サドルとペダルが2か所にあり、2人でこいで進む「タンデム自転車」が7月から全国の公道で走行できるようになる。以前はほぼ全国で禁じられていたが徐々に広がり、最後に残っていた東京都で解禁される。一人で自転車に乗ることができない視覚障害者らの利用が広がるとみられ、普及活動に取り組んできた関係者からは期待の声が上がる。(村上喬亮、喜多河孝康) 【写真】タンデム自転車の普及活動を続けてきた今井裕二さん
「動きますよ」「はい」。東京都八王子市の宮川純さん(45)は27日、同市の公園で、7月の解禁に合わせて知人と全長約2・3メートルのタンデム自転車に試乗し、声をかけ合いながら走り出した。
宮川さんは糖尿病の影響で30歳の時に視力を失った。福祉団体の試乗体験でタンデム自転車を好きになり、「視力障害を持つ他の人たちも楽しんでほしい」と、イベントなどで普及に取り組んできた。長年の希望だった公道解禁がかない、宮川さんは「ペダルをこいで風を切る爽快感を感じたい」と話す。
タンデム自転車はデンマーク人が100年以上前に開発した。ハンドルとブレーキは前の人が操作し、後ろはペダルをこぐだけでよく、前後で息を合わせて加減速や右左折をする。これまでは自転車の2人乗りが道路交通法に基づいて各都道府県の公安委員会が定める施行細則などで原則禁止されてきたため、公道は走れず、空き地や河川敷などで走るほかなかった。
全国に先駆け、1978年に観光振興目的で公道走行を解禁したのは長野県。2008年には兵庫県が施行細則を改正し、安全な場所で十分に練習して、2人とも必ずヘルメットを着用するといった注意点も示した上で解禁した。
これを機に公道走行を求める声が広がり、09年に山形県、10年に愛媛、広島両県、12年に宮崎県が解禁。タンデム自転車を用いた競技がある東京パラリンピックの開催決定でさらに普及が進んだ。
交通環境の複雑さから一部の公道でしか走れなかった東京都も、全国で目立った事故が起きていないことなどを踏まえて7月1日からの全面解禁を決め、全都道府県で足並みがそろった。タンデム自転車は大型なことなどから普通の自転車とは違い、歩道や「自転車及び歩行者専用」の標識がある場所は走行できない。
12月にはタンデム自転車などが公道を走るロードレースが多摩地域で開催される予定で、都の担当者は「多くの人にタンデム自転車を知ってもらう機会になってほしい」と話す。
全国解禁へのきっかけとなった兵庫県で、長年普及に取り組んできた県障害者タンデムサイクリング協会理事長の今井裕二さん(55)(神戸市西区)は「全国で堂々と走れるようになるのは感無量だ」と話す。
今井さんは子どもの頃、徐々に視力が失われる難病「網膜色素変性症」と診断された。病状の進行に伴い、大学は中退。生きる希望を見失いかけていた26歳の頃、知人に薦められてタンデム自転車に出会った。
当時はまだ、公道走行はできなかった。まずはタンデム自転車の魅力を広めようと友人と一緒に1995年、全国縦断の旅に出かけた。行く先々で警察と交渉し、特別に走行許可を得て走った。北海道から沖縄まで約3000キロを1か月かけて無事故で走破。その後も体験会を毎年開催するなど裾野の拡大に努めてきた。
「自分の足で行きたい場所に行けることが視覚障害者の希望になる」という今井さんは、次の夢を語る。「胸を張って、全都道府県の公道を走りたい」
地域活性に活用
タンデム自転車の公道走行解禁は、地域の活性化にもつながっている。
2019年に解禁した茨城県では、県内のサイクリングコース「つくば霞ヶ浦りんりんロード」でタンデム自転車のレンタルを実施。週末には親子連れやカップルの利用でにぎわうといい、県の担当者は「2人で息を合わせて運転する良さがあり、観光のアクセントになっている」と話す。
福島県では、いわき市に事務所を置く「日本パラサイクリング連盟」が中心となり、地域のイベントで子どもや高齢者、障害者の試乗体験を行っている。連盟によると、こうしたイベントを通じ、新たな交流も生まれているという。
他にも、婚活イベントに用いられたり、高齢者らの健康促進のツールになったりと活用が広がっている。