チキンサンドに何が起きているのか 全米で人気爆発の背景

米国で最近、ファストフードチェーンのチキンサンドが殺人に発展した事件が話題になった。なんでも、11月4日に男性(30歳)が発売されたばかりで話題のチキンサンドを手に入れるため長蛇の列に並んでいたところ、割り込んできた人物にキレて殺害してしまったという。

 さらに、全米各地にある同じファストフードチェーンの店舗では、話題の新商品をオーダーするのに数時間待ちのところもあり、殺人とまではいかないが、客同士のトラブルなどが頻発しているという。

 このファストフードチェーンとは、フライドチキンが売りの「Popeyes Louisiana Kitchen(以下、ポパイズ)」。これらの騒動の発端は、数カ月前までさかのぼる。ポパイズが、8月に新商品のチキンサンドを発売したところ、人気になりすぎて全米の店舗で即座に完売してしまった。

 新商品の発売に合わせて、用意していた約2カ月分の在庫が、なんと2週間ほどでなくなるという事態になったのだ。そのため、11月3日にチキンサンドの販売が再開されると、うわさを聞きつけてきた客がポパイズの店舗に殺到。あまりにも忙し過ぎて従業員がキレたり、解雇される者まで出たり、騒動はしばらく続いている。

 たかがチキンサンドで、そこまで熱狂するものだろうかと思ってしまうが、実はいまチキンサンドは、米国でかつてないほど注目を集めているのだ。米国のファストフード業界では「チキン戦争」なるものが勃発しているという。

 チキンサンドに一体何が起きているのか。

●なぜ人をひきつけているのか

 まず、今回の騒動を引き起こした、ポパイズの新商品であるチキンサンドはなぜ人をひきつけているのか。この新商品は、バターたっぷりのブリオッシュ生地のバンズに、スライスしたピクルスとフライドチキンが挟んである、拍子抜けするほど非常にシンプルなチキンサンドになっている。

 実は、このチキンサンドは、ポパイズにとって30年ぶりとなる、気合の入った新商品なのだ。これまで、ポパイズのメニューは、フライドチキンやフライドシュリンプなどの揚げ物とサイドディッシュが中心で、バーガー類は一切なかった。

 しかし、近年チキンサンドの人気が急上昇していることを受け、いわゆる「チキン戦争」に参戦する勢いで、新商品を投入したのだ。

 そのような中で、ポパイズが脚光を浴びることに成功したのは、ソーシャルメディアを使った巧みなマーケティングの効果によるところが大きい。

 ポパイズは、Twitterを使って競合ブランドのツイートにツッコミを入れたり、より親近感のあるトーンでメッセージを発信し、ブランド認知度を上げることに成功した。

 さらに、黒人ユーザーが集まる「Black Twitter」のような、特定のユーザーが集まり影響力のあるオンラインコミュニティーで、ポパイズのチキンサンドが注目されたことも人気を後押しすることにつながった。

●米国で人気の「Chick-fil-A」

 米国で人気があるチキンサンド店といえば「Chick-fil-A(以下、チックフィレイ)」だ。日本人にはなじみのないファストフードチェーンだが、チキンサンドのシェアでトップを走り、米国では爆発的な人気を誇っている。

 その人気のほどを知るには、米国での一般的なファストフード店の売上高ランキングを比較すると、分かりやすいだろう。2018年の米国内でのランキングをみると、1位はマクドナルドで、売上高は385億ドル。2位はスターバックスで、売上高は205億ドルになる。

 そして、3位にランクインしているのが、105億ドルの売上高を誇るチックフィレイだ。日本に進出している大手ファストフードチェーンのサブウェイ、タコベル、バーガーキング、ウェンディーズよりも、米国では売れているブランドなのだ。

 ちなみに、チックフィレイの売上高は、同じくフライドチキンを主力商品とする、KFCの2倍以上、ポパイズと比較すると約3倍以上にもなる。

 さらに補足すると、チックフィレイの創業者がキリスト教徒だったこともあり、日曜日は営業しないという独自のビジネススタイルを貫いている。つまり、営業日が週6日だけなに、売上高で全米3位にランクインしているのは、驚異的なのではないだろうか。

 また、チックフィレイは、5年連続で2ケタ台の売上高の伸びを記録し、急成長しているため、競合他社も目が離せないブランドになっている。

●他社もチキンサンドを投入

 チックフィレイがチキンサンド人気をけん引するなか、ほかのファストフード店もチキンサンドを投入し、ファストフード業界では各社がチキンサンドのシェアを狙って「戦争」状態になっているのだ。いまでは、ファストフード業界で一番注目されるカテゴリーになった。

 業界トップのマクドナルドも例外ではない。ビジネスが好調なチックフィレイのシェア拡大を黙って見ているわけにはいかないとばかりに、チキンサンドのメニュー開発が同社のトッププライオリティとなっているという。

 もちろん、マクドナルドのメニューにも、チキンナゲットやチキンサンドはあるのだが、チックフィレイのチキンサンドに対抗できるようなプレミアム商品がない。

 それでもマクドナルドは、ポパイズの新商品とタイミングを合わせるかのように、9月に「スパイシーBBQ チキンサンド」を発売した。そのチキンサンドとは、ゴマ付きのバンズにスパイシーなBBQソースをかけたフライドチキン、スライスしたピクルスとオニオンを挟んだものになっている。

 しかし、同社の努力もむなしく、少なくとも現時点では、ポパイズのようにセンセーションを巻き起こしていないようだ。

 また、他社とは異なるアプローチでチキンサンドのシェアを狙っているのが、フライドチキンを主力商品としたファストフードチェーンのKFCだ。植物由来の原材料を加工して作られる、代替え食品のミートレス・チキンを使ったメニューの開発を行っている。

 同社は、ミートレス業界大手の「Beyond Meat(ビヨンド・ミート)」が開発した「Beyond Fried Chicken」を使ったチキンウィングやナゲットなどを、アトランタ州の店舗でテスト販売したばかりだ。

 そのテスト販売では、用意した商品が1日で完売したという。まだテストの段階なので、実際にメニューに採用して全米で展開するのかは未定だが、今後の動向が注目される。

●チックフィレイが成功している秘密

 このように、チキンサンドがファストフード業界で重要商品になっている。当然、消費者の心をつかむのは簡単なことではないようで、すでに多くのファンがいる人気店の商品を再現すればいい、というわけでもない。

 ポパイズの新商品がヒットしたのには、人気店チックフィレイと同じように米国南部で創業しているという、「ソウルフード」的なルーツも影響している。その特徴的なフレーバーが、消費者の味覚やノスタルジーにササったのだ。

 とはいえ、チックフィレイが成功している秘策は、単に商品の味だけではないようだ。チックフィレイは、接客や店舗の居心地の良さ、モバイルオーダーといったテクノロジーを活用した利便性など、全てを総合したカスタマーサービスの質がいいと評判でもある。

 冒頭のように、今回ポパイズは「チキン戦争」の空気が漂う中で、新商品を打ち出して多くの注目を集めることに成功したが、「チキン戦争」の真の勝者になるには、さらなる工夫が必要になるかもしれない。

 いずれにせよ、米国では、チキンサンドを制するものがファストフードを制するということになりそうだ。

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