今週、2010年10月28日にNTTドコモが発売する「GALAXY S」(SC-02B)を端緒に、来月はソフトバンクの「HTC Desire HD/Z」、そしてKDDI(au)の「IS03」と、主要キャリアが次々と新型スマートフォンを市場に投入する。いずれも基本ソフトにAndroidを搭載しており、(ソフトバンク製品を除けば)スマートフォン市場を席巻するiPhoneへの対抗商品であることは、誰の目にも明らかだ。
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このうちサムスン電子製のGALAXY Sは、韓国や米国では以前から発売されている。特にお膝元の韓国市場では、発売から3カ月足らずで100万台以上を売り上げたとされ、前評判は最も高い。ドコモはこれに、iモードのメール・アドレスが使える「SPモード」を追加するなど、日本向けに若干のカスタマイズを施した。約30万タイトルのアプリケーションを有するiPhoneのApp Storeへの対抗馬も用意した。同10万タイトルの「Android Market」とメーカー提供のアプリ・マーケット「Samsung Apps」だ。
一方ハード面では、4.0インチの「スーパー有機EL」ディスプレイを搭載し、動画や写真を鮮やかに表示できる点が最大の特徴。重量は118グラムと、 iPhone4(137グラム)より軽い。ただしデザインや質感ではiPhoneが勝るとの評判だ。日本の携帯電話のキラー・アプリである「おサイフケータイ」機能もついていない。SC-02Bの小売価格は3万円台前半と見られるが、これは同じハードディスク容量のiPhone4(16GB版)より1万円以上安い。
このように価格性能比で勝負するドコモに対し、auはスマートフォンに日本型携帯の特徴とされる諸機能と、スカイプを追加することでiPhoneに対抗する。IS03は「おサイフケータイ」「赤外線通信ポート」「ワンセグ」「デコメ」「緊急地震速報」など、いわゆる「1台目のケータイ」に必要とされる機能をほぼ網羅した。さらに格安・無料のインターネット通話サービス「スカイプ(Skype)」を搭載する。これによって新規加入者を増やし、より利鞘が大きく、今後の成長が期待されるデータ系サービスでの収入増を狙う。ただし日本におけるスカイプの知名度は欧米ほど高くはないため、これがどの程度、客寄せの材料として効果を発揮するかは、今後の宣伝方法や営業努力にかかっている。
ソフトバンクはiPhoneという断トツのヒット商品を有するだけに、新たに投入するアンドロイド端末「HTC Desire」の位置付けは微妙だ。HTC Desireには、iPhoneのようなフルタッチパネルの「Desire HD」と、QWERTYキーボードのついた「Desire Z」の2モデルが存在する。より注目されているHDの方は、4.3インチ・ワイドVGA液晶ディスプレイを搭載するなど、同業他社のスマートフォンや iPhoneより一回り、ないしは二回り大きい。おサイフケータイをはじめ日本ケータイ独特の機能は一切サポートしない。
処理能力の指標となるCPUのクロック周波数は、3社の製品とも1GHzと全く同じ(Desire Zのみが800MHz)。タッチパネルの反応など体感速度は、いずれもiPhoneに引けを取らないと見られている。
今後の行方を左右するHTML5とウェブ・アプリ
今後の展開を予想する上で参考になるのが、かつて1980年代から90年代にかけて争われた「Macintosh」対「Windows」のパソコン戦争だ。優れたデザインと直観的なGUIで初期のパソコン市場を開拓したMacに対し、後発のMS Windowsはあらゆるパソコンに搭載されるOS(基本ソフト)として急速にシェアを伸ばした。これによってアプリケーション開発のプラットフォームとなったWindowsは、その後Macを市場の片隅に追いやった。
これに近い現象が、今後、「iPhone」対「Andoroid」のスマートフォン戦争でも起きると見られている。すでに世界市場では、Android OSを搭載したスマートフォン全体の売り上げがiPhoneを追い抜いた。Android Marketに出回るアプリの総数は、今はまだAppleのApp Storeに遠く及ばないが、ソフト開発業者はなるべく大きなプラットフォームに向けてアプリを開発したがる。今後、Android端末の販売台数が増えるに連れ、Android Marketのアプリ本数も増加し、それが端末の販売台数をさらに促すという好循環が生まれる。日本でもAndroid端末がiPhoneを追い抜くのは、時間の問題だろう。
しかし過去のパソコン戦争と、今後のスマートフォン、さらにはタブレット端末なども含めたマルチ・デバイス戦争とで、決定的に異なる要素がある。それは「HTML5」という次世代のウェブ技術標準と、それによって開発される「ウェブ・アプリ」の台頭だ。HTML5とは、これまでホームページの文書構造を設計するために使われてきたマークアップ言語「HTML」に、「ジャバスクリプト」と呼ばれる事実上のプログラミング言語を不可分に結合し、その機能を大幅に拡充したものだ。これによって、「ワープロ」、「表計算」、「プレゼンテーション」といった、いわゆるデスクトップ・ソフト並みの本格的なアプリ(ネイティブ・アプリとも呼ばれる)を、これからはウェブ上で実現できる。つまりHTML5によって、ウェブはこれまでの「何かを見るためのホームページ」から、今後は「何かをするためのウェブ・アプリ」へと大転換する。
その先陣を切って、Googleは年内、早ければ、この秋にも「Chrome Web Store」というアプリケーション・マーケットを開設。これに続いて、ブラウザ「Firefox」の開発元であるMozillaも同様のマーケット「Open Web Apps」を開始する。これらは一見、AppleのApp Storeと似ているが、そこで販売されるのはモバイル端末にダウンロードして使う「ネイティブ・アプリ」ではなく、全て「ウェブ・アプリ」である。ウェブ・アプリとは要するに「動的なウェブ・サイト」のことだが、「Chrome Web Store」や「Open Web Apps」は、それら動的ウェブ・サイトへのゲートウェイとして、認証・課金サービスをアプリ開発業者に提供する。
彼らの後を追って、AppleもいずれiTunes(App Storeも含む)をウェブ・アプリ対応に改造すると見られている。それはChrome Web StoreやOpen Web Appsが、iTunesという閉鎖的プラットフォームに抜け穴を開けるからだ。HTML5というウェブ標準技術でアプリを作れば、それは一企業の独自プラットフォームに縛られる必要がない。GoogleやMozillaがその市場を作った以上、ソフト開発業者はそこに向けてウェブ・アプリをどんどん作るようになる。それが進み過ぎて手遅れになる前に、AppleはiTunesをウェブ・アプリに対応させるのだ。既に同社はHTML5関連の技術者を動員し、その準備を進めていると見られている。
このようにネイティブ・アプリからウェブ・アプリへと開発の重点がシフトした場合、ユーザーにとっては提供されるアプリをもとにスマートフォンを選択する必要がなくなる。なぜなら「ウェブ・アプリ」であれば、iPhoneでもAndroid端末でも動くからだ。つまり「キラー・アプリ」というものが無くなるか、あるとしても端末メーカーが製品出荷時にプリ・インストールしたものが中心になる。そしてユーザーがスマートフォンを選択する基準は、端末自体の性能と、提携したキャリアの通信品質やサービスにほぼ絞られることになる。
米国や日本の通信政策としては、端末(ハード)と通信(サービス)は今後、分離する方向に進んでいる。つまり量販店などで購入されたスマートフォンは、どのキャリアの通信サービスでも使えるようになる。となると、ユーザーにとって端末自体の性能やブランドが最大の選択要因となる。この点は Apple(iPhone)に有利に働く。閉鎖的プラットフォームのiTunesに風穴を開けるHTML5を、Appleが支持するのは、この辺りに理由があると考えられる。
(文/小林 雅一=ジャーナリスト、KDDI総研リサーチフェロー)