スマートTVは日本では生まれない

分で自分のテレビの番組を見るのが「公衆送信」?
 テレビ番組をネット配信するサービス「まねきTV」が著作権を侵害しているとして、NHKと在京民放5社の起こしていた訴訟について最高裁は18日、著作権侵害にはあたらないとした一審、二審の判決を破棄し、審理を知財高裁に差し戻す判決を下した。
 まねきTVは、ソニーの「ロケーションフリー」のベースステーションをユーザーから有料で預かって設置し、インターネット接続するサービスで、被告の永野商店が提供している。ユーザーは海外駐在員が多く、海外で見られない日本の番組をインターネット経由で見るためなどに使われている。
 テレビ局はこのサービス差し止めを求める訴訟を起こしたが、一審、二審は「まねきTVはベースステーションの所有者が自分で見るためのサービスで、不特定多数あての自動公衆送信とはいえない」として、放送局の訴えを退けた。これに対して、最高裁の判決理由で田原睦夫裁判長は、
情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置は、これがあらかじめ設定された単一の機器宛てに送信する機能しか有しない場合であっても、当該装置を用いて行われる送信が自動公衆送信であるといえるときは、自動公衆送信装置に当たるというべきである。
NHKの松本新会長は「まねきTV」訴訟を取り下げよ
 他方、今年の家電ショーのCESでは「スマートTV」が話題だった。これは今までのインターネットTVを一歩進めて、タブレット端末のようなコンピュータからテレビの映像を見ることができるようにするもので、その代表が「Google TV」である。
 アメリカではABC、NBC、FOXが共同で、すべてのテレビ番組をインターネットで見られる「hulu.com」というウェブサイトをつくった。 BBCのiPlayerを初めとして世界のテレビ局がネット配信を開始し、ケーブルテレビの主力もサーバに番組を蓄積して視聴者が好きなときに見られるオンデマンド配信だ。これからテレビとネットの境界はなくなり、すべてのコンテンツがウェブサイトと同じようにいつでも見られるようになるだろう。
という判断を示した。つまりあなたが自分のテレビの番組を自分で見るのも「公衆」送信にあたるというのだ。こうした論理にもとづいて、最高裁は「ベースステーションに本件放送の入力をしている者は被上告人(永野商店)であり、ベースステーションを用いて行なわれる送信の主体は被上告人である」という理由で著作権を侵害しているとした。
 利用者が自分の所有する機材でテレビを見ているのに、機材を置いている業者がサービスの「主体」だというのは奇妙な論理だが、これは「カラオケ法理」と呼ばれる判例である。今までは、まねきTVに類似した録画サービスがすべてこの論理によってテレビ局に摘発されて敗訴したが、まねきTVだけが勝訴した。
 これは利用者の所有する市販の機材に置き場所を貸しているだけという解釈だったが、これも違法ということになると、テレビ局以外の業者が放送を配信・録画するサービスは違法になる。この基準を適用するとケーブルテレビも違法であり、マンションなどの共同受信施設も違法となるおそれが強い。
しかし今回の最高裁判決によって、日本でスマートTVのサービスをテレビ局以外の企業がやることは不可能になった。テレビ局のオンデマンド配信も「NHKオンデマンド」は月間40万アクセスと、私のブログにも劣る。民放に至っては番組のネット配信はほとんどやっていない。
 利用者数百人のまねきTVを相手にテレビ局がそろって最高裁まで争ってネット配信を妨害するのは、地方民放を守るためだ。ほとんど独自番組を制作しないでキー局の番組を垂れ流しているだけの地方民放にとっては、キー局の番組がネットで流れてきては困るからだ。しかし地方民放の余命はわずかなものだ。今年 7月のアナログ放送の終了以降は、各地で整理統合が始まるだろう。
 世界のテレビの主流はもはや地上波ではなくネット配信だが、日本のインターネット放送は、テレビ局が「公衆再送信」を許さないためにビジネスとして成り立たない。テレビ局のネット事業も厳重な「著作権保護」で自縄自縛になり、採算が取れない。古いものを守るために新しいものをつぶし、結果としてどちらも失う愚かな工作をテレビ業界はいつまで続けるのだろうか。
 NHKの新会長には、JR東海の松本正之副会長が就任する。彼は放送については「一視聴者」でしかないが、JRでは労働組合の反対を押し切って合理化を進めた「猛者」だといわれる。ぜひ松本新会長には、この愚かな訴訟を取り下げ、日本のスマートTVを推進する方針を掲げてほしいものだ。

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