テレビ局の「ネット音痴」

視聴形態が多様化した現在でも…

約40年間続いた「土曜ワイド劇場」(テレビ朝日系)の終了や、「ザ!世界仰天ニュース」「嵐にしやがれ」(ともに日本テレビ系)の放送時間移動など、春のテレビ番組改編に関するニュースが次々に報じられています。

改編の基準となっているのは、ひとえに視聴率アップ。録画機器やスマホが普及し、視聴形態が多様化した現在でも、テレビ業界の「リアルタイム視聴=CM収入」という意識は変わっていません。

その象徴は、視聴率トップの日本テレビ。「高品質の番組を作ろう」という姿勢が見える一方で、「他局の連ドラは徹底的に潰す」という考え方が随所に見られます。たとえばこの冬も、TBSの金曜ドラマ「下剋上受験」スタートに合わせてジブリ映画の“再放送”を3週連続で放送し、同じくTBS日曜劇場「A LIFE」のスタートに合わせて「行列のできる法律相談所」の“3時間特番+特別MC・明石家さんま+19時からの先行放送”をぶつけました。

ただ、これは日本テレビに限った話ではなく、他局も大小なりとも似たようなことをしています。一方、視聴者にしてみれば、「テレビ局同士で潰し合うなんてみっともない」と視野の狭さに脱力してしまうのではないでしょうか。

しかし、それ以上に視野の狭さを感じさせる施策がありました。先述した「A LIFE」の初回放送日14時から、「(主演俳優の)木村拓哉密着ドキュメント」という「情熱大陸」(TBS系)風の番宣番組を作って放送していたことです。

私はこの番組を見ながら、「テレビ業界のネットオンチもここまできたか……」とショックを受けてしまいました。そして皮肉にもそれを象徴しているのが、同じTBSが手掛けた「逃げるは恥だが役に立つ」(以下、「逃げ恥」)の大ヒットなのです。

テレビ業界のどこが“ネットオンチ”なのか? 3つの理由を挙げながら、現在の苦境と今後の対応策を挙げていきます。

なぜ「逃げ恥」はヒットしたのか?

その理由は脚本、演出、そして俳優の演技。すべてが高品質だったのは間違いありませんが、これまでも同等レベルのものは毎クール1~2本ありましたし、そもそも見てもらえなければそれに気づいてもらえません。ましてや、「逃げ恥」のような「恋愛ドラマは近年ヒット作がない」など視聴ターゲットが狭いため、見てもらうための努力が徹底されていたのです。

その中心を担っていたのがネットでのPR。まずは情報量を生み出すために、ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、LINEと4つのSNSをフル活用。主演だけでなく、助演やスタッフなどを次々に登場させて、話題を提供しました。

新たな“恋ダンス”メンバーの投入、毎話10数分のダイジェスト動画作成、撮影裏話と現場写真の公開、放送時間に向けたカウントダウンメッセージ、クックパッドや横浜市とのコラボページ、TBS系列局からの地方発ニュースなど、視聴者が「思わずシェアしたくなる」「サクッとシェアできる」ネタを投入して一気に拡散。その盛り上がりを見たネットメディアが食いついて、次々に記事をアップするなど、“ドラマを見ていない人”とのタッチポイントを自然に受け入れやすい形で作り、新視聴者獲得につなげていたのです。

公式ホームページはあくまでそれらを集約する“「逃げ恥」ポータル”であり、「SNSへの投稿やネットメディアの記事を見た人が、結果的にたどり着く場所」というポジションでした。これは「多くのSNS投稿やネット記事を生み出し、商品ページやECサイトにつなげて、会社のホームページは集約場所にとどめる」という、一般企業のような形が取られていたのです。

「レコメンドされない」テレビ番組

ネットリテラシーの高いビジネスパーソンなら、「そんなにすごいことなの?」「普通でしょ」と思うかもしれませんが、これこそがテレビ業界の現実。これまでPRといえば、主演俳優を自局番組に番宣出演させる形がほとんどでした。いまだ「スタートの2週間前あたりから連日出演させ、初回当日は朝から夕方まで情報番組に出ずっぱり」という“押しつけ型”のPRを繰り返しているのです。

テレビ業界の人々は、ネットの普及で「押しつけられるのを嫌う人が増えている」ことに気づいていません。すでに人々の思考回路は、「自分たちが『面白い』と思ったものを発信し合い、周囲の反応を見つつも、何をして過ごすのかを決める」というものであり、テレビ業界の人々が思っているよりも、はるかに能動的。テレビは選択肢の1つに過ぎず、それどころか接触頻度はネットのほうが圧倒的に多いのが現実であり、これを認められないうちは効果的なネットPRが期待できないでしょう。

案の定、現在放送中の冬ドラマでは、「思わずレコメンドしたくなる」ようなネットPRは見られません。もし「逃げ恥」のネットPRが「特定の個人やチームの頑張りが生んだ」偶発的な成功だったとしても、「それを次につなげよう(他局なら見習おう)」「自局内の番宣はほどほどに減らそう」という動きが見られないところに、テレビ業界のネットオンチが見えるのです。

しかし、依然としてテレビ業界のコンテンツ制作力は高く、ドラマに限らず「見てさえもらえれば評価されるだろう」という番組は少なくありません。「テレビ画面の中で押しつける」のではなく、「ネットでレコメンドしてもらう」形に切り替えていけるか。PRのスタンダードを変えられなければ、現在の苦境は続くでしょう。

テレビ局はネガキャンにやられっ放し

PR以上に、テレビ業界のネット対応が遅れているのは、ネットユーザーのネガティブキャンペーン対策。ネットのヘビーユーザーを中心にした「テレビはオワコン」「つまらなくなった」という漠然としたイメージや、個別の番組に対するバッシングを放置しているのです。

たとえば、新番組の内容が発表されると、企画やキャストに関する否定的なコメントが埋め尽くされ、放送前の段階からマイナスイメージが定着。“第ゼロ印象”のマイナスをフォローできないため、当然ながら「1度も放送を見てもらえない」、あるいは「さも見たようなフリをして『3分で見るのをやめた』などと酷評される」惨状を招いています。

特に深刻なのが、フジテレビの番組に対するネガティブキャンペーン。今期の月9ドラマ「突然ですが、明日結婚します」は、放送前から「主演俳優に逃げられた」「このキャストじゃ無理」「『逃げ恥』のパクリ」などの厳しい言葉がズラリ。ほとんどフォローができないまま放送がスタートし、「史上最低視聴率」というニュースが繰り返しYahoo!ニュースのトップを飾り、それを受けたネットメディアが「ここが悪い」などの酷評記事で後追いする悪循環を止められずにいます。

テレビ業界が真っ先にすべきは、ネガティブキャンペーンの源になりがちな視聴率に対するフォロー。前述したように、視聴環境の変化で視聴率は下がって当然の時代なのですが、それに代わる指標を提示できていないため、個人にもネットメディアにも「また下がった」「つまらないから当然」などとたたかれまくっているのです。

昨秋から新たな指標として、タイムシフト(録画)視聴率の測定をはじめましたが、発表まで2週間超のタイムラグがあるほか、スポンサーの手前「堂々と録画視聴率はこんなにいいんですよ」と発表できない事情を引きずるなど、世間の人々に対するフォローとしては不十分。その他、民間のツイッター指標や視聴満足度、見逃し配信や関連動画の再生回数など、「こんなに見られています」というデータは存在し、どれもフォロー要素になりうるのに活用できていないのです。

つまり、ネット上では「やられっ放しでほとんどフォローできない」というのがテレビ業界の深刻な課題。この状況を変えるためには、個人とネットメディアそれぞれに、ネガティブなイメージを軽減させる、ポジティブな情報を積極的に提示することが求められているのです。

普段から小刻みなポジティブ情報を提供するだけでなく、ネガティブな声が上がりそうなところは先回りしてフォローの情報を添え、それでも発生してしまったら鮮度の高い情報で上書きするなどの危機管理が必要でしょう。

「クレームは最大のビジネスチャンス」という考え方があるように、テレビ業界も「ネガティブキャンペーンから、手のひら返しの称賛」を本気で狙っていかなければいけないのです。

ネットコンテンツに奪われるテレビ画面

「やられっ放しでフォローできていない」のは、テレビ画面そのものにも当てはまります。昨年あたりからAmazon Fire TV、Apple TV、グーグル「クロームキャスト」の認知・販売が進むなど、「テレビ画面がネットコンテンツを映すスクリーン」として奪われはじめているのは間違いないでしょう。

さらに今年からJリーグの中継がスカパー!からDAZNになり、全国各地のサッカーファンを中心に、前述したデバイスの普及が進むのは確実。これによって、Netflix、Hulu、dTV、アマゾン「プライム・ビデオ」、U-NEXTなどの動画配信サービスを新規契約する人が増えるほか、ユーチューブやニコニコ動画、あるいはスマホで撮影した動画をテレビ画面で見る習慣が定着するかもしれません。

これまで民放各局は、テレビ画面を奪い合うライバルといえるCS放送のCMを流してきました。そして昨年は、Amazon Fire TVのCMをリピート放送。しかし、ネットコンテンツは、CSの比ではないほどラインナップが豊富なだけに、危機感を抱いていないのか、気になるところです。テレビ業界の人々は、「テレビ画面がネットコンテンツに奪われていく」状況をどう見ているのでしょうか。

実際に尋ねてみると、あるバラエティ番組を手掛けるプロデューサーは、「『テレビ番組のほうが面白い』という自信はあるけど、『見てもらえるか』は自信がない」。一方、ドラマを手掛けるプロデューサーは、「正直言うと、僕らのレベルでは『見て見ないフリをするしかない』という状況。現場はいいものを作るしかない」と話していました。

その他、情報番組のディレクター、制作会社のスタッフ、アナウンサー、AD、営業、広報など、さまざまな立場の人に話を聞きましたが、首をかしげるばかりで、局内は「知らなかった」「流れに身を任せるだけ」というムード一色。「少なくとも現場レベルでは何も対策が施されていない」という現実が浮かび上がったのです。

テレビマンたちにしてみれば、「まだ視聴率の扱いや、ビジネスモデルの再構築という最大の問題が解決していない以上、それどころではない」のかもしれません。ただ、もともとテレビ番組は“表現の規制”と“スポンサーへの配慮”というハンディを抱えているだけに、ネットコンテンツを明確に凌駕する高品質番組を作り続ける必要があるのです。

「映像コンテンツの中で、品質面の最上位に位置する」こと、「それを人々の共通認識として浸透させる」こと。制作、PRの両面でそれができれば、テレビの未来は明るいと言っていい気がします。

ネットに近づき、熱烈なアプローチを

ここまで挙げてきた「ネットPRのつたなさ」「ネガティブキャンペーンへの無策」「ネットコンテンツにテレビ画面が奪われる状態を放置」が、テレビ業界がネットオンチである3つの理由です。テレビ業界は、長らくコンテンツビジネスのトップに君臨してきただけに、対応が遅れてしまうのはやむをえないところもあるでしょう。しかし、これまで培ってきた信頼関係やノウハウが揺らいでいる以上、ネットオンチのままではいられないはずです。

これまでのように、テレビを最優先している人々に向けたPRや危機管理だけでは明らかに不十分であり、重要なのはネットを最優先させている人々に向けた発信を全力で行っていくこと。各番組にネット専属のプロデューサーを立ててチームを作るなど、「自らネットに近づいて相乗効果を持ちかけるなど、熱烈なアプローチを送る」ような前向きな姿勢が必要でしょう。

この点では、何かと比較されがちな出版業界のほうが、苦しみながらも先行しているのは間違いありません。テレビ業界も早期の対策を取らなければ、他業界の人々から「いつまで過去の栄光にしがみついて大名商売をしているのか」と冷ややかな目で見られかねない段階に入っているのです。

ネットオンチであることを自覚し、オンラインでのPRや危機管理に注力すること。その際、「視聴者やネット業界の人々に“上から”ではなく“横から”アプローチできるかどうか」が問われているのではないでしょうか。

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