中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。 売上高が同水準の自動車メーカーにスズキとマツダがあります。両社は2022年3月期まで、3兆円前後で推移していました。しかし、2023年3月期にスズキの売上高が4兆6416億円となり、8000億円以上引き離しました。 スズキが大躍進した背景には、巧みな海外戦略があります。マツダは期待をかける北米市場を攻略しきることができずに苦戦しています。
絶好調スズキは“飛びぬけた強さ”
2023年3月期のスズキの売上高は前年比で30.1%も増加しました。2023年3月期は半導体不足の解消や輸送網の正常化によって営業活動が活発になり、自動車メーカー各社が大幅な増収となりました。 しかし、トヨタ自動車が18.4%増、日産自動車が25.8%増、マツダが22.6%増などとなるなか、スズキの強さは飛びぬけています。
「インド事業」が大幅増収
勘のいい人は、人気車ジムニーの生産がコロナ禍でストップし、それが正常化されたために売上高を押し上げたのではないか、と思うかもしれません。確かに2022年3月期のスズキの国内の販売台数は前年比で8万6000台減少しました。その反動で、2023年3月期は6万6000台増加しています。 ただ、国内の回復は増収に寄与していますが、その貢献度はあまり高くはありません。2023年3月期の国内事業の売上高(四輪)は1兆1744億円で、前期比13.4%の増加に留まっています。
低価格モデルから“高付加価値モデル”へ
スズキは1981年にインドに現地法人を設立し、本格進出を果たしました。当時、インドは経済の自由化が動き始めたばかりの転換点を迎えていました。経済が完全に自由化されるのは1990年代に入ってからで、このころのインドは道路が舗装されているところも少なく、未だ混沌としていました。 スズキは他社に先駆けてインド攻略に踏み出したと見ることができますが、どちらかというと自動車メーカーにとって魅力的な市場とは映らなかったというのが実情でしょう。 スズキは軽自動車「フロンテ」をベースとしたインド販売の1号車「マルチ800」を送り出します。この車を20万ルピー(当時の1ルピー26円で52万円)という最安水準で販売。ヒットを飛ばします。現在でもインドで人気が根強い「アルト800」という車がありますが、価格は38万5000ルピー(1ルピー1.5円で58万円)と、低価格に設定されています。要するに品質の良い車をインドの人々が手に入れやすい価格で販売し、成功したのです。
5年前から販売単価が30万円もアップ
しかし、2022年からその戦略が大きく変わりました。 2018年3月期のインドの販売台数は165万4000台。2023年3月期は164万5000台でした。2023年3月期は2018年3月期と比較して販売台数が減少しています。しかし、売上高は真逆になっています。2018年3月期のインドの売上高(四輪)は1兆2598億円。2023年3月期は1兆6987億円でした。34.8%増加しています。 つまり、インドでの販売単価が大幅にアップしたのです。単純に四輪の売上高から販売台数を割って単価を算出すると、2018年3月期は76万1000円。2023年3月期は103万2000円でした。30万円近く上がっているのです(為替の影響は除きます)。
新興国を中心に輸出を開始
スズキが2022年9月に発売したのが、新型SUV「グランドビターラ」です。インドでは初となるエンジンと電動モーターによるハイブリッドモデルでした。価格が安く抑えられたマイルドハイブリッドモデルでさえ、価格は104万5000ルピー(1ルピー1.5円で156万7000円)から。このモデルがヒットし、発売と同時に6万件近い予約が入りました。 近年の大躍進には、インドで高付加価値モデルを販売し、それを人気車に仕立て上げたことが理由にありました。スズキはもともと、インドの自動車販売台数において高シェアを獲得していました。2018年3月期と2023年3月期の販売台数が変化していないことからわかる通り、無理やり販売台数を伸ばそうとすると価格競争に陥る危険性があります。単価へと軸足を移し、インドの市場規模での高シェア獲得へと動いていきます。 「グランドビターラ」は2023年1月から輸出を開始。南アメリカやアフリカ、中東を注力エリアに挙げています。インドに限らず、他のエリアでもヒットすれば、スズキの業績伸張に弾みがつくのは間違いありません。
アメリカのEVから撤退したマツダ
その一方でマツダは主力エリアでのプレゼンスを高めることができません。 2023年3月期の販売台数は北米が40万7000台で、前年比7%の減少。上期の販売減を下期で補填することができませんでした。欧州は16%も減少して16万台となりました。 マツダは北米での販売台数が最も多く、依存度の高いエリアの一つになっています。しかし、アメリカにおけるマツダのシェアはわずか2%ほどで、伸ばし切ることができません。 マツダが苦戦している背景の一つに、販売代理店へのインセンティブがありました。現地の販売店がマツダ車を売ると、本部が手数料を払うというもの。販売店側からすれば、多少の値引きをしても手数料が稼げるため、安売りすることが常態化してしまいます。これは結果としてマツダブランドを毀損します。その影響が長期化しているのです。 2021年10月にEV車の「MX-30 EV」を販売しました。しかし、電動化が進むアメリカにおいても、まったくと言っていいほど売れず、早くも販売を終了しました。 マツダのような中堅自動車メーカーは、ラインナップを広げて顧客の声に幅広く応える、グローバル戦略を取りづらいという特徴があります。アメリカで電気自動車に注力するというのは、筋書きとしては悪くないように見えます。しかし、それも失敗してアメリカのEVからは撤退しました。 絶好調のスズキに対して、マツダは現在難しいかじ取りを迫られています。 <TEXT/不破聡>