ホームランは無理?!では、「ヒット商品」はどう作る?/金森 努

イノベーティブな商品・サービスを世に送り出し、一気に「キャズム越え」を狙いたい。誰しも考えることではあるが、なかなかそれは、ままならぬ。では、2011年をどのように戦えばいいのだろうか。
■確実なヒットが求められる
  2010年に「キャズム」を超え、大ヒットとなった商品といえば、日経MJヒット商品番付2010年の東の横綱・「スマートフォン」が上げられるだろう。サービスでは、2009年に既に西の小結に選ばれてしまっているが、本格的な普及段階という意味では、筆者としては「Twitter」を推したい。しかし、イノベーションを生み出し、普及させるのは「ホームラン」を放つに等しい。日々、ビジネスの打席に立つなら好機に一発を狙うことを諦めてはいけないが、低成長な経済環境では確実なヒットも積み重ねなくてはならぬ。では、どうすれば「選球眼」が養えるのだろうか。
■ヒットを打つためには
 確実にヒットを打つには、まず、世の中と顧客の変化をつかみながら、競合の動きを見逃さず、自社の強みを最大化することである。概念的にいうと難しく感じるかもしれないが、多くの企業が行っているチャレンジである。大切なのは、それを意識的に、ツボをおさえて行うことだ。日経新聞の記事にいくつか興味深い記事が掲載されていたので、それを例に検証していこう。
■高級コンパクトデジカメの狙いは?
 1月1日の日経11面は今年市場に投入される「新顔家電」の特集だ。その1つに「高級コンパクトデジカメ 高解像度のプロ仕様」とある。記事では<コンパクト型の高級志向も強まりそうだ>との予測が示されている。コモデティー化が進み、プロダクトライフサイクル(PLC)は成熟期。シェア確保のための競合と競争が激化して、カテゴリー全体で価格下落に歯止めがかからない。その外部環境・競合環境への対応である。春に発売されるという富士フイルムの「Fine Pix X100」は価格が12~15万円の見通しだという。<一眼レフと同サイズで、1230万画素の画像センサーを搭載><高級ガラスレンズを使用したプロ向け仕様>だとある。
 商品の仕様以上に特徴的なのは、極端に絞り込んだターゲットとポジショニングだ。記事にある同社役員のコメントによれば、<「プロカメラマンの意見を集約して開発した。一眼レフの代替ではなく、機動的に撮影できるサブ機としての利用を想定している」>という。ターゲットはプロカメラマン。しかし、それではいくら何でも狭すぎるので、プロをイメージターゲットとして、ベースターゲットである、セミプロフェッショナル(もしくは、ハイアマチュア)への波及効果を狙っている。ポジショニングは、「サブ機」と明確だ。
 デジカメを手に入れることで実現したい中核的な便益は「デジタルで写真がきれいに撮れること」である。それを実現するものは、「画素数」だ。それを実現するのは、「コンパクトで手軽なボディー」や「いいレンズが搭載されていること」というような要素だ。さらに、中核の実現と直接関係はないが、商品の魅力を高める付随機能はといえば、ネットワークに接続して瞬時にBlogやSNSにアップできる機能などが最近は開発されている。そのようにPLCが進むほどに、勝負のしどころは本筋ではない、付随機能の戦いとなってくるのだ。
  「Fine Pix X100」はデジタルカメラの「製品の価値構造」をもう一度見直して考えていると思われる。サイズは一眼レフと同サイズ。商品写真を見るとレンズ口径が大きい。一般に写真のキレイさはレンズ径の大きさと比例関係にあるといってもいい。コンパクトデジカメでありながら、コンパクトさよりレンズが大きくキレイな写真が撮れることを選んだ形状を持った商品だといえる。つまり、ターゲットを絞り込んでポジショニングを明確にすることによって、勝負のしどころを付随機能ではなく、実体である「レンズ」に集中して価値を高めているのだ。記事ではオリンパスも高級コンパクトデジカメへの参戦を表明しているという。
■「エコ」なコピー機の戦略は?
 コモデティー品といえば、オフィスでは「コピー機」がその代表格だ。「複写ができる」という中核は当たり前で、今日のオフィスで稼働しているのは、ファックスもプリントアウトも、スキャンもできる「複合機」になっている。それを実現する実体も、速さ、キレイさ、節電機能などはもはや当たり前。勝負のしどころは、サービス・メンテナンスのよさに移っている。しかし、サービスレベルの向上には限界があり、人が動く部分であるためコストも幾何級数的に高くなっていく。
 同紙14面の「日進月歩の技術革新」という記事では、「事務機 機能毎に通電制御」というタイトルがある。商品写真には「機能別に通電制御が可能な富士ゼロックスの複合機」という説明が添えられている。つまり、前項の高級コンパクトデジカメ同様に、「節電機能」という実体価値を再定義したわけだ。背景にはエコロジーの高まりと、企業のコスト低減化という市場環境がある。富士ゼロックスの「アペオスポート」は従来機が節電/解除を機械全体で行っていたものを、機能毎に4分類した結果大幅に節電解除時間を短くし、消費電力を約7割削減できるという。
 エコとコスト削減のため、節電機能はもはや当たり前。しかし、機械がウォームアップするまでの時間は何ともイライラする。しかし、ユーザーはそれが「当たり前」と思って我慢してしまうようになる。結果的に、トラブル時の対応スピードなどに目が行く。その「当たり前」になってしまっているものを、見直し、細部まで分解して価値を高める工夫には学びたい。
■「当たり前」から「引き算」して生まれたLCC
 「当たり前」と思いがちなものを見直すには、一度自社のバリューチェーンを「引き算」してみることも有効だ。元旦の日経記事にもあちこちにキーワードとして頻出していたLCC(格安航空会社)。昨年、全日空が参入を決め、中国の春秋航空が茨城空港に就航、マレーシアのエア・アジアXが羽田空港に就航して話題になった。通常の航空会社が客室内のサービスを「フルサービス」で提供するのに対し、徹底した省略を行う。
 機内サービスだけではない。→→→ という、航空会社のバリューチェーンの細部にわたって見直し、「高効率化のための引き算」を行っている。まず、調達機体は統一。顧客ニーズや路線に応じた機体の多様性は引き算だ。その結果、調達条件交の有利さや、全路線での使い回による運行効率や、メンテナンスも効率化えきる。航空券の販売はウェブサイトでの予約を中心として中間マージンを引き算だ。運行は機体にできるだけ多くの客席を作って、低廉な価格で客を集めて搭乗率を高め、高回転で機体を回していくという運行が基本となっている。
 上記のような航空会社は、以前なら誰しも考えも付かなかったが、米・サウスウエスト空港やアイルランドのライアンエアーが確立したモデルは国際的にはすっかり定着化して、今、日本市場にも変革をもたらそうとしている。
■環境の変化と顧客ニーズの変化が「引き算」のカギ
 では「引き算」は何を基準に行えばいいのか。昨年12月29日の記事に「ヨーカドー・イオン セルフレジ導入拡大 電子マネー普及が後押し」という記事が掲載された。<ヨーカドーは2012年春までに全体の1割強にあたる20店前後に拡大。イオンは来春までにグループのスーパー(約1,500店)の2割強で使えるようにする>とある。
 世の流れは少子化高齢化・少人数世帯化が加速している。都市部集中も進んでいる。それに対応して、スーパー各社は都市部に小型店舗を投入する。コンビニエンスストアも生鮮品を取りそろえたり、生鮮コンビニを新たに出店したり既存店を転換したりしている。コンビニの武器は、コンパクトな店舗と、とりあえず必要なものが揃う品揃えだ。コンビニが競合として浮上してくる。
 スーパーにおける顧客のニーズ、及びニーズギャップは何か。次第に増えてくるのは「買い物は少量しか買わない」という顧客だ。そこに「少ししか買わないのにレジに並びたくない」「コンビニ並みにスピーディーに買いたい」というニーズが発生する。そこで、バリューチェーンにおける「レジ精算」というプロセスを「引き算」するのである。元々は、スーパーも「清算後に購入商品を袋に入れて顧客に渡す」というプロセス省略し、購入品をカゴに入れたままレジ袋と共に渡すという「引き算」を行っているのだ。再度、市場の変化と顧客のニーズに注目してバリューチェーンを変更しても、いけないことはなにもない。
 各社・各業界が各様のチャレンジを行っている。それは、ホームランは無理でも、ヒットを出すための工夫だ。市場環境は刻々と変化している。その変化球をヒットにせずに、見送りばかりしていたら、「アウト」になるのである。

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