デジタル化時代のビジネスをどう考えればいいのか? 急速に発達するテクノロジーをうまく活用する方法を模索している企業は多いだろう。デジタル変革によって、従来型のモノづくりから一歩進んでいる企業は、どのようなことをしているのだろうか。
ITmedia ビジネスオンライン編集部主催セミナー「デジタル変革に向けた『伴走』そして、新たな顧客価値のための『共創』へ」が3月、東京都内で開催された。モノ売りからコト(成果)売りへのシフト、部門を横断する取り組みなどによって、デジタル変革を推進していくための考え方を紹介した。
基調講演は、ブリヂストンのデジタルソリューションセンター長、増永明氏。同社は2017年1月、CDO(Chief Digital Officer)を設置し、デジタルソリューションセンターを設立。タイヤという「モノ売り」から、ソリューションビジネスプロバイダーへの変革を進めている。増永氏がソリューションの事例を交えながら解説した。
●シェア低下で危機感、ソリューション提供へ
「丸くて黒い、ゴムできたタイヤ。この製品とデジタル化はなかなか結び付かないと思います」。増永氏は冒頭、このように語り掛けた。タイヤで世界トップシェアを誇るブリヂストンがデジタル化に取り組む背景には、大きな危機感がある。
ここ10年間でタイヤ業界は少しずつ地殻変動が起きつつある。05年と15年を比べると、ブリヂストンは変わらずトップシェア。仏ミシュラン、米グッドイヤーと合わせた上位3社の顔ぶれも変わらない。しかし、3社で5割以上あったシェアが4割程度に落ちている。その代わりに台頭してきたのが、中国や韓国などの新興メーカーだ。全体の市場規模は拡大しているため、売り上げは伸びているが、シェアは低下している。
「タイヤがコモディティ化しており、危機意識を持っている」と増永氏は明かす。「タイヤ売り切りのビジネスでは生き残れない。顧客企業の困りごと解決のためのサービスを提供する、ソリューションプロバイダーに変わるしかない。その方法で生き残っていけるように、舵を切りました」
●タイヤを売らずに稼ぐ
ソリューションサービスをビジネスにするために必要となるのが、デジタル化だ。ブリヂストンで進めているデジタル化は大きく2つ。顧客サービスのデジタル化と、社内のデジタル化だ。増永氏はまず、顧客サービスの事例を紹介した。
顧客サービスでこれまでと大きく違う点は、「タイヤを売らずに稼ぐ」というビジネスモデル。顧客企業にタイヤを貸して、メンテナンスや管理をする。顧客は、タイヤのローテーションを考えたり、在庫を持ったりしなくてもいい。タイヤの表面が摩耗してくると、適切なタイミングで表面のゴムを張り替えて再利用する(リトレッド)。ブリヂストングループ側が全て管理することで、資源の有効活用にもつながり、経済性や環境負荷低減にも貢献できる。
代表的な事例が、運送業に対するソリューションだ。新品のタイヤを買ってもらって終わりだったのが、「新品+リトレッド+メンテナンス」のパッケージプランを提案している。適切なタイミングでリトレッドとメンテナンスを実施することで、安全性向上やコスト低減に貢献する。「タイヤまわりはお任せください。何も考える必要はありません。全部やります」というサービスだと増永氏は説明する。
そのサービスを効率的にサポートするのがデジタル技術。タイヤのセンシング技術を活用して、リアルタイムで異常を検知したり、適正な空気圧を保ったりできる。また、トラックのタイヤ本体の耐久性を予測した上で、タイヤローテーションやリトレッドのタイミングを最適化することで、トータルコストを低減することもできる。増永氏は「デジタル技術の活用を推進し、全てのタイヤの寿命を見極めながら、最も経済的に使ってもらうようにしたい」と説明する。さらに、収集したデータを蓄積・分析し、次の商品開発にも生かすことができる。
●タイヤの故障原因、鉱物の種類まで分析
増永氏が次に紹介した事例は「鉱山」のソリューションだ。なじみがない人も多い分野だが、鉱山では何百トンも積めるトラックや建機が常に動いている。大きなベルトコンベヤーも止まることがない。現場は厳しい環境にあるため、故障やトラブルが起きやすい。それによってオペレーションが止まってしまうと大きな経済的ロスが発生する。そのため、これらの故障を未然に防ぐことがとても重要になる。ブリヂストンは、鉱山用タイヤとベルトコンベヤーを両方作っている強みを生かして、トータルで管理できるソリューションを提案している。
タイヤにセンサーを付けて、空気圧や温度をリアルタイムで測定。管理者が手元の端末で状況を確認し、状況に応じてオペレーションを変更する。
「肝となるのは、データの分析」と増永氏は話す。データ収集によってタイヤの状態を把握できるだけではない。収集したデータを分析して、オペレーション向上につなげる。例えば、タイヤの故障分析だ。
タイヤによって寿命にばらつきがあるのはなぜなのか。分析してみると、銅、鉄、石炭など、取り扱う鉱物の種類によって、故障の理由が大きく違うことが分かってきた。また、タイヤを装着する位置によっても、故障の傾向が異なる。このような分析を、顧客がタイヤを使用する環境に合った商品提案や使い方の提案、それぞれの鉱物に適した商品の開発などに生かしていく。
●データ解析人材を社内で育成
このようなサービスを提供するためには、社内もデジタル化しなければならない。例えば、タイヤ製造の現場には、最新鋭の成型システムを導入。人工知能(AI)を活用して、品質を向上させている。
例えば、タイヤがより「真ん丸」になるように、製造過程のビッグデータを解析した事例がある。タイヤは真ん丸に近いほど性能が良い。真ん丸にならない原因をビッグデータで解析すると、ある部材を取り付ける際に、その部材が蛇行して取り付けられることで出来栄えに影響を及ぼしていることが分かった。AI技術を活用してこの部分を自律制御することで、品質のばらつきを約20%低減する効果があった。「ビッグデータ解析で推定された通りの効果を出すことができた」という。
最後に増永氏は、人材育成の重要性について語った。「デジタルトランスフォーメーションを推進する上で、一番重要なのはデータ分析。それができるデータサイエンティストは、なかなか外から採用できない」。ビジネス課題を把握する「ビジネス力」、データ分析の基盤を整備し、運用する「データエンジニア力」、データ処理によって有用なモデルを構築する「データサイエンス力」の3つの力を備えた人材が必要になってくる。
そこでブリヂストンは、データサイエンティストを社内で育てる研修プログラムを始めた。社内にはタイヤ設計などでデータ解析のノウハウを持つ人材が多く、データサイエンティストとしての素質があるという。それを伸ばして、早期に100人を育成する計画だ。「最も重要な人材であるデータサイエンティストを社内で育てて、さらに強みを伸ばしていきたい」