スイーツやグルメなど、いまや流行の発信地ともいえるコンビニエンスストア。それがない生活は考えられない人も多いだろうが、昨年のレジ袋有料化に匹敵する大きな変化がやってきそうだ。3月9日、プラスチックごみの削減を目指す「プラスチック資源循環促進法案」が閣議決定されたからだ。これまで無償で提供されてきたコンビニのプラスチック製スプーンやフォークが有料になるかもしれない。俳人で著作家の日野百草氏が、「コンビニは社会の縮図だよ」と語るコンビニオーナーが感じる客層の変化についてレポートする。
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「去年はレジ袋のトラブルがあったね、3円だって人それぞれの価値観だから」
コンビニのバックヤード、自店購入で人気のコンビニスイーツを食べるオーナーの久保田直雄さん(60代・仮名)。東京下町で古くから経営している大ベテランだ。話は昨年7月から有料化されたレジ袋(プラスチック製買物袋、ビニール袋)の話に及ぶ。大手コンビニ3社は基本1枚3円だ。
「たかが3円だって人によるよ。1円だって得したい人はいる。お金があるとか貧乏とか、そういう話じゃないんだよ」
拙筆「コンビニコーヒー、小カップに大の分量を注ぐ客にオーナーは」で小サイズのコーヒーを買って上のサイズや価格が上の銘柄を入れるようなサラリーマンとおぼしきスーツ姿の客に「みみっちい」と辟易していた久保田さん。みみっちいどころか犯罪なのだが、久保田さんは咎める気力すらないという。あれもある意味、ちょっとでも得したいという気持ちかもしれない(重ねるが犯罪である)。レジ袋の件もそうだ。
「レジ袋がいるかいらないかを聞くんだけど、いるに決まってると怒る客もいたし、ひどいとタダでよこせとか、わけがわからないよ」
いるかいらないかの質疑だけで怒る客、タダにしろと強要する客、ごく一部とはいえ、コロナ禍に関係なく、まさにコンビニは日ごろの鬱憤の吐き捨て場、コンビニ店員は体の良いサンドバッグだ。
「でもコンビニなんかまだいいよ、単価が高いし買うのもだいたい数点ってとこ、そんな客はごく一部で、数円のレジ袋を気にしないって人のほうが多い。みんな慣れたのもあるんだろうけど、エコバッグ持参も増えた。みんな思ったより意識高いね」
なるほど、スーパーマーケットなど大量購入の店舗ではエコバッグ必須となってしまうが、コンビニの場合は買っても数点、それにコンビニで大量に買う人がいたとしても価格の高い、定価に近い商品を買うことを躊躇しない層だ。金のあるなしはともかく、そういったコンビニでの大量購入者、金銭的な面に無頓着な人が大半だろう。
「そうそう、そんな人が数円のレジ袋なんか気にしないってこと。むしろレジ袋にうるさいってレベルの人はコンビニ使わないのかもね、近所の業務スーパーのほうが大変そうだよ」
久保田さんのコンビニ周辺は商店街もあり、業務スーパーもある。その業務スーパー、べらぼうに安いし詰め放題など激安イベントも盛りだくさんだ。豆腐20円とか、うどん1たま19円とか、100g88円のステーキ肉とか、食パン1斤98円とか、あくまで実例のピックアップだが、産地不明だろうが日本語表記でなかろうが、とにかく日々の食生活が安ければいい、安くしなければならないという人の天国だ。
「1円だって安くしたいって人が押し寄せる店だからね。生活かかってる客だ。さっきの(コンビニ)コーヒーの話だってスタバとかと比較すれば安いって客で、業務スーパーの客とはまた違う。どっちが上とか下とかじゃなく、購買層が違うんだ」
日本が貧しくなってコンビニすら高価格帯になっちゃった
確かに、コーヒーショップで飲むよりコンビニコーヒーは格段に安い。ケチなのかもしれないし、ストレスのはけ口なのかもしれないがスーツ姿のサラリーマンということは、さすがに日々の生活で食い詰めているとか、福祉レベルで困窮している、というわけではないだろう。もちろん業務スーパーの客だってやむなくコンビニを使うこともあるだろうが緊急的なもので、購入単価は低いだろう。そもそもコンビニコーヒーの100円すら、「100円なんて1日の食費」という業務スーパーの一部客からすれば贅沢すぎる。コンビニスイーツなど貴族の嗜好品だ。
「そういう人はコンビニ使わないね。便利って価値が上乗せされてる分、高いもん。むしろレジ袋が有料になって客筋がよくなった気がするよ。揉めることはあるけど去年に比べたら減った。食パンや駅ナカのスイーツに1000円出せる人に比べればコンビニは安いし便利だけど、業務スーパーとかの客にすればコンビニは高いからね」
サービスを有料にしたり単価を上げたりすると客は減る。しかし客のレベルは上がる。「安い客ほど文句が多い」は昔から商売を語る上でよく使われる言葉だが、近年のコンビニは実際、客の質向上にターゲットを置いている。コンビニならではの付加価値に金を出せる層の店、になりつつある。
「コロナ以前からそういう方向性だったけどね、”プチぜいたく”需要ってやつだ」
実際、日本フランチャイズチェーン協会によれば客数は17ヶ月連続マイナスだが、客単価は17ヶ月連続プラス、とくに高価格帯に力を入れていると思われるセブンイレブンは既存店売上高も前年を上回っている(2021年3月営業実績)。客は微減しているが、客単価は上がっているので売上も上回っている。苦戦は事実だが、このコロナ禍を考えれば優等生だ。
「一概には言えないけど、客単価上げたほうがいいからね。とくに都心のコンビニはそう。もちろん変な客はいまだにいるけど、昔に比べれば良くなったんだ。高価格のおかげかもね。いや、日本が貧しくなってコンビニすら高価格になっちゃったのかな」
コンビニが高くなったのではなく日本が貧しくなったという話はなかなか面白い。あくまで久保田さんの意見で反発もあるだろうが、長くコンビニをやってきて、30年を経て変わってしまった社会に対する実感は参考になる。昨年の有料化1ヶ月の大手コンビニ3社の調査ではレジ袋の辞退率は有料化前の3割から7割となり、業界の2030年の6割という目標をたった1ヶ月で実現してしまった。セブンイレブンが75%、ファミリーマートとローソンが76%である。久保田さんの言う通り購入点数がもともと少ないコンビニ購買層というのもあるだろうが、単価の高さがマイバッグ、エコ意識の高い層とリンクしている部分もあるのかもしれない。久保田さんが言及する困った客だってエピソードとしての一部であり、実際はむしろ客筋はよくなった、ということか。
「コンビニは時間を売ってる部分もあるからね、店でだいたいのことができる。高いけど、近所の業務スーパーじゃ埋めきれない部分もあるし、現役のサラリーマンはやっぱりコンビニ使うよね。あと富裕層の高齢者ね、年金暮らしだけど余裕があるって人」
スーパーの隣にあっても、商店街のど真ん中にあってもコンビニが価格競争の一点のみで潰れることは少ないだろう。PB(プライベートブランド)の魅力もあるだろうが、やはり便利とそれに伴う時間が購入できるところが大きい。コロナ禍、その優位性はさらに増している。高齢者に関しては10年前からコンビニ各社は現役世代だけでなくシニア層にターゲットをシフトしている。「コンビニは若者文化」なんて今は昔だ。
「だからレジ袋の有料はもう心配してない。でもスプーンの有料化となるとわかんないね」
コンビニは社会の縮図だよ
2021年3月9日、小泉進次郎環境大臣の肝いりで「プラスチック資源循環促進法案」が閣議決定された。コンビニで無料だったプラスチック製のスプーンやフォークを有料化することでレジ袋同様、プラスチックごみを抑制するのが狙いだ。小泉環境相は「自分でスプーンを持ち歩く人が増えていく。こうしたことでライフスタイルを変化させていきたい」と豪語しているが、久保田さんは首をかしげる。
「コンビニ弁当って職場はもちろん、車内で食べる人も多いからね。運送会社の人とか、サラリーマンが営業車の中で、とか」
コンビニの主力はやはりお弁当だ。このコロナ禍で外食を避ける傾向も強くなり、いわゆる「コンビニごはん」として売り上げを支えている。しかしレジ袋同様、そこにも国はメスを入れた。
「だから弁当容器も一部は紙になる。それはいいけど、スプーンやフォークは読めないね。忙しい客はレジ袋なんかいらないで弁当片手に出ていくけど、カレーやチャーハン、麻婆丼にスプーンは必要でしょう。本当に携帯するようになるかなあと。だからスプーンやフォークも紙にするって話だけど、しばらくは無理かもね」
時間と便利を買ってる分、いちいち毎日スプーンを持ち歩くかという久保田さんの疑問はもっともだ。SNSではプラスチック製スプーンやフォークの有料化に否定的な意見が目立つが、調査会社によれば49.3%が賛成というアンケート結果も出ている(日本トレンドリサーチ調べ)。環境問題とは地味に格差問題でもある。
「それで弁当の売り上げが下がるなんて思ってないけど、いちいちまた聞くことが増えるのが面倒だよね。ポイントカード、レジ袋にスプーンやフォークの有無まであのビニールカーテンとマスク越しに聞くわけで。ほんと仕事とはいえうんざりだよ。ほとんど紙製にするって話だから、それまでは去年のレジ袋の時と同様、面倒かもね」
コンビニ各社は今回の法案を受けて順次、プラスチック製品を紙にするという。スプーンも紙製で質のいい商品はすでに市販されている。
「別にしたいわけでもないのに上から降ってくる。まさにコンビニは社会の縮図だよ」
現場のことなど考えず、パフォーマンス優先とばかり勝手に上から降ってくる。なんだか大きな話になったが、久保田さんの言いたいことはわかる。口ぐせの「うんざり」も減りそうにない。久保田さんは30年以上、コンビニの歴史とともに人生を歩んできた。昔はレジの横にアイスクリームケースが置かれていた。筆者はあれが大好きで部活帰りに買ったものだと話すと嬉しそうに当時を振り返ってくれた。
「あのころはミニスーパーみたいなもんで気楽だった。いまや公金扱うどころか店内にATMがある。自分の店が小さな町みたいになるなんて想像しなかったよ」
コンビニは現代のコンパクトシティだ。彼らこそ都市の生活インフラの最前線を守っている。しかしそこは社会の縮図であり、社会の空気やその変化を真正面から受ける。コンビニが生活空間の一部になっているからこそ、客はその赤裸々な「人間の本性」をありのままにさらけ出す。そうしてエッセンシャルワーカーは、ときに社会のサンドバッグとなる。
「とにかく嫌なのが、レジ袋にしろスプーンにしろ、そういう切り替えの時の客の文句なんだよ。ほんとごく一部なんだけど、メンタルやられるんだ。ほとんどの客はそんなことないんだけど、数人ヤバいのがいると普通の客ぜんぶ頭から吹き飛んじゃうんだよ」
なるほど、ネットで多数の称賛や賛同を得ても、数人の誹謗中傷ばかりに目が行ってしまうのと似たような感じだろうか。ともあれ、レジ袋にせよ、これから始まるスプーンやフォーク、ストローといったプラスチックの有料化は店員の責任ではない。そんなところで憂さ晴らしの因縁をつけて日ごろの鬱憤を晴らす輩、彼らこそ、このコロナ禍の社会の分断と、勝手な政府のパフォーマンスに加担する張本人だ。そしてエスカレートするプラスチックの排除 ―― プラスチックを使わなければ代替物により廃棄物が30%増えるというアメリカの大学研究グループによる報告や、代替の新素材による環境汚染がより進むというイギリスのシンクタンクによる警告もある。それは本当に効果的なのか、小泉環境相のパフォーマンスとは別にいま一度、そのエビデンスを冷静に再検証すべきと思うのだが ―― 。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、新俳句人連盟賞選外佳作、日本詩歌句随筆評論協会賞評論部門奨励賞受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)、近日刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太に愛されたコミュニスト俳人 』(コールサック社)