トラック事故死「年間400人超」 ドライバー頼みの安全対策すぐ止めて、運送業界はAIに投資せよ

トラック運送業界の現状

トラックのイメージ(画像:写真AC)

 運送業界、特にトラックの安全性の改善は急務であり、全日本トラック協会も「安全は最重要課題」であると、その重要性を説いている。 【画像】「えっ…!」 これがトラック運転手の「年収」です(16枚)  筆者(山下駿、自動車ライター)は10年以上にわたって自動車業界で働いており、現在では、総括安全衛生管理者として社員への交通危険予知、事故事例にもとづく事故予防手段の指導をしている。それらの経験と知識をもとに、現在トラック運送業界が抱えている問題やその対策案について考えてみたい。  近年、コロナ禍の影響もあり、宅配の需要による物流の活性化は加速度的に進んだ。  国内の物流事業の市場規模は約29兆円。その中でトラック運送事業の営業収入は2018年時点で19兆円と、全体の6割を超えている。まさに、トラックが国内の物流を支えていると言っても過言ではない。  しかしそんな現状とは裏腹に、現在、トラック運送業界は多くの問題に直面している。 ・重大事故が多い ・ドライバーの人員不足 ・過酷な労働環境 ・ガソリン価格の高騰 ・競合他社の増加による利益率の低迷 などである。筆者は、これらの中でも「重大事故が多いこと」が、トラック運送業界が抱えている最も大きな問題と考えている。

最大の課題は安全性向上

重大事故の発生状況(画像:国土交通省)

 なぜ、トラック運送業界の最大の問題が、重大事故が多いことなのか。その理由はシンプルで、人命に直接、そして大きく関わることだからだ。つまり、最も早く達成すべきは安全性の向上である、ということだ。  表を見てほしい。この表からは、トラック事故による年間の死者数が418人(2020年)で、他の自動車事故の死者数より圧倒的に多いことが分かる。そして、重大事故になった際の死者数の割合も、トラックは非常に高い。重大事故発生時の死者割合は、バス全体(乗合、貸切、特定)では約1%、ハイヤー・タクシーでは約10%なのに対して、トラックでは25%以上だ。この結果を見るだけでも、トラック運送業界の最大の課題が安全性の向上である、と言い切っていいのではないだろうか。  人命の問題に加え、事業者の立場から考えてみても、事故によってかかるコストは甚大だ。人的損害や物的損害に加えて、ニュースなどで取り上げられれば、社会的信用にも影響が及ぶ。このことからも、事業者も安全性の向上を最大の課題として取り組むべきだと言えるだろう。  このような話をすると、「事故を防ぐには、運転手が安全運転を心がければいいのではないか」という議論になることがある。実際、事故を直接引き起こしている(もちろん、「もらい事故」もあるが)のはドライバーなので、そのような話になるのかもしれない。しかし、トラックドライバーが業務中、最も意識しているのは安全だ。これは筆者が長年業界で過ごしてきた経験から、確信を持って言える。誰しも自分の命が大切なので、それをおろそかにしたいと思うドライバーなどいないのだ。  ただ、多くのドライバーが細心の注意を払っていても、トラックによる事故は後を絶たない。つまりここには、「安全運転の心がけ」だけではどうにもできない要因が隠されていると言えるだろう。

AI取り入れた運送システム導入が鍵

トラックによる重大事故の発生件数。国土交通省の資料を基に作成(画像:山下駿)

 人間である以上、「安全運転をしよう」といった意識だけに頼った対策では不十分であるというデータは、過去に国土交通省が出している事故の推移から分かる。それでは、今後は一体どのようにして運送業界から事故をなくせばいいのだろうか。筆者は、人に足りないものを最新の技術で補う姿勢が重要だと考える。  運送システムの改善として、米国は既に、世界に先駆けてトラックの自動運転技術の開発を進めている。実現すれば安全性と生産性を向上させ、運転手にかかる心身への負担を軽減できるだろう。人工知能(AI)の活用方法は自動運転だけではないので、他にも紹介しておこう。 ・入出荷作業の自動化 ・棚卸し作業などの無人化 ・在庫の需要予測 ・危険運転予測・予知 ・配送ルート最適化  これらの場面では既にAIが活躍しており、人的負担の低減や業務の効率化に一役買っている。こうした最新技術、AIなどの利用は、労働環境の改善によるドライバーへの負担軽減を見込むことができるだろう。  もちろん、導入に際してコスト面やAIへの理解が行き届かず、ためらってしまい、浸透しにくい現状もある。しかし、安全性を最重要課題とするのであれば、導入コストよりもリターンの方が大きいのではないだろうか。  例えば、効率化による労働時間の短縮は、無理のある業務環境よりも、ドライバーの心身への負担をずっと減らせるだろう。これにより運転中の急な体調不良を減らすことも期待できる。他には、トラック用の「巻き込み事故防止AIカメラシステム」というものも存在する。車載カメラから得た映像をAIアルゴリズムで解析し、危険を予知するとドライバーに警報などで伝えるというものだ。

トラック運送業界、改善急務

トラックのイメージ(画像:写真AC)

 こういった技術に投資し、積極的に取り入れていくことが、安全なトラック運送業界を目指す上では重要になってくるだろう。もちろん、それに加えて運送業界の体制自体も改革が必要だ。国もどんどんそこに力を入れていくべきである。どんなに良い最新技術を持っていようと、安全に対する意識が希薄では、さらなる問題の発生につながりかねない。  国もその点については考えているようだが、まだ足りていない。例えば、2006(平成18)年度から、国と事業者によって「運輸安全マネジメント」という制度が導入されている。経営トップが自ら取り組みを主導し現場の声を反映させ、計画的に安全性の向上を図る。その実施状況を国が評価をし、当該事業者への評価内容を伝えるというものだ。  しかし、残念ながら事業規模の格差や業界内の事業所の多さから、このマネジメントは浸透していないのが現状だ。経営トップに立つ人たちにはぜひ、過酷化していく労働環境の中だからこそ、客観的に自社を見つめ直し、問題の解決に向き合ってほしい。  企業としてドライバーや市民の生命を守ることは、自社を守ることにつながる。最新技術を導入しつつ、体制を地道に整えていく。業界自体がつぶれてしまいそうな今、改善が急がれている。

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