京都での舞妓衣装体験や甲賀の忍者屋敷見学など、外人さんが日本の伝統文化を味わうツアーが人気を呼んでいます。それを一歩進めて、自ら立ち回りをして悪役や女忍者を斬って捨てる体験コースで、欧米人のみならずアジア人も加わって大にぎわいの教室があります。
大阪市西区北堀江1丁目に道場を置く「日本殺陣道協会」です。
会長の八木哲夫さんは「一般の人に殺陣を教えていたのですが、流れが変わってしまいました」と言います。いったい何が変わってきたのでしょうか。
大阪の雑居ビルの中の隠れた観光スポット
2004年大阪で設立し、2010年一般社団法人「日本殺陣道協会」となりました。当初は、菊地剣友会代表の菊地竜志氏の指導を仰ぎ、生徒を一般募集して殺陣の勉強を行っていました。舞台や映画といった業界人の学ぶ特殊技術の「殺陣」に、所作・礼儀作法などの心の鍛錬を意味する「道」の言葉を加えて、「殺陣之道」としました。「日本人は、茶道、書道など『道』を究めるのが好きですから」と八木会長。「殺陣」を通じて、日本の伝統文化や古き良き和の心を体得してもらおうというものでした。
生徒さんは当初、中高生やリタイアしたサラリーマンなどを想定していましたが、意外なことに8割が女性でした。現役のOLさんもたくさん見えたそうです。道場にいた女性の生徒さんに加入の動機を聞いたら「ストレス解消です!」とのこと。会社や家庭内でのモヤモヤを、剣を振り回して大の男を倒すことで、文字どおり、斬って捨てるのだそうです。子供の付き添いで見えたお母さんが「面白そう」と自ら申し込むこともあるとか。黒装束に身を包んで効果音を出している女性がいましたが、子供を差し置いて自分が熱中し、ついには女忍者「くの一牡丹」になった方でした。
こうして10年ほど続けた結果、人に教えられるだけの人材も育ってきました。ちなみに、等級は10級から始まり段位を持つまでありますが、その有段者に指導資格が与えられます。ある程度の修練を積んだ有段者が、人にケガをさせないよう生徒さんを指導するのです。そしてこうしたスタッフが、道場で教えるだけでなく、外国人観光客に簡単な演技指導をしてチャンバラを体験してもらうことを始めました。名付けて「侍・忍者ショー」。予想以上の大人気です。2012年、外国からの体験希望客は20人でしたが、2016年には1500人と急増しています。
先日(2017年2月20日)、テレビ東京系の「YOUは何しに日本へ?」でも当協会が取り上げられました。大阪は心斎橋あたり、一見なんの変哲もない雑居ビルの中に、ガイジンが次々と吸い込まれて行く不思議な光景が映し出されました。
実はその建物、協会が3階に入居しているのです。国籍は、香港、台湾、スペインなどさまざまですが、アジアからの観光客が目立ち、八木会長の「当初は欧米の方が多かったですが、最近は、アジアの方に人気です」の言葉が実感できました。
元カメラマンが日本殺陣道協会の会長になったワケ
「八木会長も立ち回りをされるんですか?」と聞いたら、「いや、私はカメラマンです」と言われます。実は八木会長、以前はTBSの報道カメラマンだったそうです。そして生粋の東京っ子。それが何故、大阪で殺陣道を始めたのでしょうか。意外な転身の経緯を淡々と語ってくれました。
「30代後半になって、東京アナウンス学院という系列の専門学校に異動になりました」
当初はアナウンサー、ナレーターの養成に特化していましたが、どうもそれだけでは面白くないと「声優科」を創設。当時、あまり注目されていなかった声優の養成を始めます。これが声優ブームを先取りした形になり、大いに繁盛しました。八木会長はどうも“人がやってないこと”に興味があり、それが結果として時代の先駆けとなるようです。「周囲からはボロクソに言われましたが、理解ある学院のトップがやらせてくれました」(八木会長)。
それから、新規事業で地方に系列学校の設立を提案したら、提案者自ら行け、ということで、思ってもいない大阪勤務になりました。先に述べた菊地剣友会の菊地代表を頼りに、殺陣を教える学校を作ろうと考えます。殺陣は言わば、剣道とお芝居の中間といった存在で、こうした貴重な「ちゃんばら」文化を残したい、との思いでした。2年ほどしてそろそろ経営も軌道に乗りそうだ、という矢先、いつも後ろ盾になってくれていたトップが死亡します。そうなると、資金援助は削減され、教室も閉めざるをえない状況になりました。
しかし、ようやく形ができつつあった殺陣の学校を潰すのはもったいない。ちょうど定年を迎えたので、思い切って大阪で第2の人生を始めることにしました。家賃の安い場所に道場を移し、新たなスタートを切ります。縁もゆかりもなかった大阪に住民票も移し、腰を据えた取り組みが始まりました。「大阪は東京に比べ物価も安いし、人情も厚い。住みやすくていい所です」と八木会長。大阪生まれ、大阪育ちの筆者などは、そう言われるとついうれしくなってしまいます。
なお大阪の生徒さんは、斬るよりも斬られるのが好きだそうです。バッサリ斬られて大げさに倒れるのがうれしいらしく、実に大阪人らしいと思いました。
2〜3年前から一般のお客さんに交じって、外国人観光客が増えてきました。今では連日、95%が外国からのお客さんという盛況ぶりです。殺陣の基本を学んだ後に、1〜3分程度セリフ付き立ち回りシーンを練習します。そして青い目に着物を羽織り、お師匠さんを相手に「YAMETEOKE(やめておけ)」と制したうえで大立ち回り。バッサリ斬って捨てて「BAKAMONO(バカ者)」と見えを切ります。スタッフがカンペを持ってくれているので、皆さん、気持ちよく「バカ者!」と叫んでいます。
でもなぜこんなに人気なんでしょうか。
「日本では時代劇はテレビでもあまり見られなくなりましたが、外国では、クロサワやラストサムライなど根強い人気です。漫画の『るろうに剣心』や『NARUTO』の真似をしたい、という女性の方もいます。サムライやニンジャをただ見るだけでなく、体験するのがいいんでしょうね。扮装もして、音響効果やBGMを加えるのも好評です。あと、1回で完結するお手軽さも受けているようです」と八木会長。そして、チャンバラシーンを撮影して、滞在先にデータとして送ってあげます。八木会長は元カメラマンですから、撮影もプロ仕様。うまくいかなかったシーンも上手に編集してくれるサービス付きです。皆さん、YouTubeでアップするなどして大いに盛り上がっているそうです。
先ほどのテレビ画面では三々五々、外国からのお客さんが集まっていましたが、普通は、旅行会社がツアーの一環として、大量に送り込んでくれます。世界最大の旅行サイト「トリップアドバイザー」にも掲載され、観光客もさらに増える勢いです。
「侍スペシャルナイト」とは?
また道場だけでなく、ホテルや文化教室などにも出掛けていきます。取材の日も、講師6人が宴会場「太閤園」に呼ばれていました。これも外国人観光客向けで、ショーが10分、後は希望に応じた体験コースで、合わせて1時間の「侍スペシャルナイト」です。
こうした忙しい毎日を常時10人のスタッフで回しています。居合の先生だった人(「拙者、赤兵衛と申す!」)、大学講師、経営者、主婦と多士済々。侍と忍者が大好きな元生徒さんたちで、労を惜しまずよくやってくれていますが、いかんせん、人手が足りません。今後いかにして指導者を増やすのかが、大きな悩みの種です。
現在、力を入れている新しい試みが「もののふ塾」です。子供時代、草っ原で竹光を振り回していたシルバー世代にもう一度チャンバラを、との思いを込めて、この2月から始めました。昔懐かしいチャンバラを通じて、健康(含むダイエット)、ストレス解消、生きがい、そしてボケ防止を狙っています。
木刀を使っての準備運動から刀の持ち方、殺陣の型・動作を練習した後、格好よく主役を演じてもらい、その姿を八木会長が動画撮影します。締めて約90分、「懐かしのチャンバラ体験コース」です。おじいちゃんのチャンバラ姿を見て「じいちゃん、かっこいい!」と声援するお孫さんもいます。世代間交流にも役立っているのです。お値段も3000円とお手頃なので、上々の滑り出しだそうです。
アイデアマンの八木会長は、刀は体だけでなく心も斬るものと考えました。大晦日にお寺の境内で刀を振って「煩悩切り」のイベントを開催したことがあります。NHKも取材に来てくれました。除夜の鐘とともに年末の風物詩になる可能性を秘めています。
八木会長は「今までの事業経験から、現在は良くても、いずれ悪い時がくると思っています。そのための対策を今から準備しておきたい」と言います。
ニューヨークへの進出も検討
シルバー対策も「煩悩切り」も、そうした準備の1つだと思います。かねてからの八木会長の夢は、「殺陣之道」という和の心を、広く世界に発信することでした。これが、インバウンド消費に陰りが見える現在、周到な準備にもなります。あちらが来なくなればこちらから打って出ればいい、という逆転の発想です。
実際、ニューヨークに支店を開設しようと物件の下見にも行ったそうです。すごい行動力です。ただ問題は、外国人を指導する先生がいないことでした。
「あちらでは英語で指導しなければいけないのですが、なかなかそういう人材は育ちません」
そこで最近、裏技を考えつきました。日本に来た留学生を体験入学させ、みっちり勉強してもらえば、国に帰ってから立派なネイティブのチャンバラ指導員になれるのではないか。今は、そうした志のある留学生を探している段階です。
思いどおりに外国人の先生を育成できれば、世界各地で教室が開けます。そうすれば不測の事態が国内で起こっても、海外で下支えができ、経営も安定します。八木会長の夢は、そうした国々の教室に立ち寄り、殺陣の普及状況を見て回ることだそうです。ぜひ実現させて、日本の文化が世界に根付く様を見届けるすばらしい旅行になれば、と思います。