軽自動車販売台数は8年連続でホンダのN-BOXが首位をキープしている。自動車評論家の小沢コージさんは「売れている最大要因は、スライドドアの装備だろう。これがないと日本で軽自動車の売り伸ばすのは難しい」という――。 【図表】ランキングTOP10に入った車に共通することわかりますか? ■スライドドア付きでないと軽自動車は売れない どのジャンルの商品でも売れる売れない、人気が出る出ないには一見些細な、しかし根本的なところに違いがあったりします。それも他国からみるとまったく理解できない生活習慣的魅力に支えられていたりもします。 そう考えると2022年登場の新型軽セミトールワゴン2代目ダイハツ・ムーヴ キャンバスと、かつての圧倒的ベストセラー軽ワゴンRとの人気格差には隔世の感を禁じ得ません。違いはぶっちゃけた話「スライドドアの有る無し」だけとも言えるのですから。 ■ランキング上位車に共通すること 最近の軽販売データ(図表1)を見ると驚きます。 2022年度上半期は1位ホンダ・N-BOX、2位スズキ・スペーシア、3位ダイハツ・ムーヴ、4位同タント、5位スズキ・ワゴンR、6位日産・ルークス。7位以下に軽SUVのハスラーや軽セダンのアルトが続きます。 なんと1位、2位、4位、6位と上位のほとんどが両側スライドドア付きかつ全高1.7m越えの軽スーパーハイトワゴンなのです。 まさしく今や軽は“スライドドア付きでなければ売れない時代”なのです。
■一時代を築いた名車の凋落 3位ムーブと5位ワゴンRにしろ、台数の半分以上が両側スライドドア付きのムーヴ キャンバスとワゴンRスマイルです。中でもワゴンRは割りと悲惨でした。 ワゴンRスマイルは21年8月に発表されました。 それ以前はスライドドア無しのノーマルワゴンRだけで、月販ランキングは軒並み10位以下。ほんの10年前まで1位常連で、今の背高軽ワゴンブームをつくった張本人たる名車が、ですよ。 思い返せば、ワゴンRのデビューは鮮烈でした。93年に初登場。当時、軽と言えばアルトのような軽セダン(見た目はハッチバック)か商用ワンボックスしかない中、突如登場した革命的背高セミトールワゴンフォルム。 一瞬シンプルすぎるデザインに度肝を抜かれますが、今考えると時代を超えたニューコンセプトで、ユニクロや東急ハンズに置いてあってもおかしくない軽初のライフスタイル商品だったと思います。 無駄を削ぎ落としたシンプルミニマルデザインは今見ても傑作。世界的カーデザイナーのジョルジェット・ジウジアーロが「一番好きなデザイン」と評するだけあります。 ただしその時代逸脱観がゆえから、当時は販売方針で混迷があったとも聞きます。 ■日本で一番売れていたワゴンR そもそもワゴンRのアイデアは、今では第一線を退かれたスズキのカリスマ経営者、鈴木修(現相談役)の肝いりで、当初はもっとニッチ狙いのネーミングだったそうです。販売直前ギリギリのギリで修氏が、本来あるべき普遍的なコンセプトにアジャストすべく「ワゴンR」へ改名。 ネーミングも「セダンもあるけど、ワゴンもあーる(R)」というダジャレから考えたというのも有名な話。当時、あまりに急な方針転換で、タイアップを作っていた知り合いのコミック誌編集者が写真撮り直しで四苦八苦したという逸話も残っています。 しかしその甲斐あってワゴンRはベストセラー街道まっしぐら! ダイハツ・ムーヴやホンダ・ライフなどの後追いも続々登場し、1993年の初代発売以降で2017年までに440万台も販売。 加え1998年の車両法改正で軽規格が拡大し、ボディサイズがアップ。安全性が増したこともあって足グルマだった軽のイメージが一変。 ワゴンRもその波に乗り、2003年度から2008年度まで5年連続で軽販売1位を記録。登録車を含む、オールジャンルでも2004年度から2008年度まで5年連続トップを取ったのです。 90年代も1位を取りまくっていましたし、その後インドにも進出。アチラでは今も高い人気を誇っています。
■シン国民車になったN-BOX 様相が変わるのは2011年ぐらいでしょうか。そう、いまや新・国民車と言うべきスライドドアを備えた軽スーパーハイトワゴンのホンダ・N-BOXが登場したのです。 同年に初代が出て13年に軽乗用販売でトップになったと思ったら、19年までに7年連続でそれを維持しただけでなく、登録車を含むオールジャンルでも2017~19年と2021年にはトップ。 厳密に言うと既に2003年には両側スライドドアスーパーハイトワゴンの元祖であるダイハツ・タントが出ていましたが、まだまだヒンジドア優勢は動かずで、本当に時代が変わるのはホンダ・N-BOXが出てから。 もちろんその後もワゴンRは首位奪還を諦めず、2011年以降2回フルモデルチェンジを行っています。特に2017年に登場した現行6代目モデルの力の入りっぷりは凄かった。 新世代プラットフォーム「ハーテクト」採用はもちろん、パワートレインもマイルドハイブリッド全車採用で、デザインは初代を思い起こさせるボクシーフォルムが復活。加えて贅沢にもノーマル、カスタム、スティングレーと顔を3パターンも用意した上で、エンジンまで新開発。アシストモーターのパワーが上がり、燃費が着実に良くなっていたのです。 小沢はこの事態を見て「鈴木修パワープレイ」を感じた次第。カリスマトップの出世作だけに、何が何でもトップに返り咲きさせたい。多少、無理を押してでも成功させたい。スズキの秘めたるプライドがギュギュッと押し込まれたクルマでありました。 当時のTVCMも凄く、トップ女優の広瀬すずちゃんに草刈正雄のダブルキャスト。力が入りまくっているのがビンビンに伝わってきました。 が、しかし結果はご存知の通り。やはり時代の趨勢はスライドドア。特に軽自動車はそうで、2021年にはワゴンRにスライドドアを付けたスマイルが登場したのです。
■世界で日本だけの特徴 しかしなんでまた軽はスライドドアばかり売れるのか? それどころか実は、ノア&ヴォクシーのような箱型ミニバンやアルファードのような豪華ミニバンをはじめとし、登録車も冷静に見るとスライドドア付きが多いのです。 現状こんな先進国は日本しかありません。世界的にEVブームは起きても乗用スライドドアブームは起きておらず、もちろんVW・シャランやルノー・カングーのようなクルマはありますが、どちらかというと業務用。ファミリー用として使われるケースは少ない。 ■なぜスライドドアが好まれるのか 日本でスライドドアが好まれる理由ですが、まずは圧倒的利便性。特に狭い日本、乗り降りのラクさでしょう。 左右に開くとそれなりに重いスライドドアですが現状電動式ばかりでネガティブをほぼ感じないのと、ドアを外に広げずに済んで狭い駐車場はもちろん、狭い道でも乗り降りが楽。ドアをガードレールや他車にぶつけるドアパンチもほぼ防げます。 さらにドア開口部の広さは日本でジャパンタクシーに乗った人なら分かるはず。それまで狭い道でクラウンタクシーやコンフォートのドアを微妙に開けて乗り降りしていたのに比べ、開閉に時間はかかりますが、スライドドアのジャパンタクシーは超便利。人はもちろん荷物も足元に広くラクに載せられます。 またスライドドア化と同時に副産物的に生じたのが余裕の車内高です。小さい軽自動車でありながらほぼ1.4m。これは小学校低学年までなら立って着替えられる高さで、子供が濡れて帰って来た時にラクチンなのです。 さらにN-BOXですがこれが中に座ると本当に軽とは思えない。あるユーザーも言っていましたが「車内の広さは横幅ではなく高さで感じる」。これは本当で、変な話メルセデスベンツCクラスより開放感があるのはN-BOXです。 実際に最近の子供はメルセデスや昔のクラウンに乗ると「狭い」と言うそうです。ロフト付きのワンルームの方が、広く感じるようなものでしょうか。 日本の特殊な事情として世界に冠たる低速社会があります。街中では出して時速60km前後。欧州のドイツではアウトバーンの利用が身近であり、時速100km以上は当たり前。すると背が高いのは走行性能に響き、不安をもたらしますが、日本ではさほど恐さを感じません。
■長引く不景気との関連性 最後に自動車への憧れです。元々日本はもちろん世界的にスライドドア付き車両は「業務用」のイメージです。トヨタ・ハイエースや日産・キャラバンを見れば分かる通り、職人がモノを運んだり、送迎用に使うクルマでした。日本でも90年代半ばまではそうでした。 しかし日本では1994年あたりにホンダ・オデッセイをはじめとする乗用ミニバンブームが起こり、イッキにそのイメージが払拭され始めたのです。さらに言うとクルマ離れと、不況が続き、クルマへの憧れが無くなっていることも大きいのかもしれません。 「多少不便でも高くて速くてカッコいいクルマに乗りたい」ではなく、「カッコ悪くても便利で効率のいいクルマに乗りたい」。それがスライドドア重視の根本的理由となっているのかもしれません。 そう考えると、軽のスライドドアブームは既に30年は続いていると言われる、日本の経済的低成長に根本原因があるのかもしれません。多少こじつけすぎかもしれませんが。 ———- 小沢 コージ(おざわ・こーじ) バラエティ自動車評論家 1966(昭和41)年神奈川県生まれ。青山学院大学卒業後、本田技研工業に就職。退社後「NAVI」編集部を経て、フリーに。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。主な著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)、『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はホンダN-BOX、キャンピングカーナッツRVなど。現在YouTube「KozziTV」も週3~4本配信中。 ———-