8カ月ぶりに出荷を再開したキリンビール仙台工場(仙台市宮城野区)に、市民の笑顔が戻ってきた。製造工程を見せる工場見学も同時に再開したのだ。工場は、地域を代表する生産拠点であり、雇用の受け皿でもあり、そして何より、市民との間をつなぐ交流センターだ。震災の被害をともに乗り越えた地域の人々と仙台工場は、地元との絆と笑顔の生産拠点でもある。(高橋寛次)
11月2日、仙台工場は活気が満ちていた。集まった工場内外の関係者の目には、久しぶりにビールを届けに向かうトラックが待機する光景がまぶしい。初出荷式で、従業員はトラックの出発を笑顔と拍手で見送った。
喜びの輪は翌日、一般に広がった。無料の工場見学、「ブルワリーツアー」が再開された。午前9時、ガイドをつとめる女性スタッフが集合し、初回の見学者を迎えた。
横田乃里也工場長が「見学は工場の機能として非常に重要。皆さんをお迎えできて光栄です」とあいさつした。司会者は感極まって言葉を詰まらせた。
◆見て理解して味わう
再開した見学ツアーは、以前のように見て、理解して、味わえる仕掛けを網羅している。試飲も含め全行程で約60分だ。
麦汁を煮沸するための釜などの製造設備や、ビールが充填(じゅうてん)されたばかりの缶が流れていくラインなどを見ることができる。ビールの原料であるホップをさわったり、クイズなどを楽しむ機会もある。ガイドの佐々木薫さんは「一方的な説明ではなく、声を掛け合うコミュニケーションになるようにしています」と話す。試飲は3杯までで、現在は出荷を再開したばかりの「一番搾り とれたてホップ」も飲める。
見学ツアーは再開直後から盛況だ。11月だけですでに4千人の予約が入っているという。見学ツアーの再開は、工場のホームページで告知していたぐらい。積極的にPRをしてきたわけではない。
仙台市内から見学に訪れた荒川保洋さん(42)は「いつ見学が再開されるのか、ずいぶん前からインターネットでチェックしていた」と振り返る。大阪市の吉田吉伸さん(47)は、「キリンの他の工場はすべて見学済み。今回、満を持してやってきた」と言う。
◆4基のタンクが倒壊
仙台工場の小倉保彦総務担当部長は「工場見学再開を『待っていました』といわれるのが本当にうれしい」という。多くのファンにとって、待望の工場見学再開だったようだ。
受け入れ態勢の専門性を高める取り組みも進んでいる。以前は各工場の広報部門が担当していたが、平成11年以降は、グループのキリンアンドコミュニケーションズ(東京)の担当に変わった。同社の丸山千種社長は「お客さまとしっかり、直接、コミュニケーションをとるため、一元化して専門性を高めた」と説明する。仙台に限らず、9つあるキリンのすべての工場などで見学を運営している。
仙台工場では震災で、400トンのビールを貯蔵できるタンクが4基倒壊した。津波では缶だけで1700万本が敷地の内外に散乱した。社員、従業員、有志が日々敷地内を片付け、清掃し、復旧に取り組んだ。見学コースは、その努力の作品でもある。
丸山社長は「皆さまに見学に来ていただけることは、決して当たり前のことではないということをスタッフが実感した。応対できるありがたみを案内や説明でお返ししたい」と話す。