プーチンの目的は失われたソ連時代の版図を奪還することだ/倉山満

―[言論ストロングスタイル]―

◆世にも恥ずかしい「ロシア経済分野協力担当大臣」など廃止してしまえ!

 敵国が侵入、国の方々で火の手があがった。情報は錯綜している。戦いの初動においては、当たり前の状況だ。特に、侵攻する側が用意周到に準備している場合には。という状況で原稿を書いている。言うまでもなく、ロシアのウクライナ侵攻の話だ。日本にとっては対岸の火事だが、対岸の火事で済んでいる間に対策を講じねば、明日は我が身だ。ならば、どうする?

 最も簡単で、岸田文雄首相がその気になれば、1時間で実行可能な方策がある。「ロシア経済分野協力担当大臣」の廃止だ。本来ならば、この原稿が届く頃には実行完了しておかねばならない話だ。世にも恥ずかしい「ロシア経済分野協力担当大臣」など廃止してしまえ! その程度のことができずに、他に何ができる?

◆周辺諸国の靴の裏を舐め続けた安倍外交の象徴

 ’16年、安倍晋三内閣で設置され、世耕弘成初代大臣以降、経済産業大臣が兼任するのが通例で今に至っている。要するに、ウラジミール・プーチンに経済協力をチラつかせれば、北方領土の一つや二つ返してもらえないかと淡すぎる期待を抱いた安倍内閣が設置した大臣だ。大臣の名前に友好国ですらない外国の名前をいれるなど、恥ずかしいことこの上ない。すべての周辺諸国の靴の裏を舐め続けながら世渡り上手を気取った、安倍外交の象徴だ。

 岸田内閣は米欧と協調、即座に対露経済制裁を発動したと胸を張るが、「ロシア経済分野協力担当大臣」をそのままにしていたら本気を疑われるだろう。もっとも、日本人はこんな恥ずかしい大臣がいることなど知らないだろうし、ロシア人で知っている人間などもっといないだろう。

◆プーチンの目的は失われたソ連時代の版図を奪還

 百歩譲って、この大臣を廃止できないとする。仮にロシアが圧力をかけてきたら完全な内政干渉だ。ロシアに何か言われても、「実務は経済産業大臣が行う」と伝えておけばいい。

 だいたい安倍内閣は、なぜプーチンと領土交渉などしたのか。北方四島中一島も返ってこないどころか、過去に積み上げた成果も台無しに、勝ち取った言質すらも否定された。挙句の果てに、ロシアは憲法改正で「領土割譲の禁止」すら制定した。今やロシア国内で日本の北方領土を返せと議論する空気など皆無だと聞く。それはそのはずだ。プーチンは、失われたソ連時代の版図を奪還する気満々なのだ。たかがゼニカネの話で、太平洋への出口であり、核ミサイルを設置するカムチャツカ半島の「門」の位置にある、地政学的な要衝の北方領土を返してくるなどありえない。

 なぜ安倍内閣がプーチンと交渉しようと考えたのか正気を疑うが、岸田政権は過去の過ちと決別すべきだろう。一刻も早く「ロシア経済分野協力担当大臣」を廃止せよ!

◆国際社会では、いまだ米中に次ぐ世界第三位の大国はロシア

 そもそも日本人は、最近は米欧も、プーチンとロシアを見誤っているのではないか。明々白々な誤謬が、「日本が大国で、ロシアが小国だ」との認識だ。理由は、日本は世界三位の経済大国、ロシアは韓国と同レベルのGDPしかない、ということらしい。いつから経済が大国の指標となったのか。少なくとも経済は、大国の指標の一つにすぎないはずだ。もし経済だけが大国の指標ならば、スイスやルクセンブルクを大国扱いする国が無いのはどうしたことか。

 さらに言うなれば、軍事力無き経済大国など、カツアゲの対象にすぎない。国際社会の冷厳な現実は、ロシアはいまだに米中に次ぐ世界第三位の大国であり、ヨーロッパ諸国が束になってかかっても構わない。一方で日本は、国名ではなく、地名として存在するだけだ。

◆大国とは、自分の運命を自分で決められる国

 大国とは、「その国の言うことを聞かねば国際秩序が成立しない国」のことである。言い換えれば、自分の運命を自分で決められる国のことである。それを裏付ける力とは、突き詰めれば軍事力である。だから、多くの国々が核兵器を持とうとする。特にロシアは冷戦敗北とソ連崩壊、そして’90年代のバルカン紛争で受けた屈辱を跳ね返したいと臥薪嘗胆、そうしたロシア人の願望がプーチンを独裁者に押し上げた。

 皆が忘れているが、政権獲得後のプーチンは連戦連勝である。ソ連崩壊後に腐敗を極めた財閥(オリガルヒ)を粛清、自分に忠誠を誓う政商だけを生き残らせた。その筆頭がガスプロムである。プーチンはガスプロムの“企業舎兄”であり、この会社の最大顧客は中国である。プーチンは徹底したリアリストなので、自分より強い相手には徹底的に媚びへつらう。だから、中国には徹底して低姿勢だ。逆に、自分より弱い者は歯牙にもかけないし、反抗すれば徹底的に叩きのめす。政権獲得の景気づけに叩きのめされたのが、チェチェン人だ。前世紀は徹底的に反抗したチェチェン人も、プーチンの弾圧の前に沈黙した。

◆オリンピックがあると侵略戦争を始めたくなる性癖があるのか

 プーチンは、オリンピックがあると侵略戦争を始めたくなる性癖があるのかと疑いたくなる。

 ’08年、夏の北京五輪の最中に、グルジアに侵攻した。プーチンの留守中に腹心のメドベージェフがやったと宗主国の中国にいい訳でもしたのだろうか。

 ’14年、冬のソチ五輪の最中に、クリミア半島を掠め取った。開催国は自分なので、誰に遠慮することも無い。ちなみに、このあからさまな侵略戦争に対し日本は、「北方領土交渉が控えているので刺激するのはやめよう」との態度で、中途半端に経済制裁に加わった。

 そして’22年、冬の北京五輪が終わった直後に、ウクライナへの侵攻作戦を本格化させた。軍事的動員と兵站の限界、そして中国のメンツを考えると、パラリンピックが始まるまでに作戦を終わらせたいのだろう。

◆プーチンは自分より強い米中二国しか見ていない

 もう一つ、プーチンが気を遣うのはアメリカだ。プーチンが周辺諸国への侵攻を始めた時の大統領は、ブッシュ(二代目)、オバマ、そしてバイデン。トランプの時だけは躊躇した。理由は明らかだ。トランプは何をしでかすかわからないからだ。国際政治において、「こいつは気が狂っている」と思われるのは、必ずしも損ではない。

 要するに、プーチンは自分より強い米中二国しか見ていない。ヨーロッパなどアメリカ抜きでは、グルジアでもクリミアでも、プーチンの侵攻の前になすすべが無かったから、相手にされなくても仕方あるまい。

 さて、我が国もこれを奇貨として、防衛費倍増くらいしてはどうか。

 まずは変な大臣の廃止だ。

【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。著書にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、9月29日に『嘘だらけの池田勇人』を発売

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