ニッポンの職場が激変? 年収大幅減、下請けに丸投げなどの懸念も

2019年4月に働き方改革関連法が施行される予定だ。しかしながら、対応が十分にできている企業は少ない。今の状態で法律が施行された場合、年収の大幅減や中小企業におけるサービス残業の横行、生産の縮小などさまざまな悪影響が懸念される。

本来の趣旨である、生産性の向上に結び付く「ホンモノ」の業務改革が求められている。

●19年4月以降、労働環境は激変する

18年6月に成立した働き方改革関連法が、いよいよ19年4月から段階的に施行となる。同法は1つの法律ではなく、労働基準法や労働契約法など合計8つの法律で構成されているが、一連の法律の中で職場に最も大きな影響を与えるのが残業時間の上限規制である。

現行の労働基準法が定めている労働時間は「1日8時間、週40時間」である。この時間を超えて労働者を働かせることは違法だが、これには例外規定が存在していた。企業と労働者が協定を結んだ場合に限り、法定労働時間を超えて仕事をさせることができる、いわゆる「36協定」である。一般的には、この協定の存在が長時間残業の元凶と言われてきた。

「ホンモノ」の働き方改革とは?(写真提供:ゲッティイメージズ) © ITmedia ビジネスオンライン 「ホンモノ」の働き方改革とは?(写真提供:ゲッティイメージズ)

厚生労働省は36協定を結んだ場合でも、残業時間について「月45時間、年360時間」を限度にする目安を定めていたが、あくまで目安であり、強制力が伴わないことから、現実にあまり顧みられることはなかった。

今回、法律に盛り込まれた残業時間の上限規制では「月45時間、年360時間」という基準が明確化された。繁忙期など、どうしても残業を行う必要がある場合においても、45時間を超えて残業できるのは6カ月までに制限され、年間の上限は720時間となる。

また、10日以上の年次有給休暇が付与されている労働者については、5日分の取得が義務付けられたので、有休が消化できない事態も減少すると考えられる。

新しい法律では罰則規定が設けられているので、上限規制を超えて労働させた企業は処罰される。法的な拘束力を持ったという事実は大きく、無制限に近い残業が放置されている現状と比較した場合、まさに劇的な変化といってよいだろう。

●働き方改革の意味をはき違えている企業が多い

19年4月にこの法律が施行されれば、労働者の環境が一気に改善すると考えたいところだが、残念ながらそう単純な話ではなさそうだ。関連法の成立を受けて各企業では残業時間の削減を進めているが、うまくいっていないところが多い。その最大の原因は、「生産性」というものに対する根本的な誤解である。

日本の労働生産性は欧米先進国と比較すると半分から3分の2程度の水準しかなく、これが長時間残業の温床となってきた。生産性が半分ということは、同じ仕事をこなすのに、欧米の2倍時間をかける、あるいは2倍の人員を投入していることを意味している。

働き方改革の本当の目的は、生産性の向上であり、労働時間の単純な削減ではない。業務のムダを見直し、生産性を向上させれば必然的に労働時間は少なくなるというメカニズムである。だが、業務のムダを削減せず、ただ一律に労働時間を減らしてしまった場合には、単純に生産が落ちるだけで状況は何も変わらない。

もっと具体的に言えば、計算上、同じ仕事をするのに欧米企業の2倍の人員を投入しているケースでは、「働かないオジサン」に代表される社内失業者の存在が全体の生産性を大きく引き下げている可能性が高い。

実際に働いている社員の業務プロセスはそれなりに効率化されており、この部分のムダを削減したところで乾いた雑巾を絞るようなものだ。大量の社内失業者を、収益を生み出す仕事に配置転換しない限り、全体の生産性は向上しない。

つまり本当の意味で生産性を向上させるには、配置転換を含む組織全体の改革が必要であり、これには大きな決断が必要となる。ここまでの覚悟を持って業務改革を進める企業は少なく、残業時間の上限が規制されるので、とりあえず、一律に残業を禁止するというところが多い。

ではこうした場当たり的な対策にとどまった企業は、19年4月以降、どのような状況に陥るのだろうか。

●早くも下請けや外注先に仕事を押し付けるケースも

最も多いパターンは、年収の大幅減である。これまで長時間の残業込みで何とか生活できるレベルの年収を維持していた人も多く、残業が一律カットになると、その分だけストレートに年収が下がる。経済全体では消費への影響も無視できないだろう。

もし生産性の向上で労働時間が短くなった場合には、会社には利益が生じるので、これを社員の昇給に割り当てることが可能となる(同じ仕事で比較すると、欧米企業の方が年収が高いのはこうした理由からである)。しかし業務や人員のムダを改善しないまま労働時間だけを減らした場合には、生産も落ちるので、昇給の原資は生まれず、年収減をカバーする手立てがなくなってしまう。

次に考えられるのが、下請けや外注先の負担増である。

法律の施行時期に関して大企業と中小企業とでは1年間のタイムラグがある。すでに多くの大企業でその傾向が顕著となっているが、社員の残業時間を減らすため、面倒な仕事を下請けに押し付けたり、業務をアウトソースするため新しい外注先と契約したりする動きが見られる。

少なくとも1年間は中小企業には法律が適用されないので、4月以降は中小企業の労働環境が悪化する可能性が高い。実際、経済産業省が行ったヒアリングでは、大手IT企業による働き方改革のシワ寄せで、下請けの中小IT企業の労働時間が増大しているケースが報告されている。

業務の一部を外注した場合にはその分、代金は支払われるが、発注する大企業全体で見ると人件費が増加しており、逆に生産性は下がっている。当然だが、これでは昇給の原資を捻出することはできない。

繰り返しになるが、働き方改革の真の目的は単純な残業時間の削減ではなく、生産性の向上による残業時間の削減である。そのためには、既存の業務や人員配置を抜本的に見直す必要があり、企業には相当な努力が求められる。これを実現できなければ、まさに絵に描いた餅となり、労働者の実質賃金は低下するばかりとなってしまうだろう。

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