切磋琢磨とは、このことをいうのでしょう。自動車業界の話です。
トヨタは、HV(ハイブリッド車)「アクア」を一部改良し、燃費を37.0㎞/ℓとして、燃費世界一の座を奪還しました。ホンダの新型「フィット」の36.4㎞/ℓを抜いたわけです。じつは、その新型「フィット」は、「アクア」が保持していた35.4㎞/ℓを抜いて、世界ナンバーワンの座を奪ったという経緯があります。“倍返し”ではありませんが、トヨタは再びホンダを抜き返したのです。
この熾烈な燃費話のウラには、因縁話があるんですね。ホンダは、“世界初のHV”量産車発売をめざし、「インサイト」を開発していました。ところが、トヨタ「プリウス」に先を越された。1997年のことです。苦い苦い記憶で、これは、ホンダにとって痛恨の極みでした。
話はまだ続きます。09年には、2月に発売した2代目「インサイト」が同年4月に、ハイブリッド車として初めて、国内の月間販売台数1位を獲得しました。すると、直後の5月に発売される新型「プリウス」は、約30万円の大幅値下げで対抗。翌5月に月間販売台数首位を奪還しました。もはや、「よきライバル」という綺麗ごとでは、すまされないレベルです。
ただし、おもしろいのは、両者とも技術者に話を聞くと、「小さな数字をめぐる競争に、意味はない」なんてことをいって、表面上、燃費競争を重視していないようなフリをすることです。「よくいうよ」ですが、それはそれでいいと思います。切磋琢磨すればいいのですから。
多分、いまごろ、抜き去られたホンダ技術者は、「いまにみていろ」と、切歯扼腕しているのは間違いない。そして、ほんの数か月前には、トヨタ社内がそうだったはずです。「燃費世界一」へのこだわりは、両社とも、並々ならぬものがありますからね。
ホンダの負けず嫌いの企業風土は有名ですが、トヨタにも、世界一の自動車メーカーの意地があります。規模では劣るとはいえ、ホンダは、世界一のトヨタに真っ向勝負を挑み続け、技術を磨きます。一方のトヨタも、ホンダが頑張るからこそ、ホンダに負けてたまるかと、意地を見せます。トヨタあってのホンダであり、ホンダあってのトヨタなのです。
これは、軽自動車市場における、スズキとダイハツも同じでしょう。軽の世界でも、その競争は激しい。昨年9月、ダイハツが燃費30.0㎞/ℓの「ミライース」を発売すると、スズキは2か月後の同11月、燃費30.2㎞/ℓの「アルトエコ」を発売して、軽ナンバーワンの燃費を実現しました。さらに、「アルトエコ」は、今年2月、33㎞/ℓまで燃費を向上させると、ダイハツの「ミライース」は、33.4㎞/ℓに。すると、さらにスズキの「アルトエコ」は、35.0㎞/ℓを達成した。このように、軽の世界は、ダイハツとスズキの意地の張り合いです。まさに、スズキあってのダイハツ。ダイハツあってのスズキです。
かりにも、ホンダが存在しなかったとしたら、現在のトヨタは、ないのではないでしょうか。トヨタの内部は、弛緩してしまうと思いますよ。同じように、トヨタが存在しなかったら、ホンダの頑張りもないでしょう。身近にいる強力なライバルとの熾烈な競争、切磋琢磨こそが、日本自動車産業の強さの秘密の一つであることは、間違いありません。