■「今の外交政策は時代にそぐわない」
バイデン政権が誕生したら、日本にはどのような影響が出るだろうか?
バイデン政権がどんな政策を行うかを知るには、進歩系シンクタンクのアメリカ先端政策研究所にアプローチするのが一番早い。オバマ政権の政策理論を支えたシンクタンクである。
外交政策のトップには興味深い調査リポートが掲載されている。そのタイトルは「アメリカの漂流:アメリカ人が望んでいる外交政策」だ。この調査リポートでは、明確に「冷戦時代とポスト冷戦時代を背景にした今の外交政策は時代にそぐわない」と結論づけている。
民主党系として有名なシンクタンクの調査は民主党寄りの報告を行うのが一般的だ。メディアでも同じだが、CNNは民主党に甘く、FOXは共和党に甘い。にもかかわらず、上記リポートでは外交政策に対する調査回答者のスコアをもとに、「トランプ・ナショナリスト」(共和党系)が33%、「グローバル活動家」(民主党系)28%、「外交政策からの離脱」21%、「従来型の外交政策」18%とセグメントしている。
「外交政策の離脱」は無所属に多く、「従来型」はベビーブーム世代に支持者が多く共和党と民主党の両党に跨がっている。驚くべきは共和党を支持するトランプ・ナショナリストの多さと、「外交政策の離脱」を唱える人の多さだろう。
■ロシアを脅威と感じる民主党支持者
最も多くのアメリカ人が外交政策を通じて求めているのは「アメリカの国土がテロに狙われないこと」で、次いで「アメリカの民主主義を守ること」と報告している。3番目が「アメリカの雇用を守ること」で、4番目は「アメリカ企業の製品が市場で売れること」、5番目にようやくバイデンの外交政策につながる「国家間の協力」が入る。ただし、その目的は気候変動、貧困、病気というグローバルな問題の解決だ。
6番目に「人権問題への対処」が入り、7番目が「国境の強化」、8番目が冷戦とポスト冷戦時代の旗印であった「民主主義を伝える」という順だ。トップ7は、ポスト冷戦時代の概念がすでにアメリカの多数の人から失われていることを示している。
党派別に見ると、7位の国境強化が共和党系の間で2番目に関心が高く、民主党支持者の間では5番目の気候変動や貧困のための国際協力と6番目の人権問題への対処への関心が高い。トランプとバイデンの外交政策そのままの結果である。
さらに細かく見ていくと、民主党系の多くがロシアを脅威と感じていることが記されている。ロシアを脅威と感じているのは全体では27%にすぎないが、民主党系に限ると41%にもなるのだ。民主党系がロシア以上に関心を寄せているのは、気候変動と同盟間の協力である。
核の脅威については、共和党系は4割近くが問題だと回答しているが、民主党系は2割超える程度だ。無所属は民主党系よりも少ないが同様に2割を超える程度である。
■「軍事力の行使よりも経済と外交努力をすべき」
さらに、国を「友達」「敵」「競争相手」としてみるとどうか? という調査もある。その「友達」ランキングで、日本は5位に位置し、1位イギリス、2位フランス、3位ドイツ、4位イスラエルという順。一方、「敵」は、1位が北朝鮮で、イラン、ロシア、サウジアラビア、ベネズエラ、中国と続く。日本は英国、イスラエルに次いで下から3番目だ。しかし「競争相手」となると、1位中国で次点が日本、3位がロシア、インド、メキシコと続く。
世界でアメリカの利益を守るために常に軍事力を使える状態にすべきと考える人は39%で党派別にみると共和党系は58%が「そうすべき」と回答し、無所属は33%。民主党系は23%しか「そうすべき」と回答していない。「軍事力の行使よりも経済と外交努力をすべき」と考える人は共和党系が56%なのに対して、民主党系は72%と圧倒的に多い。
総合してみると、このアメリカ先端研究所のリポートが、バイデンの外交政策に大きな影響を与えているのは一目瞭然だ。
■日本の外交政策は大転換を余儀なくされる
中国がアメリカを超えて覇権を握ろうとしていることを民主党の支持者は認識しており、バイデンもオバマ時代とは異なることを認めている。だが、バイデンの外交政策の中心はヨーロッパであり、中国に対しては関係を深め、アメリカ型民主主義を浸透させることで新たな関係構築が可能だというポスト冷戦時代の考えだ。中国がまだ経済成長を遂げる以前の楽観主義である。
ポスト冷戦時代の民主党政権は徹底して対中投資を増やした。中国の市場を重視すぎるあまり、「ジャパン・パッシング」が進んだ。バイデン政権が誕生するようならば、その時代に戻る可能性もある。雇用重視の姿勢はトランプと同じであるが、対中関係の構築には楽観的であるため、日本の領土問題にコミットしない可能性を想定しておくべきだろう。
共和党系と異なり、民主党系の北朝鮮に対する関心は薄いため、アメリカの協力を得ての拉致交渉も望めないだろう。バイデン政権が誕生すれば、日本の外交政策は大転換を余儀なくされると考えられる。
ただし、バイデン政権にはオバマ政権を支えた知日派の専門家も多く起用されると考えられるため、政府高官レベルでの連携は取りやすくなるという利点はある。
■トランプ&バイデンの見えにくい違い
トランプとバイデンの主張がどれだけ異なるかご存じだろうか? トランプのコロナ感染が発覚したことを受けて、今や最大の関心ごとはコロナ対応となっている。その両者の姿勢は対照的だ。トランプはコロナ予防を前提とした経済活動優先を強調しているが、バイデンはコロナの感染抑制が第一義である。徹底的に国民の外出を制限したニューヨークの姿勢に近い。
ただし、経済政策の面では両者の共通点もある。
バイデンは「Buy American」の主張に合わせて、アメリカ製品の購入を促進するために4000億ドルの予算を投入すると公約に掲げている。上院議員時代に雇用の海外流出につながると批判を浴びたNAFTAを支持した反省もあってか、アメリカ製の素材やサービス、研究・技術開発にも3000億ドルの予算を投じる構えだ。トランプ減税で引き下げられた法人税は21%から28%に引き上げ、個人の所得税の最高税率も引き上げ、アマゾンやアップルなどへの大企業への課税強化によって、そのための財源を捻出するとしている。
一方のトランプは10カ月で1000万人の雇用創出を掲げ、その雇用を維持するために法人税の減税やアメリカ製品に対する税控除などを掲げている。バイデンが富裕層や企業への増税により低所得者や中間層への再分配を目指すのに対して、トランプは富裕層や企業に対する税制優遇で雇用の維持と賃金アップを促進するという姿勢なのだ。
もちろん、バイデンがグリーン・エネルギーやヘルスケア、介護、教育分野への投資を推進し、トランプは製造業やエネルギー産業を下支えするという対象の違いもある。バイデンはトランプが離脱を決定したパリ協定への即時復帰を明言している。トランプが保護貿易主義の維持を明言しているのに対して、バイデンは関税引き上げの弊害を批判材料にしているという違いもある。だが、バイデンも「中国依存」には懸念を表明している。
■キューバとの関係回復をこきおろすトランプ
バイデンの「Buy American」は実にトランプ的である。トランプも「バイデンは私の政策を盗んだ」と主張している。総合して見ると、経済政策ではアプローチの仕方と資金の投入先は異なるが、雇用創出、所得の引き上げ、国内生産の促進、中国依存の脱却などの共通点がある。
両者の主張が大きく異なるのは、移民政策と外交・安保政策、そしてオバマケアに関するものだろう。トランプが税金を財源とする福祉サービスからの不法移民の排除を公約に盛り込んでいるのに対して、多様性を求めるバイデンは不法移民の市民権獲得のためのプロセスの確立や中東・アフリカからの入国制限即時廃止を盛り込む。
一方、バイデンがアメリカのリーダーシップを発揮するためにもNATOにおける同盟関係を強化すべきとするのに対して、トランプはNATOの存在意義を疑問視し、個別の国々との連携を優先している。バイデンは移民対策の一環として中米の貧困と腐敗解消を目的とした40億ドルの投資を表明しているが、トランプはこうした行動を「左派の言いなりになってキューバとベネズエラに国民を売り渡している」と批判し、バイデンがキューバとの関係回復を約束したことについてもこきおろしている。
オバマケアに関しては当然、バイデンは拡充する方針だ。そのための医療保険制度には10年間で7500億ドルが必要になる見通しで、これも富裕層への増税で財源を賄う構えだ。対するトランプは1期目にオバマケアの改廃に失敗している。税制改正を通じた「加入義務」の廃止には成功しているが、2期目こそオバマケアの改廃を期すだろう。
そのうえで、より有効で低コストな医療保険制度として“トランプケア”を実現するというのが、トランプの狙いだ。
■第2、第3のトランプの台頭は避けられない
第1回目の討論会ではバイデンが「トランプは2000万人が利用するオバマケアを奪い取ろうとしている」と批判するのに対して、トランプは「オバマケアが最悪だから、私がよりよい保険をつくる」と反論していた。コロナ禍で加入者が急増していることもあって、保険をめぐる問題は今やアメリカ国民にとって大きな関心ごとだ。オバマケアをめぐる論争は今後、さらに熱を帯びることだろう。
果たして、トランプとバイデンのどちらがコロナ禍以降のアメリカの舵取りを担うのか。仮にバイデンが勝利したとしても、アメリカの分断を見る限り、第2、第3のトランプの台頭は避けられないと思われる。
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横江 公美(よこえ・くみ)
政治アナリスト
1965年、愛知県名古屋市生まれ。明治大学卒業後に松下政経塾に入塾(15期生)。95年にプリンストン大学で、96年にはジョージ・ワシントン大学で客員研究員を務めた後、2004年に太平洋評議会(Pacific21)代表として政策アナリストの活動を開始。11~14年まではアメリカの大手保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」でアジア人初の上級研究員として活躍。16年から東洋大学グローバル・イノベーション学科研究センターで客員研究員を務め、17年からはグローバル・イノベーション学科教授を務める。アメリカ政治に関する著書多数。現在、民放ワイドショーでもコメンテーターとして活躍中。
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