20年以上にわたり1000本を超すテレビCMを中心にマーケティング戦略立案に携わってきた鷹野義昭氏が、新たに年間2万本以上オンエアされるといわれるCMについて、狙いやポイントはどこにあるのかなど、プロの視点からわかりやすく解説する。
【今回取り上げる企業】
スズキ
消費税率の引き上げが、すぐそこまで迫ってきました。
さて、プラス3%の上乗せ分が大きく購買にインパクトを与える商品は、なんでしょうか?
高額で必要不可欠、定価が決まっている、そして短期間で変質しない商品……今回取り上げるのは、その買い替え需要を捉えた軽トラック、スズキ「キャリイ」のCMです。
最初、このCMを見た筆者は、「スズキさん、失敗したんじゃないか?」と思ったものでした。
●どっちが「野郎」? インパクトとコミカルさ
「軽トラ野郎」の太く真っ赤な筆文字、「働く男はキャリイだぜ!」のキャッチコピー。
CMは言うまでもなく、菅原文太が主演を務めていた映画『トラック野郎』シリーズ(東映)のパロディですが、他のCMにはない大胆なユニークさで、記憶効果は抜群なものとなっています。
昨年9月に14年ぶりのフルモデルチェンジとなった新型キャリイは、「頑丈で壊れにくい、そして使いやすい」をコンセプトに、第1弾のCMでは、菅原文太とその娘役としてはるな愛を起用。1月から放送が始まった第2弾では、旧型キャリイを愛用している農場従事者の役で北斗晶が登場し、3人の掛け合いになります。
CMの最後には、菅原文太がはるな愛と北斗晶に向けて発する「お前もすっかり、軽トラ野郎だ」に、2人が「野郎じゃない!」と返す一言がオチとなり、思わずクスっと笑ってしまいます。
日本で最も野郎らしくない野郎(男)の はるな愛と、野郎らしいが野郎でない(女)の北斗晶という組み合わせで、なかなかの好対照です。
CMから醸し出される「泥くささ」や、「なんとなくチープな感じ」が、身の丈に合った商品の経済的なイメージさえ与えています。そして、「安かろう悪かろう」ではなく、コストパフォーマンスの良さは、超一流タレントの出演による“本物感”で担保されているといえるでしょう。
そして、なんといっても、車のフルモデルチェンジCMに必須なのは、インパクトを伴った登場感。こうしたストーリー展開や映像はもちろんですが、「ジャカジャカジャーン」とバックに流れる音楽が、さらなる注目度や期待感を高める効果につながっています。
●スズキブランドに対する影響
農作業などに使われる軽トラックは、いわば消耗品で、一般の乗用車のようなブランドイメージの醸成は必要ないかもしれません。
そして、必需品である軽トラックは、確実に一定の買い替え需要は存在すると考えられます。農家の後継者としての はるな愛、後継車としての新型キャリイ。ベタでストレートな「乗りかえインセンティブ・キャンペーン」も増税前の3月末まで行っています。
しかし、ともすると過度な演出やストーリー展開は、決してスマートにもカッコよくも感じられません。ここまでやると「ダサいCMだ」と思われてしまうことを危惧してしまいます。
自動車メーカーとして、ほかに「エスクード」「ソリオ」「スイフト」「ラパン」などのイメージ重視の商品も出しているスズキにとって、企業ブランドイメージは大切にすべき財産です。このCMのトーンは「スズキらしさ」ではないはずです。
その点、このCMでは「スズキ」の名称テロップは実に控えめです。そして、CM内では、「スズキ・キャリイ」ではなく、単に「キャリイ」との呼称を使用しています。
マーケティングとしては、それで大丈夫なのでしょうか?
競合となる軽トラックは、「ハイゼット」(ダイハツ工業)、「アクティ」(本田技研工業)、「ミニキャブ」(三菱自動車)、「サンバー」(スバル)などがあります。あまり、こうした他社の軽トラックのCMは見かけません。
知名度やブランド感では、他の競合を圧倒しているともいえるキャリイ。従って、自動車メーカー「スズキ」の冠は不要という判断になります。
こうして、CM内で「スズキ」の名を控えめにすることで、メーカー本体のブランドイメージに対する影響も最小限に抑えることができるのです。ちなみに、スズキの企業タグライン「小さなクルマ、大きな未来。」が、このCM内に入っていないことに気付かれた方はいらっしゃるでしょうか?
●ラジオCMとの媒体連動で、しっかり特徴説明
業務用が主な利用目的の軽トラックは、「新型が出た」と言われても、現在乗っている車に不具合がなければ、簡単に買い替えが発生しないと考えられます。
では、そのような軽トラックの買い替えを後押しするものはなんでしょうか?
「そろそろ買い替えてもいいかな」と思わせる商品の魅力を確実に伝えていくことです。そういった観点では、このCMだけでは不十分です。具体的な新型キャリイの良さがほとんど伝わってきません。
そこで、伝えるべき情報を補完しているのが、軽トラックを含む車での移動中や野外の農作業中によく聞かれているラジオです。
「ながら作業」で聞かれていることが多いラジオは、テレビと異なり映像こそないものの、CMのタイミングでチャンネルを変えられる「ザッピング」に悩まされることは、ほとんどありません。
そして、なんとなく同じ時間帯・同じ局を聞いていることが多いため、何度も何度も同じCMが耳から入り、記憶の中に刷り込まれていくのです(これをフリークエンシー効果といいます)。
つまり、何回も聞いてもらえる媒体という特性を考えると、エンターテインメント性の低い「説明調」のCM内容が成り立つのです。
ラジオCMでは、菅原文太の「新しくなったキャリイをよろしく」といった大雑把なメッセージから始まります。それを受けるかたちで、はるな愛が「お父さん、それではキャリイの良さが伝わらない」と、「広い荷台」「サビに強い」「新エンジン搭載」など、しっかりと購買意欲を後押しする商品特徴を説明していきます。
また、ラジオCMでも菅原文太とはるな愛を起用し、2人の声で掛け合いさせることでテレビCMとしっかり連動し、相乗効果を発揮しています。さらには、企業ホームページやチラシや店頭などのキービジュアルを共通化し、商品の内容理解の促進を確固たるものとしています。
さて、このCM、よくよく見ると「農家・一番星」と画面にあり、ひとつの星が付いています。いやいや、マーケティング戦略からみたら“星3つ”の優秀なCMといえましょう。
(文=鷹野義昭/CM戦略アナリスト・マーケティングディレクター)
●鷹野義昭(たかの・よしあき)
株式会社テムズ http://www.tems.ne.jp/index.html
代表取締役 <CM戦略アナリスト・マーケティングディレクター>
1963年、長野県小諸市生まれ。大手広告代理店を経て、90年より現職。
テレビCMを中心としたマーケティング戦略立案に携わり25年。1000素材を越すテレビCMの戦略策定・分析・広告効果測定の実績を持つ。
主な著書に『CM好感度NO.1だけどモノが売れない謎 ‐明日からテレビCMがもっと面白くなるマーケティング入門‐』(ビジネス社)などがある。