タワーマンション住民を苦しめる「階数格差」というシビアな現実

■タワーマンション格差とは?

「あの人は2階だから……」

「低層階の人は排除しましょうよ」

そんな刺激的なセリフが飛び交っているのが、今話題のTBS金曜ドラマ「砂の塔」だ。

舞台は、東京の江東区湾岸エリア――とおぼしきあたりに聳え立つ、タワーマンション。ストーリーは、第1話で主人公の家族が引っ越してきたところから展開され、今週第4回が放送される。

TBS公式ホームページより

このドラマで注目を集めたのが、「タワーマンション格差」と呼ばれる、きわめてシビアな「現実」である。

撮影現場のタワーマンションでは、エントランスロビーからエレベーターホールへとつながる廊下の突き当りが左右に分かれていて、片方が25階以上、もう片方が24階まで。ここで右に曲がるか、左に行くかで、明白なヒエラルキーが露呈してしまう。

実際、多くのタワーマンションのエレベーターは、混雑を避けるために階数別になっている。エレベーターを利用する際、住人たちは表立って口に出すことは少ないものの、なんとも複雑な感情を抱くという。

たとえば、筆者が知る、あるタワーマンションの住民は、事情があって同じ棟内の31階から33階に引っ越した。そのマンションのエレベーターは、32階を境に分かれていたそうだ。

その方は、31階に住んでいた頃は1階まで降りる途中階で誰かが乗ってくるたびに、「もう、遅くなるじゃない」とか「これじゃあ各駅停車ね」と、心の中で毒づいていたという。

ところが、33階に移り住むと、今度は上から降りてきたエレベーターに自分が途中で乗り込む立場に変わった。卑屈になる必要などないはずだが、「なんだか悪いことをしているような気がして……」と肩身が狭い思いをするようになったという。

タワーマンションというのは、20階以上の超高層住宅。今では50階以上のマンションも少なくない。そういったタワーマンションに住む人々は、通常の板状型マンションと比べて階数によるヒエラルキーを意識しやすいのではないか。

そもそも新築マンションというものは、同じ間取りでも階数によって価格に差がつけられている。階数が高くなるほど、販売価格も上がっていくケースがほとんどだ。マンションによって異なるが、1階上がるごとに数十万円から100万円程度価格が上昇する。

とりわけ、階数が高くなるタワーマンションでは、下層階と上層階の販売価格の差は同じ間取りでも1000万円を超えることが珍しくない。高額な物件なら2000万円以上差がつくこともある。

また、タワーマンションの場合、低層階には面積の狭いコンパクトタイプの住戸を数多く配す一方、最上階近辺には100㎡をゆうに超えるペントハウス的な住戸を設定するケースも多い。

そういう物件では、下層階の住戸の販売価格が4900万円なのに対し、最上階の「プレミアム住戸」は2億円以上だったりする。

4900万円の住戸を35年ローンで購入する一般的な中堅所得層と、2億円超の上層階住戸をほぼキャッシュで購入する富裕層では、ライフスタイルはもちろん、価値観や発想が大きく異なるのも当然だろう。

■購入者は「見栄っ張り」

私がかつてマンションのチラシなどの広告制作を生業としていたころ、ある財閥系大手デベロッパーが社内向けに用意した販売企画資料の中には、

〈湾岸のタワーマンション購入者は、基本的に見栄っ張り〉

と、明快に書かれていたのを覚えている。

売主からして、湾岸エリアのターゲット層が〈見栄っ張り〉であると分析した上で、彼らのプライドや購入マインドを刺激する広告デザインや販売センター(モデルルーム)の演出を行っているのだ。

実際、その傾向は強いと感じる。ドラマ「砂の塔」では、最上階に住む企画会社を経営する社長の妻が「ボスママ」という設定。いわゆる幼稚園の「ママ友グループ」に君臨し、主人公の菅野美穂を「これでもか」といじめまくる。

さらに、ボスママに隷従する上層階グループのママたちが、下層階に住むママ友を蔑む。まあ、ドラマの設定としてはよくできていて、構図も非常に分かりやすい。

実際にそういうことがあり得るのか、と質問された場合、私は「十分あり得ますから、気を付けてください。まあ、本人が気にするかどうかということもありますけれど」とお答えしている。

子どもが中学生や高校生に成長すれば、やがてママたちのご近所づきあいはほとんどなくなるから、エントランスで会ってもせいぜい挨拶を交わすくらいで済むだろう。

しかし、まだ毎日の送り迎えや親の協力が求められる行事の多い幼稚園ママたちは、好むと好まざるとにかかわらず、交流せざるを得ない関係を強いられる。

実際にそうした状況を傍証する調査結果もある。明治大学住環境研究会が公表した「豊洲タワーマンションアンケート調査結果」(2010年1月)である。「マンション内で付き合っている人がいる」と答えた人の割合は、20~30代で約45%。40代以上を大きく引き離している。

そういった環境の中で子どもや自分がいじめられたママの何人かは、ブログでそのことを赤裸々に語っていたりする。「砂の塔」を観ていても、「このエピソードの出所は、あのブログかもしれない」と思えるような場面が何ヵ所かあった。

■階数は「成功の証」

ドラマの舞台が江東区の湾岸エリアっぽいというのも、制作側のなにがしかの「意図」を感じる。実のところ、豊洲や有明といった江東区の湾岸エリアのタワーマンション購入者には、階数ヒエラルキーを意識しやすい人々が多く含まれていそうだ。

まず、彼らには地方出身者が多い。

「渋谷で生まれ育った」「小中学校は地元の杉並区立」などといった、親の代から都心に近い場所に住んでいる人が、一流企業に勤務するサラリーマンとして高収入を得たり、あるいは起業して富裕層になったからといって、そうした人の多くが豊洲や有明のタワーマンションの購入を熱望しているとは思えない。むしろ、「東京生まれの東京育ち」の人々の間で、タワーマンションに憧れる人は少ないのではないか。

現に、先の「豊洲タワーマンションアンケート調査結果」によると、夫(妻)の出身地(中学卒業時の居住地)が東京であると回答した人は、いずれも20%程度に過ぎない(ちなみに、埼玉・千葉・神奈川を含む一都三県に広げても、その割合は50%に満たない)。

つまり、タワーマンション住民の多くが東京以外の地方出身者というわけだ。

私の知る限りでも、湾岸のタワーマンション住民の多くは、ITベンチャーや金融、不動産系の新興企業に勤める高年収層で、たいていが地方出身者だ。つまり学生か社会人になるときに東京に移住してきた人々。

そんな彼らが自らの「成功の証」として選ぶのが、湾岸のタワーマンションなのだろう。彼らの購入した住戸の「階数」とは、成功の証を数値化したものでもある。逆に言えば、それを超える階の住戸を「買えなかった」という事実も、彼らは強く心に受け止めているはずだ。

それだけに、「階数ヒエラルキー」を発生させたり、受け入れる心理的な土壌を持っているとも言えるだろう。

最近、『マンション格差』(講談社現代新書)という著書を世に送り出した。マンションの資産価値の格差がどのような仕掛けで生まれ、拡大するのかを分かりやすく解説したつもりだ。その中で1章を割いて「タワーマンションの階数ヒエラルキー」について論じているほか、大手デベロッパーの“言ってはいけない”特徴などにも言及している。ご興味のある方はぜひお読みいただきたい。

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