよね、性加害の対象にしながら、多大な利益を上げてきた……。そこで利益はやはり被害者の救済に使いなさいという考え方が出ているなと思いました。  ガバナンス不全は同族会社が最大の弊害だと、さきほどのVTRで言ってましたけど、同族会社の弊害というのは通常は風通しが悪いとか内部で問題解決の自浄作用がないとかを言うのですけど、このケースについてはたとえ外部に言ったとしてもそれをもみ消されてしまう。取り上げてもらえない……。だから単純な同族会社の弊害ではないということは押さえておかないといけないと思います。  その点では「マスコミの沈黙」ということも長きにわたって性加害を放置してしまった、そこへの影響は大きいと思います。  マスメディアというのは人権侵害への監視ができる立場にある。この報告書でも企業の人権尊重というのは重要なのだと言っていますけど、マスメディアこそ、その立場に立てる。だからこそ高度の報道の自由が保障されている。そこの覚悟と自覚を問われているということだと思います」 ―――  番組がVTRなどであえて強調しなかった「メスメディアの沈黙」に触れ、マスメディアの役割について指摘する鋭いコメントだった。これは本来なら番組を進行するメインキャスターである大下アナの役割のはずだが、それをコメンテーターの一人である萩谷弁護士に言われてしまって、報道の人間代表として面目は丸つぶれだった。  キャスターの大下容子アナは子どもの性被害について責任を実感していないのか、やけにあっさりと以下のような言葉で引き取った。少し慌てたような幕引きだった。 ――― (大下容子アナウンサー)  本当にメディアの沈黙ということで…今回もイギリスのBBCが報道したことがきっかけで国連の人権委員会(理事会の誤り? )も動くことになって…ということですので、本当に私たちも健全な緊張感をもって、はい…、いい方向に向かう。そのきっかけにしなければならないと思います。 ―――  テレビ朝日にはジャニーズ性加害問題を報道しにくい「何か」があるらしいことはこれまでのこの問題に対する他の番組からも明らかだ。観察してみると“テレ朝の呪い”は「ワイド! スクランブル」など情報番組の扱いだけでなく、看板ニュース番組である「報道ステーション」にも及んでいた。まったく扱わないというわけではないのだが、ふだん他局を出し抜くスクープ報道を果敢に連発しているのに、消極的というか精彩を欠いている。NHKから鳴り物入りでテレ朝に移って看板番組を任される大越健介キャスターもいつもならジャーナリストとしての豊富な経験から繰り出す鋭いコメントを封印。どこかギクシャクしたものを漂わせていた。  それがようやく8月29日のジャニーズ事務所の性加害問題の再発防止特別チームが調査報告書を発表した記者会見についての報道でかつてない神妙な表情を見せた。

「大いに自省」と低姿勢だった「報ステ」大越健介キャスター

 テレビ朝日の夜ニュース「報道ステーション」(8月29日)では、ジャニーズ性加害再発防止特別チームの会見映像を中心に街の人たちの声に加え、(夕方ニュースでは日テレとTBSに出演していた性加害問題の被害者)橋田康さんのインタビューを取材したVTRを報道した。その後にスタジオで調査報告の内容をパネルでまとめて解説した。とりわけ「マスメディアの沈黙」については「ジャニーズ事務所のアイドルタレントを自社のテレビ番組に出演させることができなくなる危惧から、ジャニー氏の性加害報道を控えたと考えられる」という部分をアナウンサーが読み上げ、その言葉を噛みしめるように伝えた。  この後で大越健介キャスターが次のようにコメントした。 ――― (大越健介キャスター)  すぐれたタレントを送り出す一方で、絶対的な力を背景にジャニー前社長が暴走していった経緯がこの調査報告書では明らかになりました。  そしてその背景の一つにテレビなど「マスメディアの沈黙」を指摘し、事務所が隠蔽体質を強めることにつながったとしています。  私たち自身、長年、ジャニー前社長をめぐる風評を知りながら、「特殊な世界の出来事」だと注意をおろそかにしてきた面がなかったか、大いに自省しなければならないと考えています。被害者の痛みを心に刻みながら、今後の教訓としなければならないと思っています。 ―――  この夜の「報道ステーション」は反省に終始しながらこのジャニーズ問題を伝えていた。

抑えていたコメント力を発揮した「モーニングショー」玉川徹氏

 8月30日朝の「羽鳥慎一モーニングショー」。この日はメインキャスターの羽鳥慎一アナが休みだった。司会の代役としてテレビ朝日の野上慎平アナが担当した。ジャニーズ性加害の特別チームの会見などの映像を見せてからパネルで問題を整理。番組コメンテーターである玉川徹さんに話を振った。  玉川氏が番組でジャニーズ事務所の性加害について話すのはこれが初めてだった。先日定年退職を迎えたばかりで報道の仕事では百戦錬磨の玉川氏は「メディアの沈黙」という指摘についてもコメントした。  ジャニーズの性加害問題を原発問題と旧統一教会にたとえた。報道する側の人間が「わかっていた」のに「自分の仕事ではない」と考えて意識的に避けてきた“不作為”があったと話す。 ――― (玉川徹氏)  メディアの責任を報告書でも指摘されているのですけど、こういう記述がありますね。「テレビ局を始めとするマスメディア側としてもジャニー氏の性加害を取り上げて報道するとジャニーズ事務所のアイドルタレントを自社のテレビ番組等に出演させたり、雑誌に掲載したりできなくなるのではないかといった危惧からジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えていた状況があったのではないかと考えられる」と。こういうふうな部分も「(実際に)あったんだろうな」と思います。僕も少なくとも週刊文春の裁判の後は事実認定されていることなので、それは知っているわけですよ。だけど、僕も含めてそれをやるのは「僕の仕事じゃない」と思っていたところがある。そういうふうに間接的に逃げていた部分というのがあるのかなと思います。僕は原発の事故の問題で、原発に危険性があるということを事故の前から多くのメディアの人間がわかっていたにもかかわらず、それを積極的に報道できなかった結果としてあんな(福島第一原発の)事故が起きてしまったという思いを強くもった。…にもかかわらず「この問題は自分の仕事ではない」と思っていた人も報道関係者の中に多かったのじゃないかなと思います。 ―――  自分たちテレビなど「マスメディア」の前に先鞭をつけてきた週刊誌やBBCらに敬意を払う発言もしていた。ジャニーズの性加害問題でテレビの人間がこれほど率直な言葉で週刊誌など他社の仕事を高く評価した珍しい出来事だった。 ――― (玉川徹氏)  この後、ジャニーズ事務所が会見をするのだと思います。(中略)会見に出る僕ら側が(ジャニーズ事務所側に)石を投げる資格があるのかというのも同時に考えます。 その会見に多くの記者が出ると思いますけど、テレビも含めていろいろなメディアが…。でも、石を投げることができるのは、もしかしたら、週刊誌だったり、BBCだったり、フリーのジャーナリストとしてこの問題を追及しようとしてきた人だけかもしれないとも感じたりします。 ―――  テレビ朝日を代表する番組「羽鳥慎一モーニングショー」が初めてジャニーズ性加害問題を特集したことで、テレビ朝日をがんじがらめにしてきた呪縛がようやく解けたのかもしれない。だが「大下容子のワイド! スクランブル」に垣間見えたようにまだギクシャクした面は残る。それでも今後に予想されるジャニーズ事務所の記者会見などは他局のように忖度なく報道していくに違いない。  問題はこの後である。「羽鳥慎一モーニングショー」や「報道ステーション」に代表されるように、テレビ朝日は「報道」が最大のウリの放送局だ。ところがジャニーズの性加害問題の報道ではこれまでほとんど独自取材がなく、週刊誌はおろかTBSや日テレ、NHKにも大きく後れを取っている。これから挽回できるのだろうか。挽回しようとする意欲はあるのだろうか。  テレビ各局はジャニーズ性加害問題をきっかけに会社としての声明を改めてホームページなどに公表している。  テレビ朝日も「テレビ朝日グループでは、従前より、人権尊重を明確に掲げて事業活動を行っておりますが、調査報告書に盛り込まれたマスメディアに対する指摘を重く受け止め、今後ともかかる取り組みを真摯に続けてまいります」とコメントした。  子どもたちが被害者になっている性加害について、テレビ朝日は他局に追いつけるのか。あるいは“報道のテレ朝”らしい本気を見せてくれるのだろうか。それが連発できた時に初めて“テレ朝の呪い”が解けたことになるだろう。 水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授 デイリー新潮編集部

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