セブン&アイHDがカナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けました。アリマンタシォン・クシュタールはサークルKなどのコンビニチェーンを次々と買収して拡大した企業で、時価総額は8兆円超と企業価値ではセブン&アイを上回っています。
【写真】セブン&アイHDだけじゃない!買収提案されたら危険な日本企業は?
この買収提案を受けてセブン&アイの株価は22%も急騰し、時価総額は前日から1兆円膨らむ5兆6000億円になりました。
今回の提案はまだ買収の初期的な提案で、その是非についてはセブン&アイの独立社外取締役のグループが検討することになっています。ではその結論はどうなるでしょうか?
セブン&アイが買収される可能性はある?
日本の大企業は投資家を保護する政府の方針に沿って、欧米的な社外取締役中心の取締役会へと役員会の構成を変えてきました。経営者と仲がいい名ばかりの社外取締役を起用する企業もある一方で、一流の大企業では本格的なプロ取締役を起用する傾向が強まっています。この傾向が今後、日本企業にとって仇になるかもしれません。
セブン&アイの役員会を例にとって説明します。社外取締役7名の内訳はいわゆる海外のプロ投資家が4名で日本人が5名。社外取締役の筆頭はアメリカの食品大手マスターフーズ出身のプロ経営者で、それ以外の海外勢3名はそれぞれ投資銀行のメリルリンチ、コンサル大手のKPMG、ウーバーテクノロジー出身と、セブン創業家とは離れた立場にあります。
とはいえそれ以外の社外取締役は取引先出身だったり官僚出身だったりと、まさかセブン&アイ買収に賛成するとは思えない顔触れで5名と過半数が確保されています。古い日本の常識から考えれば、提案は否決される可能性が高いと考えられます。
ただしそれが盤石かというと必ずしもそうだとは言えません。現在施行されている取締役会制度は、投資家保護が最大の目的です。買収提案があった場合、経営者は自分の地位が危うくなりますし、創業家は反対するでしょう。しかし株主にとって買収提案が望ましい場合は取締役会は株主の側につく義務がでてきます。
たとえば、仮にアリマンタシォン・クシュタールのような競合企業が「セブンを8兆円で買収したい」と言い出したらどうでしょうか? そもそも今回の買収の情報が入る前のセブンの時価総額は4兆6000億円でした。株主から見れば提案に乗れば一気に株価は1.7倍と大儲けです。
しかし役員会がこの買収提案を拒否すれば、時価総額は元の4兆円台に戻ります。株主は大損することになるでしょう。この場合、本来の取締役会は株主の側に立つ判断をしなければいけないのです。
セブンに買収提案をした背景
今回、アリマンタシォン・クシュタールがセブンに買収提案をした背景はおそらく2つあります。1つはそもそも同社がグローバルで買収を通じて拡大する戦略をとっていること、そしてもう1つは近年物言う株主とのバトルに経営陣の意識が向かっているせいで、セブン-イレブンが本来達成できるはずのグローバル市場での成長余地がまだ低いことでしょう。
物言う株主から見れば西武百貨店問題やイトーヨーカドー問題に経営陣が時間をとられすぎていてアジアでの成長スピードが遅い。本来は日本の時価総額ランキングのトップ10に入って10兆円企業になれているはずのセブン&アイが、いまだに株価が低くとどまっています。ですから「買収後の成長余地が大きい」とみれば外資は買収に動くものです。
さて、このメカニズムを前提に考えると、実はセブン&アイよりももっと危険な日本企業は山ほどあります。これまで日本の大企業が外資に買われるケースは、経営が立ち行かなくなって、日本企業がどこも手を挙げないようなケースばかりでしたが、これからは違います。業績がいい企業でも折からの円安と、世界的に見れば安い株価が呼び水になって、あっと驚くような優良企業が買収リスクにさらされる時代が来たのです。
条件としては、
1 本来はグローバルでもっと成長できる余地があるけれどもそれができていない
2 時価総額が5兆円以下と円安環境下では外資にとって比較的買収しやすい
3 社外取締役会がプロ経営者中心
4 安全保障と関係がなく、政府が買収阻止に動く可能性が低い
という4条件を満たす企業の買収リスクが大きいことになります。
これからはそんな企業に次々と買収提案がつきつけられるかもしれません。おそらくそれまでこんなリスクを想定したことなどないはずの大企業を3社ほど例に挙げて、これからどんなことが起きるのかを考えてみたいと思います。
①資生堂をロレアルないしはP&Gが狙う
資生堂は時価総額1.4兆円(2024年8月19日時点、以下同じ)です。日本を代表する化粧品ブランドであると同時に、中国・アジア市場で非常に強いブランド力を持っています。
資生堂はコロナ禍前の2019年までは経営が好調だったのですが、それ以降、大きく業績を下げ、株価が低迷しています。そのため経営陣は中国市場の中低価格帯の化粧品ブランドを売却したり、日用品部門を別会社化したうえでやはり売却したりと、戦略は縮小均衡傾向にあります。かつて人気だったシャンプーの「TSUBAKI」もすでに資生堂の手を離れています。
結果としてハイエンドの化粧品ブランドが資生堂を支えている構造ですが、この構造はロレアルやP&Gといった海外の化粧品大手にとっては魅力的な構造ではないでしょうか。
外資にとっては円安でドル建ての企業価値が激安になっていることに加えて、中国経済の不況で資生堂の中国事業が当面うまくいかないだろうという状況が追い風になります。当面安い状態が続くので買収しやすいのです。そしてうまく資生堂を買収できれば、中国経済の回復とともに資生堂の価値は回復し十分なリターンが得られると考えるのです。
このように足元の業績がふるわず株価が低迷する一方で、グローバル市場に通用する商品をもっている企業は、これから買収リスクが本格化すると思われます。
②ゼンショーをヤム・ブランズが狙う
さて、足元で業績が絶好調の日本企業に買収リスクが突如表面化するケースもこれからは出てくるかもしれません。
ゼンショーは日本の外食企業の勝ち組で時価総額は1.1兆円です。すき家、はま寿司、ココス、なか卯などの外食業態が国内では有名ですが、実は店舗数は海外のほうが多いのです。
なかでも成長が著しい領域がふたつあります。すき家を中心とするグローバル牛丼ビジネスはアジア・中国で大いに成長しています。一方でグローバルな寿司ビジネスも好調で、買収を重ねた結果、欧米の持ち帰り寿司部門が大きな経営の柱になっています。このアジアでの成長と、欧米の寿司の成長は、どちらもグローバル外食大手にとっては魅力です。
グローバル外食の大手企業というと上位3社はスターバックスコーヒー、マクドナルド、サブウェイのように圧倒的なブランド業態で拡大してきた企業です。これらの会社にとってはゼンショーは興味の対象外かもしれません。しかし外食のグローバル4位に位置するヤム・ブランズにとってはゼンショーは違って見えるでしょう。
ヤム・ブランズはKFC、ピザハット、タコベルを傘下に持つ外食のコングロマリットです。言い換えるとゼンショーと似た戦略をとっていて、多業態での成長をよしとする企業グループです。
ヤム・ブランズの過去の成功体験は、KFC、ピザハットのような伝統的なアメリカ人向けの業態に加えて、移民の増加を背景にメキシコ料理であるタコベルで成長したというのが成功の方程式だったはずです。
その成功体験を考えた場合に、ヤム・ブランズにとってのフロンティアは2つ考えられます。1つは欧米で成長が著しい寿司ビジネス。そしてもう1つは中国・アジア市場での成長です。
このように彼らの戦略を考えるとヤム・ブランズにとってゼンショーは非常に手に入れやすい安価な日本企業だと目に映るのではないでしょうか。そしてゼンショーに限らず、アジアで成長している外食と、すし大手は、どちらも買収リスクを念頭におく必要が出てきそうです。
③日清食品HDをクラフト・ハインツが狙う
「うちはまず大丈夫だろう」
経営陣がそう考えていそうな安定した大企業の名前を1つ挙げておきましょう。カップヌードルで世界展開する日清食品HDです。経営も好調ですし、死角はないと経営陣は考えているのではないでしょうか。
しかし死角はあります。時価総額が1.2兆円と安いこと。円安の昨今、企業の価格としては激安企業のひとつなのです。
グローバルの食品大手であるクラフト・ハインツという会社があります。チーズのクラフトとケチャップのハインツが合併した会社で時価総額は6兆円と日清食品を大きく上回ります。
チーズにしてもケチャップにしても成熟市場です。ですからこの企業、株価を成長させるためには商品ラインナップを広げる以外に方法はありません。実際、主力商品としては乳製品、チーズ、調味料に加えて、スナック菓子、インスタント食品、飲料などほぼほぼスーパーマーケットで手に入る加工食品全体へと手を広げています。
そもそもグローバルな食品ブランドは、主力商品の成長では大きな成長は望めません。そのために巨大ブランドを買収することが成長の有力な戦略として定着しています。1980年代にたばこ大手のRJRがナビスコを買収したのがその象徴的な出来事でした。ナビスコは今では食品業界3位のモンデリーズの傘下に入っています。
そのような戦略を前提に考えると、日清食品という企業はグローバルな食品大手にとっては買収候補に映るでしょう。中でもクラフト・ハインツにとってはカップ麺という商品は自社の成長戦略の延長戦上にある魅力的な商品群に見えることでしょう。
「そんな買収が起きたら、日清のカップ麺はマカロニにケチャップがかかったものに変わってしまうんじゃないのか?」
と心配する読者もいらっしゃるかもしれません。実はそんな心配がこれから先の日本に降りかかるかもしれません。なにしろアメリカのカップヌードルはアメリカ人のテイストに合わせて、日本人にはあまりおいしいと感じられない味付けになっています。
さらに言えばグローバル食品業界では、買収後数年でまた経営陣が交代すると、戦略がころころと変わります。たとえば日清食品を買収した企業は、数年後にはグローバルに成長できるカップ麺だけを残して、袋麺は売却するかもしれません。そうなれば伝統あるチキンラーメンはどうなってしまうでしょう。これからは日本人はそんな心配をしなければならなくなるかもしれないのです。
日本企業にとって対岸の火事ではない
もう一度、話をまとめてみましょう。今回、セブン&アイに降りかかった買収提案は、実は多くの日本企業にとっては対岸の火事ではないのです。
問題は円安と株価低迷で、日本企業がそもそも「お買い得価格」になってしまっていることと、グローバル企業から見れば日本とアジアで成長する日本企業というものがポートフォリオとして非常に魅力的になっているということがあります。
その前提で、日本企業は資本主義経済の流行に沿って、社外取締役中心の役員会へと構造を変えてしまいました。これから先、第2第3の「セブン事件」は間違いなく勃発することでしょう。
本当は円安を止めることと、日本企業の株価をもっと上げることが重要なのですが、それができていないから今この問題が起きています。
では今できることは何でしょう?
「次の株主総会で、取締役はすべて社長の友人に入れ替えよう」
本気でそんな防衛策を企業が考えるべき局面に来ているのかもしれません。
鈴木 貴博:経済評論家、百年コンサルティング代表