ダイヤモンド・プリンセス号の集団感染から2年半

2020年2月、クルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス号」で起きた新型コロナウイルスの集団感染は、連日の報道によって全世界に大きな衝撃を与えた。いまも続いている“行動制約”の象徴ともいえる出来事として歴史に刻まれた。

 それから2年半が過ぎた今、“船旅”はどうなっているのだろうか。

ガイドラインによる船内感染予防対策

 22年8月現在、国内から上船できるのは日本の船会社が運航する「飛鳥II」「にっぽん丸」「ぱしふぃっく びいなす」のみで、20年の秋から営業航海を再開している。一方で、コロナ前に利用者が増えつつあった日本発着の海外客船は、依然として再開に至っていない。

 国内クルーズは、感染規模に応じて中断することはあるものの、客船(長距離カーフェリーのようなトラックや自動車を運ぶ旅客定期航路事業に属する旅客フェリーは除く)事業を展開している郵船クルーズ(飛鳥II)、商船三井客船(にっぽん丸)、日本クルーズ客船(ぱしふぃっく びいなす)は、感染対策を実施していて、商業運航を実施している。

「飛鳥II」を運航する郵船クルーズが公開している新型コロナの感染対策

「にっぽん丸」を運航する商船三井客船が公開している新型コロナの感染対策

「ぱしふぃっく びいなす」を運航する日本クルーズ客船が公開している新型コロナの感染対策

 これらの感染対策は、日本外航客船協会(Japan Oceangoing Passenger Ship Association)が策定したガイドラインに準拠した内容となっている。その後、新しい知見や感染状況に合わせて随時更新されており、第14版が最新の内容となっている(7月31日に公開)。

 このガイドラインでは、感染防止策として以下の項目を提示している。

(1)乗客への対応

(2)船内の衛生管理

(3)船内施設の維持管理など

(4)乗組員への対応

(5)有症者が発生した場合

(6)有症者の感染が確認された場合

(7)上記以外の対応

 乗客への対策をみると、「乗船時」「乗船中」「寄港地での上陸」「最終港での下船」といった形で示している。乗船時と寄港地に体温測定を実施して、発熱がないことを確認する。乗船時は健康質問票の提出とPCR検査などを実施して、感染のリスクが低いことを確認しなければけない。

 乗船中は、マスクの着用を徹底している。ただし、熱中症予防の知見を取り入れて、開放デッキで他の乗客および乗組員と十分に距離がとれる場合は、対面での会話を避けてマスクを外すことを認めている。

 客船特有の対策として、同行者以外との往訪を禁止している。感染者接触確認アプリ「COCOA」を利用するだけでなく、船内で利用可能な健康管理アプリや位置記録アプリとの併用を乗客に告知しなければいけない。

ポストコロナに向けた新様式クルーズとは

 ダイヤモンド・プリンセス号での集団感染によって、船会社では感染者が発生した場合の対策にも力を入れている。

 商船三井客船のにっぽん丸は、乗船証を受け取るタイミングでサーモグラフィーによる検温を実施。客室には大型の空気清浄機を設置したほか、トイレには「フタを閉めてから水を流してください」というステッカーを貼っている。

 また船内空調をみると、客室や乗員室だけでなく、食堂やラウンジなどで1時間当たり6回の換気を実施している。ひとつのエリアに大人数が集中しないように、入場者数を制限。大浴場ではデジタルサイネージを設置して、混雑具合が分かるようにした。

船内大浴場の混雑状況をクルーズインフォメーションや客室設置テレビの船内番組専用チャンネルで確認できる

 以上のガイドラインと対策は、「感染者を乗船させない」「乗船中の感染を防ぐ」ことを目的としている。しかし、「絶対」「必ず」「完璧」はない。そのため、感染者が発生した場合の対策も必須だ。商船三井客船では、「発熱者の発見」「検温記録の管理」「有症者の早期発見、隔離、検査」の各段階で対策を用意している。

 船内に、顔認識技術に対応したサーモグラフィーを2台導入。航海中は1日1回、全ての乗客を検温するほか、多くの人が利用する施設で画像を記録。異常体温が検出された場合は、短時間で個人を判別し、その行動履歴を参照できるようにしている。

にっぽん丸で実施していたサーモグラフィーによる検温

 航海中、インターネットの接続が不安定になるので、船内で使えるシステムを用意。乗船証に記載したQRコードと、船内施設の各テーブルや座席に割り当てたQRコードをリンクして、行動履歴を保存している。

 利用者がダイニングやラウンジなどで着席すると、乗員はハンディデバイスで読み取る。利用者がいつどこの席に座ったのかを把握できるので、あとから感染者が発生した場合、濃厚接触者を探し出すことが可能となっている。

座席を利用する場合、テーブルまたは座席のQRコートを読み込む

乗船証に記載してあるQRコードを読み込み、利用者、利用場所、利用日時の記録を保存する

 乗船中に症状がでた場合、船医の診断を受けて、船内で隔離される。同じ客室を使っている人も隔離されるほか、感染者の行動履歴から濃厚接触者を割り出して、該当者も隔離される。

 にっぽん丸では、客室20室を販売せずに、常設の隔離室を確保。その中の1室は、感染症医療で必須の陰圧テントを用意している。

隔離用客室に陰圧テントを展開して、陽性者の病室として使用する

 商船三井客船は当時、感染者が発生した段階で船内全ての施設を休止し、イベントも中止。全ての乗客は、自分の客室で待機することになっていた。感染者を隔離したあとに検査を実施し、併せて聞き取り調査や行動履歴から船内に立ち入り制限エリアを設定。消毒作業を行いながら、行動履歴から濃厚接触者の割り出しにも着手する。

 陽性だった場合も、乗客への告知、隔離の継続など対策を継続する。立ち入り制限エリアや安全エリアを設け、搬送先の港湾局や保健所への連絡、乗客の帰宅経路や宿泊先の紹介などに着手する。一方、本社は、対策本部を立ち上げて関係機関との連絡や協議、現地対策班の立ち上げ、広報作業に取りかかるとしている。

クルーズ市場の再建は依然として道半ば

 以上のような対策をとりつつ、日本の船会社は営業航海を実施している。現在も出入港は、国内の港に限られている。20年秋から再開した航海は、感染規模の拡大や乗組員の感染発覚などで中止になったこともあったが、大規模な集団感染は確認されていない。ガイドラインで定めた感染防止策が有効であることを実証しつつある。

 一方、クルーズ市場をけん引してきた日本発着の海外客船は、その航海中に海外の港に必ず寄港しなければいけない。こうした制約があるので、国内に寄港することは難しい状況である。ただ、海外に飛行機で行って、現地のクルーズに参加する「フライ&クルーズ」は、再開が緩和されつつあるので、今後の利用者増加が期待されている。

 出入国の制限緩和と感染対策のバランスは、依然として議論が重ねられている。クルーズ市場の復活を急ぐあまり、一方的な見切り発車や過度の抑制とならないように、科学的見地に立った議論と考察を重ねることが求められている。

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