ここ1~2年の日本映画で予想を上回ったヒット作を振り返ると、『カメラを止めるな!』や『万引き家族』、『翔んで埼玉』、『劇場版コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』などが挙げられるが、逆にヒットに恵まれなくなったジャンルがある。
「キラキラ映画」だ。
ブームとなることで量産され、飽きられてきた部分があるうえ、観客の好みにも変化が表れ、ラブストーリーでも心を「ザワザワ」させる作品が話題になる傾向が見られるのだ。
キラキラ映画とはあくまでも「通称」で、おもに少女コミックやライトノベルを実写化した作品のこと。基本的に高校生やその前後の年齢の“女子”を主人公に、同級生や先輩へのときめき、運命の出会い、すれ違う想いなどが展開。相手役の男性キャストには旬のイケメン俳優を配し、あらゆる方向から同年代の女性観客の心をキラキラ、キュンキュンさせる。人気の原作が実写化されることでも話題を集め、キラキラ映画はひとつのブームを作った。
このブームに先立つ作品を過去にさかのぼると……
- 2004年 原作は小説だが、キラキラ映画のルーツも感じさせる『世界の中心で、愛をさけぶ』が社会現象に
- 2005年 少女コミックの実写化『NANA』が興収40.3億円という異例の成功
- 2007年 ケータイ小説を実写化した『恋空』が39億円
- 2008年 『花より男子ファイナル』が興収77.5億円を記録
その後、少女コミック実写化の本格的ブームがやって来る。以下のように連続したヒット作のタイトルを眺めれば、なんとなくブームを実感する人も多いだろう。(数字はすべて興行収入)
2012年 『僕等がいた』前編 25.2億円
2014年 『ホットロード』 24.7億円
2015年 『ヒロイン失格』 24.3億円
『ストロボ・エッジ』 23.2億円
2016年 『orangeーオレンジー』 32.5億円
2017年 『君の膵臓をたべたい』 35.2億円
こう並べると、コンスタントに好成績を収めているように感じられる。しかし、昨年(2018年)は目立ったヒット作がなく、今年に入ってもその状況は変わらない。もはやキラキラ映画が消失した感も濃厚なのである。相変わらず公開作はあるのだが、ことごとく成功に至っていないのだ。
過剰供給で明らかに飽きられた2018年
そのジャンルが「売れる」とわかれば、似たような作品が増えるのは世の常識。2016~2018年は、キラキラ映画が「過剰供給」された。前述の『僕等がいた』から『orangeーオレンジー』あたりの成功に乗っかるように、少女コミックの実写化が量産されたのである。それでも2016年は興収10億円を超える、そこそこの成績を収める作品が目につき、言い換えれば2016年は、キラキラ映画「バブル元年」だった。
(ちなみに興収10億円は、全国チェーン映画のヒットのひとつの目安。現在、邦画・洋画を合わせた年間の50位がだいたい10億円。たとえば配給会社の東宝は、10億円未満となった自社作品の数字を基本的に公開しない。)
バブルの兆しが見えた、2016年 キラキラ映画の興行収入は……
『黒崎くんの言いなりになんてならない』 12.3億円
『オオカミ少女と黒王子』 12.1億円
『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』 22億円
『青空エール』 12.5億円
『四月は君の嘘』 14.2億円
といった状況で、他には『ピンクとグレー』6.2億円、『溺れるナイフ』7.4億円。
これが2017年になると激変し、前年末からの『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』が18.5億円で、『ひるなかの流星』13.7億円、『PとJK』が10億円、そして『君の膵臓をたべたい』が35.2億円を上げたが、10億円に到達しない作品が急増。『君と100回目の恋』『一週間フレンズ。』『きょうのキラ君』『ハルチカ』『ReLIFE リライフ』『ピーチガール』『兄に愛されすぎて困ってます』『恋と嘘』『先生!、、、好きになってもいいですか?』と、大量である。予想をはるかに下回る作品も目についた。
2018年は、量産および失敗がさらに加速。10億円を超えたのは『センセイ君主』の12.3億円くらいで、少女コミック実写化とはいえキラキラ系とは異なる『ちはやふる -結び-』が17.3億円。10億円未満の作品は、『未成年だけどコドモじゃない』『坂道のアポロン』『honey』『となりの怪物くん』『ママレード・ボーイ』『虹色デイズ』『青夏 きみに恋した30日』『3D彼女 リアルガール』『あのコの、トリコ。』『ういらぶ。』……。
そして2019年に入ると、キラキラ映画自体が減少し始める。ライトノベル原作の『君は月夜に光り輝く』がかろうじて10億円に到達したのみで、『L・DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』『うちの執事が言うことには』あたりは惨敗と言っていい。
キラキラ専門の監督はいるが、新たなスターが不足
こうした短期間でのバブルと、その反動の低迷について、少女コミック映画成功の先駆けと言っていい『NANA』を大ヒットさせ、現在はワーナー・ブラザース映画の邦画事業部でエグゼクティブ・プロデューサーを務める濱名一哉氏は次のように語る。
「2年前くらいが飽和状態。毎週、新作が公開されるような勢いでしたから。このジャンルの作品はローバジェット(低予算)なので、失敗しても傷が浅い。それゆえに右にならえで競って作られたのが、一斉に公開時期を迎えたわけです。メインの対象となる中高生も、さすがに辟易していたのではないでしょうか」
監督に目を向けても、三木孝浩(『僕等がいた』『ホットロード』『アオハライド』『青空エール』など)、廣木隆一(『ストロボ・エッジ』『オオカミ少女と黒王子』『PとJK』『ママレード・ボーイ』など)、月川翔(『黒崎くんの言いなりになんてならない』『君の膵臓をたべたい』『となりの怪物くん』『センセイ君主』など)と、キラキラ専門と言っていいメンバーで回っている感があり、要するにワンパターン化。それが観客の「飽き」にもつながっている。
さらに濱名氏が指摘するのは、「女子高生が夢中になる男性キャストの減少」で、一時、山崎賢人(『L・DK』『ヒロイン失格』『orangeーオレンジー』『オオカミ少女と黒王子』『一週間フレンズ。』など)や福士蒼汰(『ストロボ・エッジ』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』)が担っていたキラキラ映画の主演俳優として、その後釜になるスターがまだ現れていない、とのこと。吉沢亮、横浜流星あたりが次期候補なのだろうが……。
キラキラから、観客の心はザワザワへ…
『愛がなんだ』全国公開中 配給:エレファントハウス (c) 2019映画「愛がなんだ」製作委員会
反動という点でいえば、キラキラ映画の枠を超え、ラブストーリー映画の需要という点で最近、変化が起こっている。たとえば、4月19日に公開され、ロングランを続けている『愛がなんだ』。テアトル新宿からシネコンへと拡大上映したこの作品は、ヒロインの強烈な片思いに共感する人、受け入れられない人など反応もさまざまで、自分で観てその感覚を判断したいという評判が、キラキラ映画のターゲットである若い女性観客にも広がり、息の長いヒットにつながっている。心を「キラキラ」させるというより、「ザワザワ」させる恋愛映画。「ザワザワ映画」と呼んでいいかもしれない。
このザワザワ感覚は、少女コミックの実写化にも増え始め、岡崎京子原作の『リバーズ・エッジ』や『チワワちゃん』は、明らかにキラキラ映画とは一線を画す内容。そして6月28日に公開される『ホットギミック ガールミーツボーイ』も少女コミックを原作に高校生の恋愛を描きながら、ザワザワ系である。 『ホットギミック ガールミーツボーイ』6月28日より全国ロードショー 配給:東映 (c) 相原実貴・小学館/2019「ホットギミック」製作委員会
同作のプロデューサーを務める東映の高橋直也氏は、ここ数年のキラキラ映画の変化を次のように語る。
「Netflixなどの躍進で、恋愛映画も細分化され、最大公約数を得るのが年々難しくなっています。いま、恋愛映画のライバルは、AbemaTVや『テラスハウス』のようなリアリティ番組。リアルな恋愛を見せられると、ここ数年の少女コミック実写は、あまりにキレイすぎるのでしょう。また、西野カナの『会いたくて 会いたくて』のような受け身ソングから、最近は、あいみょんのように自分が主体で、性の揺らぎも表現する曲へと人気が移ってきた。音楽の流行を映画が後追いしている感じもあります」
『ホットギミック ガールミーツボーイ』も高校2年生のヒロインが、幼なじみや兄など3人の男性との複雑な恋愛関係を展開。キラキラ映画としても描ける題材を、映像や演出、演技などあらゆる点でザワザワさせることが意識された作りだ(監督はコミック実写化『溺れるナイフ』の山戸結希)。
少数に絞られれば、傑作が生まれる可能性も
『町田くんの世界』全国公開中 配給:ワーナー・ブラザース映画 (c) 安藤ゆき/集英社 (c) 2019 映画「町田くんの世界」製作委員会
とはいえ、こうしたザワザワ系が、キラキラ系に取って代わったというのは時期尚早で、少女コミックやライトノベルの実写化は、さまざまなパターンでの試行錯誤の時間がしばらく続きそう。現在公開中の『町田くんの世界』のように、原作は少女コミックながら、より幅広い層へのアピールを狙う作品も増えるだろう。
今後のキラキラ映画について、東映の高橋氏も「本数が絞られる分、原作の切り口がより重要となり、俳優が演じることの必然性がシビアに求められるはず。原作なしのオリジナルの物語も増えるのではないか」と予想する。
また、ワーナー・ブラザースの濱名氏は「少女コミック実写が乱立した時期が過ぎた今こそ、逆に作品を作る意思が試され、思わぬ傑作が現れる可能性が高い。中学や高校が3年サイクルであるように、観客が3年くらいで世代交代し、つねに映画に胸キュンを求める層が存在するのだから」と、選りすぐられた作品の登場に期待をかける。
今後も、平野紫耀主演の『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』(9月6日公開)、浜辺美波・北村匠海の“きみすい(君の膵臓をたべたい)”コンビが出演する『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020年公開)など、数年前ほどのラッシュではないが、キラキラ映画は控えている。ザワザワ系の需要がより大きくなるのか? キラキラが再び新たなブームを起こすのか? 2019年はその分岐点でもあるようだ。
(※興行収入の数字は、日本映画製作者連盟のデータを参照)