昨年末、東京・新宿の居酒屋・風物語が“ぼったくり居酒屋”だとしてインターネット上で話題となりました。このぼったくり居酒屋、一過性のネタとして流してしまうには惜しいポイントがいくつも含まれています。

そこで今回は、ぼったくり居酒屋を人事的な視点から読み解いてみたいと思います。

●脱ぼったくりへの道

例えば、風物語を脱ぼったくりの道にいざなうとした場合、どのように人事制度を見直すべきでしょうか? 一般に評価制度というのは、その企業がどういう価 値観を根底に持っているかで評価基準を決めるものです。例えば、利益重視の企業であれば売り上げが重視され、CSR(企業の社会的責任)を重視する企業で あれば目標管理に必ず関連した項目が入っているものです。

ある意味、風物語を運営する海野屋の評価システムは究極の売り上げ至上主義とも いえるので、そこから脱却を図るのであれば、顧客満足度を評価の柱に据えるべきでしょう。すなわち、売り上げノルマを廃止した上で、毎月もしくは半期ごと の目標管理制度を実施し、各店長については、売り上げ目標数値と合わせて、顧客満足度アンケートの結果とクレーム発生率も加味した査定を行います。

仕入れや大まかなメニューのラインナップは本部で決めるにしても、実際に店舗で調理して高付加価値のサービスを提供するのはスタッフです。それなりのスキ ルを持った人材を採用する必要があるのは言うまでもありません。店長は彼らのマネジメントをしつつ、売り上げと顧客満足度の両輪をうまく回さなければなり ません。

もちろん、最も変わらなければならないのは運営会社そのものです。恐らく今まで彼らが行っていた“経営”なるものは、粗悪な食材 を底値で仕入れて各店舗に流しつつ、厳しい売り上げノルマを課しているだけだったのでしょう。それを一新し、顧客満足度向上につながる食材を低コストで確 保し、各店舗の手綱を握らないといけないわけです。

しかし、同業にはリピーター確保に血道を上げる無数のライバルたちもひしめいています。仮に海野屋の社長が改心したとしても、同社がこの路線で再生するには、それこそ社員とアルバイトを総入れ替えするくらいの覚悟が必要でしょう。

●ぼったくり化する社会

筆者はこれからの日本では“ぼったくり”が重要なキーワードになるとみています。なぜなら、時代のトレンドが大きく変化したからです。

失われた20年における一つの勝ち組ビジネスモデルに「そこそこのサービスを安い値段で提供する」というスタイルがありました。日本マクドナルドが展開し た「100円マック」や、一杯300円前後の牛丼が代表です。また、一人当たり3000円前後で楽しめる居酒屋チェーンなどもその一つです。こうしたビジ ネスモデルは、給料が頭打ちだったデフレ環境にもうまくマッチしました。結果、多くの個人経営の飲食店が淘汰されることにもなりました。

しかし今、このモデルは限界を迎えています。安倍晋三首相がアベノミクスの名のもとに推し進めた円安誘導によって輸入物価は急上昇し、デフレ依存型のサー ビス業を直撃しました。さらに、活きの良い団塊ジュニア世代のフリーターであふれていた2000年前後より4割も新成人の減っている現在、時給数百円で身 を粉にして働いてくれる店員を確保するのは至難の業です。昨今の東京都内の飲食店では、日中業務で時給1000円でもアルバイトを確保できないといわれて います。

要するに、環境変化によってデフレ依存型ビジネスモデルは破たんしたわけです。伝えられるマクドナルドやワタミの迷走の背景には、こうした事情があります。

では、対策はどうすべきでしょうか。答えは、はっきりしています。それは「高い満足度を与えられるサービスを、それに見合った値段で提供する」ことです。具体的にいうと、物価と人件費の上昇でそれなりの値段はするが、それ以上の満足度を与えられる店になるのです。

こうなると、毎朝自分で築地市場に仕入れに行って包丁一本で勝負するような個人経営の店のほうが強いわけです。逆に、現場に直接関与していない本部が商品 企画や仕入れを全部仕切っている大手チェーン店が高付加価値を生み出すことは困難でしょう。このことは、高付加価値路線を打ち出しながらも、わずか一期で 撤回に追い込まれたワタミが証明しています。

では、デフレ依存型でも高付加価値路線でも勝負できない店はどこに向かうのでしょうか。それ は「そこそこのサービスを、それに見合わない高い値段で提供する」ことです。そう、それは一言で言えば“ぼったくり”です。従来の価格と売り上げでは経営 が成り立たないが、運営会社にも現場にも高付加価値を生み出すスキルもないとなれば、残る手段は強引に売り上げを伸ばす以外にありません。

筆者と付き合いのある飲食店経営者いわく、風物語のような悪質業者は特に珍しいものではなく、一見客の多い都内ターミナル駅周辺には必ず数店舗は存在するとのことです。高付加価値化に対応できない店を中心に、これからどんどん増えるだろうとみています。

筆者自身も、そうした店に入ったことがあります。その店はもともと「良心的な値段で、そこそこのサービスを提供してくれる」店でしたが、ある日突然お通し の値段が2倍になり、値段据え置きで串焼きの量と質が3段階くらい下がったのです。このような“合法的ぼったくり店”も含めて、これから日本中の内需産業 において、ぼったくり化が着実に進行していくだろうというのが筆者の見方です。
(文=城繁幸/人事コンサルタント)