今、多くの日本企業から注目を浴びる東南アジアは、平均年齢が20代の国ばかり。東南アジアでマーケティングをするということは、若者たちにモノやサービスを売る、ということと同義です。
しかし、そこに暮らす若者たちの生態や消費傾向は、中国や韓国、台湾に比べて驚くほど知られていません。そこで、「さとり世代」「マイルドヤンキー」の名付け親にして若者研究の先端をいく博報堂の原田曜平と、世界70カ国の現地在住日本人にネットワークを持つTNCの小祝誉士夫がコラボレーション。現地調査を基に各国の状況をリポートします。
第1回目の今回は、東南アジア諸国の中でも飛び抜けて親日度の高いタイ。1990年代から2000年代にかけ、日本のカルチャーを胸いっぱいに吸って育った若者たちの“日本化”は、ここ数年、加速度的に進んでいます。
グローバル社会になり、ケータイやインターネットが普及し、アジア中の若者が同じ商品、サービス、お店、コンテンツに接するようになりました。たとえばスターバックスに行ってスマートフォンを手にフェイスブックなどのSNSをいじる若者たちは、アジア各国にもいる。それはつまりアジア中の若者たちの価値観やライフスタイルが、似てきていることを意味します。
特に今、多くの日本企業から注目を浴びている東南アジアは、平均年齢が20代の国ばかり。東南アジアでマーケティングをするということは、若者たちにモノやサービスを売る、ということとまったく同義なのです。
これまで多くの日本企業は、日本で日本人向けに商品を開発し、それを海外に輸出していました。現地のニーズに合わせ、多少改良したものの、基本的には「後付けの各国対応」が多かったでしょう。しかし最近は現地のニーズに合わせ、その国(や周辺国)だけに商品を売る事例も増えてきています。
ですが、これからは「アジア均一化時代」。すでに、日本人向け商品を海外で売る時代でも、各国向け商品を開発して売る時代でもなくなりつつあり、今後、この傾向はさらに加速していくでしょう。リージョンごとの対応は効率が悪く、時代遅れな面が出てきてしまうケースもあります。
もともとエリア的に近く、価値観のベースも似ているアジア各国の若者たちが、かつて以上に共通項を持ち始めてきている今だからこそ、若者研究所では、アジア全域の若者たちの価値観やライフスタイルの共通項を抽出し、彼らに共通に通じる商品のコンセプトや商品それ自体を開発しています。
今、タイは先進国に“なり始めた”ステージにいます。東南アジア諸国における消費市場としては間違いなく有力エリアであり、日系企業の投資や進出も多い。かつては製造業の分野が目立っていましたが、昨今はサービス業での進出も増えてきました。
タイに投資をしている企業の6割以上は日本だというデータもあるくらいで、ざっと4000社以上の日本企業が進出。日本料理店も2000店くらい存在しています。ちなみにラーメンチェーンである幸楽苑さんの海外進出1号店はバンコクです。
2015年には、タイも加盟しているASEAN の経済統合が行われ、域内での関税が撤廃されます。そのため、とにかくタイを製造拠点にしてASEAN諸国に製品を売っていこうという日本企業が後を絶ちません。数年後には、「金融の中心はシンガポール、製造業の中心はバンコク」という定着をみるでしょう。
また、タイには登録されているだけでも日本人が3万人もいます。上海が5万人ですから、世界で2番目に日本人が多い国なのです。この数字は商用滞在の日本人だけなので、旅行者も入れるとかなりの数になるのではないでしょうか。
誤解を恐れず言うなら、タイと台湾に関しては、国民気質的に日本人が共感しやすいため、特に変わった施策を打たなくとも進出に成功する日本企業が多いようです。ただしこれは別の側面もあって、悪い言葉ですが、日本は「嫌いな女は口説けない」――国民気質を共感できない国でビジネスを成功させることができません。マーケティングを駆使して感情を閉ざし、「嫌いな女も口説く」欧米企業とは、この点に決定的な差があるといえるでしょう。
タイは今後の連載でも触れるミャンマーと同様、非常に日本人が接しやすいエリアです。正直言って今現在、日本企業の世界的なプレゼンスは下がっていますが、タイという国では例外的に上がっています。これを踏まえて、タイの若者たちを見てみましょう。
タイの若者カルチャーは基本的には“超親日”。幼い頃から日本のテレビ番組やマンガで育った10~20代は多く、台湾に次ぐ文化的親日度の高さがうかがえます。
タイの若者に、幼い頃から好きだった日本のアニメやマンガを聞くと、出るわ出るわ。「名探偵コナン」「ONE PIECE」「NARUTO -ナルト-」「BLEACH」「涼宮ハルヒの憂鬱」「NANA」「遊戯王」と多くの作品名が並びます。日本の「スーパー戦隊シリーズ」の英語版ローカライズである「パワーレンジャー」を挙げる男性もいました。
日本のバラエティ番組では、「TVチャンピオン」「料理の鉄人」も人気。「料理の鉄人」は海外にフォーマット販売されたため、タイ人キャストバージョンが製作・放映されるほど人気が高いようです。
土日の朝には日本のアニメがよく放送されています。バンコク市内で両親と同居している20歳の女性に聞いたところ、TVやインターネットなどで今でも時々日本のアニメを見るのは、彼女の周囲で4~5割くらい。家に日本のマンガがある友人は自分も含めて15%くらい、という答えが返ってきました。これはかなり多い印象です。
ただし、日本のドラマはアニメやマンガほど人気があるわけではありません。ドラマは完全に韓国に持っていかれています。実際、韓国のTV番組はタイでけっこう放送されていて、ドラマだけでなく韓国の文化を紹介する番組も見られています。
音楽もK-POPに軍配が上がります。先ほどの20歳の女性は、「男性グループではBIGBANGのファン。スーパージュニアはまあまあ。女性グループだと少女時代や4minuteも好き」とコメントしていました。
ちなみに、韓国の男性グループ2PMには、ニックンという、タイ人の父と中国系アメリカ人の母をもつメンバーがいます。韓国としてもタイのマーケットは十分に意識しているようですね。ちなみに、彼女の友人の間では、韓国ドラマを見る人は50%、韓国歌手が好きな人は20~30%だそうです。
一方、映画はまだまだハリウッド映画が主流です。若者であっても、日本映画や韓国映画はあまり見ない。これは東南アジア全体に言えることですが、若者はハリウッドもしくは現地映画の二択、という意識です。
プレ先進国らしく、バンコクの中心地であるサイアムには、「サイアム・センター」「サイアム・パラゴン」といった巨大ショッピングモールがあります。調査した若者たちも、かなり頻繁に足を運んでいるようで、「H&Mがオープンしたから行かないと!」などどはしゃいでいました。
大学生の女性は、「授業が終わったら、友達とサイアムにあるデパートとレストランに行く」と言っていました。サイアムは日本でいうと渋谷のような場所なので、日本で女子大学生が渋谷に集合してショッピングする構図とまったく同じというわけです。
その彼女がよく行くレストランは、「フジレストラン」という日本食レストラン。タイ発で大人気のチェーン店で、「味噌スープ(味噌汁)を飲む」とのことでした。
タイにおける日本食は現在に始まったことではありませんが、以前まではお世辞にも日本食とは呼べない“なんちゃって”日本食が店で出されていました。昨今の日本食トレンドは、ほかの日本カルチャー同様、以前とは異なる「本物・本格志向」というのが特徴で、若者にも大人気。
フジレストランも、バンコクの主要ショッピングモールに複数の店舗を出店しています。日本食は韓国食に比べると若干割高ですが、タイ国民の利用頻度では韓国食に勝っています。プレミアム感や心の満足度という観点で軍配が上がっているのでしょう。他国で言うと、中国もそんな印象です。
ちなみに、ワインブームほど顕在化はしていないものの、タイでの日本酒の消費量は着実に伸びています。値段が日本の3倍くらいするので富裕層向けの嗜好品ですが、調査した男性は「白鶴、大関、八海山、久保田」といった銘柄を自慢気に口にしていました(笑)。
ある国が先進国であるかどうかのバロメーターに、「喫煙の制限」があります。要は先進国であるほど、公共スペースでの喫煙が禁止される。タイもご多分に漏れず、特にバンコク市内では店内で吸えない店が増えつつあります。
ただ一方、これも先進国の特徴ですが、高学歴化した女性は喫煙率が高まる傾向にあります。バンコク在住の20代の男性によると、彼の肌感覚では、周囲の男性の7割は吸っていて、女性は4割ぐらいだとのこと。別の調査だと、まだまだ発展途上のミャンマーでは女性喫煙率が非常に少なかったので、さもありなんという感じです。喫煙規制が厳しくなる一方で、女性のスモーカーは増えているのです。
調査では、男性化粧品を利用するタイ人男性にも出会いました。バンコクのワンルームアパートにひとりで暮らしている22歳の男性の家の冷蔵庫にあったのは、ニベアの美白クリーム、ロート製薬の肌研(ハダラボ)、ヒアルロン液など。
スキンケアに心を砕く日本の若者男性に近いものを感じますが、タイは歴史的にトランスジェンダーな人が多い国なので、日本製の男性化粧品がニーズにうまくはまったという考え方もできそうです。なお、この彼はギャツビーのヘアワックスも使っていました。
女性の美容に関して言うと、これも日本に近いですが、韓国コスメが売れています。調査対象の女性のひとりも、周囲の韓国コスメ浸透率の高さを語っていました。情報源としてのファッション誌は男性向け・女性向けともにかなり読まれていて、タイ語に訳された日本の雑誌も多い。若者があまり雑誌を読んでいないミャンマーとは、ここでも差が現れていました。
次回の記事では、輪をかけて日本ライクなソーシャルメディア事情や、数年前の中国を彷彿とさせる若者のイケイケな仕事観などについてお伝えします。