電子書籍やネットメディアの台頭、少子高齢化などで構造不況業種とも言われる出版業界。そんな不況下にあって、異例の好調ぶりを見せるのが宝島社だ。2011年7~12月期の出版部数は業界全体が▲3.2%のマイナスとなる中、2.3%のプラスを記録(日本ABC協会参加ファッション誌ベース)している。同期間のファッション誌全体の中で宝島社は22.9%を占め、2位の集英社を引き離し、2010年1~6月期より4期連続で出版業界トップシェアをキープした。宝島社好調の秘密はどこにあるのか、マーケティング本部部長の桜田圭子氏がそのノウハウを明かす。
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宝島社は、1971年に創業、当初は地方自治体向けコンサルティングを主な事業としていたが、現在はビジネス誌である雑誌『宝島』の版権を取得して以降、90年代より女性ファッション誌を中心とした出版を主な事業としている。93年に社名を現在の「宝島社」に変更。従業員は200人、うち女性社員は約6割を占めている。
■カジュアルファッション誌の市場を確立
現在、定期刊行物は、『CUTiE(キューティ)』『SPRiNG(スプリング)』『sweet(スウィート)』『mini(ミニ)』『InRed(インレッド) 』『steady.(ステディ.)』『smart(スマート)』『リンネル』『GLOW(グロー)』のファッション誌9誌と、『宝島』『MonoMax(モノマックス)』『いなか暮らしの本』の月刊誌3誌がある。毎月の累計発行部数は300万部だ。
当社の女性ファッション誌の歴史は、89年に初めて10代の女性向けのファッション誌『CUTiE(キューティ)』を発行したことに始まる。今では、カジュアルファッションが日本のファッションの主流となっている。しかし、89年当時のファッション誌といえば、海外のコレクションから発信されるトレンドを取り上げることが企画の中心だった。
そのような中で『CUTiE』は、街にいるおしゃれな女の子のファッションを取り上げて紹介することを中心に据え、日本で初めてのストリートファッション誌のジャンルを確立してきた。その後、『CUTiE』の「お姉さん版」として20代向けの『SPRiNG(スプリング)』、30代向けの『InRed(インレッド)』を相次いで創刊、日本のカジュアルファッション市場を開拓・牽引し続けている。
2010年10月には40代向けの女性誌『GLOW(グロー)』を創刊。それまで40代女性をターゲットとしたファッション誌は成功しない、といわれてきたが、「40代“女子”」というキーワードを掲げて新しい40代女性像を打ち出すことで、支持を集めることができた。創刊からわずか1年で部数を30万~40万部に伸ばすなど、現在、40代女性誌で読者数はナンバーワンとなっている。
そのほかにも、2000年に発行した『mini(ミニ)』では、これまでのファッション誌としてはファッションのメインアイテムとしては取り上げてこなかった「スニーカー、ジーンズ、Tシャツ」を三種の神器とした、モテボーイッシュスタイルという新しいジャンルを提案。
さらに、かわいい通勤服を提案するOL向け雑誌『steady.(ステディ.)』、ナチュラルなライフスタイルを提案する『リンネル』、男性ファッション誌ナンバーワンの『smart(スマート)』、そして「28歳、一生“女の子”宣言!」をキーワードに掲げる『sweet(スウィート)』を創刊している。
中でも、『sweet』はこれまでに3回の100万部突破の記録を持つ、日本でいちばん売れているファッション誌に成長した。日本能率協会によると、「20代の購買行動に最も影響を与える雑誌」であるという調査結果も発表されている、部数・影響力ともに日本一のファッション誌と自負している。
■なぜマーケティングなのか
現在の当社の雑誌づくりの根幹となっているのが、「マーケティング」志向のビジネススタイルだ。当社がマーケティングに積極的に取り組むようになったきっかけは以下の3つがあった。
1つ目は、流通の変化である。流通の多様化により、従来の書店経由だけでなく、さまざまな方法で出版物が手に入るようになった反面、よい出版物を作っても、読者に気付いてもらいにくくなった。
2つ目に、出版物はプロモーションが効きやすい商品であるということだ。店頭での施策はもちろんのこと、メディアでのパブリシティも効果が出やすい。
3つ目は、書店の協力と理解を得ることができればベストセラーを生み出せるということ。書店員が商品を推薦してくれたり、愛着を持ち高く評価してくれれば、来店者の目につくところに置いてもらえ、売り上げが大きく伸びる。
出版社をメーカーと考えたときに、商品開発は編集部門、また、流通対策は営業部門が、販売促進は宣伝部門が中心になって行っていることがわかった。
一般的に、出版社は、企画や記事を作ることには非常に力を入れている。しかし、出版物を「商品」としてとらえて、よりその完成度を高めたり、商品として売るための戦略に力を注ぐことには関心が薄く、特に組織的なマーケティング活動は、ほとんど行われていないことが多い。
自社の業務フローをバリューチェーンに落とし込み、企画、編集、制作、営業、販促からアフターケアに至るまでの業務プロセスを詳しく分析してみると、編集と営業の負担が大きいことが判明した。そこを改善すべく、全社でのマーケティング活動が始まった。
■根幹となるマーケティング会議
07年春、当社は、マーケティング会議をプロジェクト的にスタートさせた。各雑誌ごとに毎月行うこの会議では、社長をはじめ、書店営業、広告営業、編集長、宣伝、広報、ウェブなどの各部署の責任者が一堂に会しディスカッションを行う。
当社はもともと社内のコミュニケーションが活発な社風で、上下の垣根もない。こうしたことも組織横断的なマーケティング会議が機能した要因だろう。
雑誌収入は、媒体の販売売り上げと広告売り上げから成り立っており、それをうまく両立させることが、ビジネス上の必要条件になる。ところが、その頃、今後の広告市況が厳しいという予測が立てられており、各ジャンルでの発行部数がトップの雑誌でなければ、満足できる広告掲載が期待できないという状況であった。
そこで、社長が掲げたのが「一番誌戦略」だった。とにかく雑誌の1年間の利益をすべてプロモーション費用に充ててでも、発行部数を伸ばしていくという全社的な目的を設定、全社一丸となってマーケティングに取り組んだ。
マーケティング4Pの1つのProductについては、04年から全ファッション誌に人気ファッションブランドと提携したブランドアイテムを付けている。通常は、雑誌の“付録”と呼ばれているものだが、当社ではそれを“ブランドアイテム”と呼び、雑誌コンテンツの一部と考えている。企画、デザイン、制作は各雑誌編集部が担当し、雑誌ごとの読者のニーズや嗜好性を考えてアイテムを検討している。
ブランドアイテムの導入当初は、なかなか海外の有力ブランドの協力はもらえず、従来から関係のあった国内ブランドとの提携が中心だった。海外ブランドは本国デザイナーの許可がなければ提携が実現しないため、編集者が直接、本国にプレゼンに出向いたこともあった。だだ、徐々に実績を上げ、すでに商品化されたブランドアイテムの品質が理解されるようになるにつれ、協力を獲得することができるようになった。
現在ではさまざまな企業から多数のオファーがあり、海外ブランドではファッションショーの最後にノベルティとして配られることもあるなど、評価をもらっている。ブランドにとっても新規顧客獲得につながっているようで、雑誌発売後に新規顧客が4000人も来店したというブランドの例もある。
会議では、それまで「文化的なもの」としかとらえられていなかった出版物を、「商品」としてとらえ直し、その完成度を高めるため、Product(製品)、Place(チャネル)、Price(価格)、Promotion(コミュニケーション)のマーケティング4Pについて話し合う。
■価格も毎号見直す
雑誌の顔とも言える表紙の構成も見直した。雑誌の表紙には「上から12センチの法則」がある。雑誌が書店やコンビニエンスストアの棚に立てて並べられたときに見えるのは表紙の上から12センチメートルほどのみ。そのため、読者に訴求したい情報は表紙の上部12センチメートルに集約して掲載する必要がある。
そこで、雑誌タイトルにかぶせてブランドアイテムの写真を上に載せたところ、今まで雑誌に興味を持っていなかった層の読者にも手に取ってもらえるようになった。このアイデアも、マーケティング会議で生まれたルールの1つであり、それはコンビニエンスストアを担当する営業から提案されたものだった。
また、価格についても議論を行っている。たとえば『InRed』の定価はそれまで、880円であったが、マーケティング会議の討議で、30代の女性が900円近い値段の雑誌を買うだろうかという疑問の声が出た。
このとき、価格を650円にすれば、売り上げが3倍になるという「価格弾力性」の試算を提案。マーケティング会議メンバーの判断により、翌月から650円への変更が決まった。通常、雑誌の値付け方法としては、原価の積み上げにより決められていることが多い。しかし、当社では、価格設定方法は原価の積み上げではなく、「読者の感じるお買い得感」をもとに、毎号異なった価格を設定している。
■多様なマーケティングのアイデア
また、通常、雑誌のプロモーションは読者向けに行われるものと思われているが、当社では、広告クライアント、書店へのプロモーション活動も大切にしている。さらに、新しい読者を増やすためには、ブランドアイテム(付録)や雑誌へのクオリティへの信頼が重要になるため、ブランドアイテムなどの制作過程をテレビ番組などで取り上げてもらうといったパブリシティ活動にも力を入れている。
PRを目的としたイベントも積極的に行っている。たとえば、その年のファッションリーダーを表彰する「日本ファッションリーダーアワード」などのイベントを主催、カジュアルファッションの市場を開拓し、普及に努めていることをアピールしている。“読者とともに祝う”をコンセプトに、11年は、AKB48板野友美さん、佐々木希さん、ベッキーさん、米倉涼子さん、梨花さんというファッションリーダーの方々へ賞を贈った。
『sweet』が100万部を突破した際には、都内の人気買い物スポットである渋谷と原宿を結ぶ無料ショッピングバスを運行した(タイトル横写真)。バス内では、『sweet(スウィート)』オリジナルラジオを流したり、乗客にはオリジナルのブランドアイテム(付録)を進呈するなど、顧客の期待以上のサプライズを提供した。この取り組みは大変な話題を呼び、『sweet』のロゴをラッピングしたバスとともに、イベントの様子がテレビと新聞で報道され、大きなPR効果を生んだ。
40代女性を対象とした『GLOW』の創刊時は、「宝島社から、すべての40代女性へのプレゼント」のコンセプトで、松屋銀座の建物に巨大なリボンのラッピングを施し、40代女性400名にルビーをプレゼントする企画を展開、NHKをはじめ各テレビ番組で大きく取り上げられた。創刊号は30万部を4日で完売。現在は毎号40万部を発行、さらに部数を伸ばしており、新しい40代市場の開拓に成功している。
※次回[中]は8月10日掲載予定です。