今年4月からトヨタ自動車の国内販売店改革がいよいよ動き出す。東京の直営販売会社である、「トヨタ店」「トヨペット店」「カローラ店」「ネッツ店」の4つの販社を一本化して新会社を設立するからだ。店の看板は海外のトヨタディーラーと同じ、シルバーのトヨタマークに一本化され、同月から4チャネルが扱うすべての車種の販売を始める。「全車種の取り扱い」は東京の直営店に限った話ではない。今後、全国のトヨタ系4ディーラーで専売車種が廃止され併売化へ舵を切っていく。
トヨタが大規模なディーラー改革を打ち出したのは昨年11月の販売店大会だった。2022~2025年をメドにチャネル(系列)ごとの専売車種を廃止し、約5000店ある国内の販売店全店で全車種を併売する体制へと見直す。4系列のブランドや看板は維持するが、実質一本化する思い切った措置だ。販売店の試乗車を活用したカーシェアリングやサブスクリプション(定額利用サービス)の導入も表明、東京で先行させた取り組みを今夏以降全国に拡大する。
3月11日発売の『週刊東洋経済』は、「自動車乱気流」を特集。日本経済を屋台骨として支える最大の製造業である自動車産業には、今いくつもの嵐が吹き荒れている。CASE(コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化)と呼ばれる自動車産業の構造自体を揺るがす変革が進展。保護主義も再び台頭している。日本の自動車産業は乱気流をくぐり抜けられるか。特集では危機感を強めるトヨタの動き、日産自動車とホンダの課題に迫っている。
聖域だったチャネル改革に着手
国内の新車販売は2018年に527万台。500万台の大台を2年連続で超えたが、1990年の777万台のピークから3割強減った。トヨタの販売は250万台から約4割減った。それでも国内シェア約3割(軽自動車を含む)を基盤に、高級車ブランド「レクサス店」を除いて、トヨタブランドの4チャネルを維持してきた。
一般的に複数チャネルを持つと、専売車種を用意する必要が生まれ、開発負担は重くなる。日産自動車やホンダは2000年代にチャネルを一本化した。一方、豊富な車種は販売面では有利に働く。また、「ライバルは日産やホンダではなく、トヨタのほかの系列」(関東の販社社長)と、系列同士の切磋琢磨が国内販売の強さの源泉にもなっていた。
トヨタの場合、基本的に各都道府県の有力地場資本が販社を経営している。この体制が「販売のトヨタ」を作り上げた反面、再編を進めにくい要因でもあった。トヨタ内でもチャネル改革の必要制はたびたび指摘されるも、いわゆる「聖域」には手をつけられずにいた。
だが、高齢化によるドライバー人口の減少とカーシェアの拡大により、販売台数減は現実味を帯びる中、チャネル改革に踏み切った。全車種の併売化とともに、現在40弱ある車種は2025年ごろに約30車種まで減らす方針だ。
全車種販売にメリットも競争激化は必至
改革の先陣を切るのが冒頭で示した東京にある直営販社だ。今年4月に4社を統合し、全車種販売を始める。
この展開に、「販売店数が維持されるかどうか。いずれ統廃合が起きるのではないか」(東京郊外のトヨペット店の社員)という懸念は当然出てくる。一方、「これまで扱えなかったアルファードなど人気車種を扱えるのはメリットになる」(カローラ店社員)との前向きな声も聞かれた。
地場販社の経営者らの受け止めは比較的冷静だ。「車種の数はシェアに直結する。車種の削減には反対。むしろSUV(スポーツ用多目的車)など、売れ筋を充実させてほしい」という声もあるが、全車種の併売化は「環境変化を考えるとやむなし」との反応が大半。プリウスを筆頭にトヨタは併売車種を増やしており、販社側も系列の垣根が消える覚悟があったようだ。
ただ、今後は各販社の品ぞろえが同じになるため、今まで以上に競争が熾烈になることは間違いない。「店や営業スタッフと顧客とのつながりが深くないと、顧客を他のトヨタの販売店に持って行かれる」(ネッツ系販社社長)。これこそ、まさにトヨタが狙っていることだ。
「併売化で販社の体力、競争力、お客様からの支持がわかりやすくなる」(トヨタ幹部)。トヨタ自動車販売店協会の久恒兼孝会長(トヨタカローラ博多社長)も「今までは護送船団方式でトヨタから言われたことをやっていれば良かった。これからは販社自ら考えて挑戦していく必要がある」とトヨタの意図を理解する。
トヨタ本体が抱く危機感に呼応して、新たな取り組みも始まっている。
「27台には驚いた。これほど売れるとは思っていなかった」
神奈川県を拠点とする有力販社、横浜トヨペットの福山正雄・店舗活動開発部長は声を弾ませた。同社は2018年末、小田原市の大型商業施設に新コンセプト店を開設。27台は開設後2カ月間でこの店が生み出した新車の販売台数だ。うち8割がトヨタ車以外からの買い替えだった。この店は新車販売よりも自動車保険やカー用品などの相談に重きを置き、車の購入に関心がある客を自社の近隣5店舗につなげる。
店の展示車はプリウス1台のみ。ロードサイド店とは違った柔らかい雰囲気が特徴だ。女性のコンシェルジュ4人が接客し、週末にはさまざまなイベントを開く。子ども向けには菓子作り教室、親向けには車の日常点検講座といった具合で、客と気軽に話せる関係作りに力を入れる。「従来リーチできていなかった客層に出会えている。販売店にはまだまだできることが多い」(福山氏)。
国内販売150万台にこだわる意味
トヨタは日本のモノづくりの基盤を維持するのに必要な生産規模として「国内300万台」を掲げ、リーマンショックの翌年と東日本大震災の年を除いて、これを死守してきた。そのうち輸出は国内販売とほぼ同じ150万台。しかし、世界的に保護主義が再燃し、海外での現地生産を求めるプレッシャーが高まる中、一段の輸出拡大は難しい。市場は縮小しても、国内販売をむしろ増やしたいのが本音だ。
そうした危機感や改革の必要性は販社の経営者に徐々に浸透しつつある。ただ、「理解しているのは半分くらい」とトヨタ幹部は打ち明ける。理解がなかなか進まないのも、販社の経営が比較的好調だからだ。
新車販売への依存度を下げ、整備や保険、中古車販売などで安定的に収益を上げる体質への転換も進んでいる。既存ビジネスで十分に稼げているからこそ、差し迫った脅威を感じにくいとも言える。しかし、自動車を取り巻く環境が変化しているのに何もしないでいると、「ゆでガエル」になりかねない。
昨年11月の販売店大会では、豊田章男社長から「今、変わらなければならない。そう思っていただけただけで結構です」との言葉まで飛び出した。長らく維持してきた護送船団方式にトヨタみずから終止符を打ち、各販社の経営者に奮起と変革を迫る。
トヨタは今年1月、役員数を大幅に削減するフラット化人事も断行。「即断、即決、即実行」ができる体制作りが狙いだ。変化のスピードを上げなければ新しい競争の時代に生き残れないという強い焦燥感が経営陣にはある。ただ、危機感を煽り続けるにも限界がある。今後はこうした「ショック療法」の成否が問われてきそうだ。