ポストグローバル時代、日本こそ世界の手本になれる

人々を不幸にし始めたグローバル化、効率と速さはもういらない
 世界がグローバル化へ邁進しているのに、日本はその流れに完全に乗り遅れてガラパゴス化してしまっている。このままでは日本は世界から取り残されてしまう。とは、日本でよく耳にする批評である。ジャパン・バッシングからジャパン・パッシング、そしてジャパン・ミッシングへ。日本が世界のなかで孤立化の度合いを強めているのは事実だろう。
グローバル化は良いことばかりではない
 ただし、単純にグローバル化の波に身を任せれば良いというのは間違いである。
 確かにグローバル化することで世界経済は効率化が進み、いままで高くて買えなかったものが安く手に入るようになった。
 しかし、その一方で私たちは大切なものを失っているのではないか。
 すでに欲しいものはほとんど手に入っている先進国の人々にとって、これ以上の効率化は自国の産業を中国をはじめとした発展途上国に譲るだけで新しい付加価値を生み出さなくなっている。
 だとすれば、グローバル化の流れには堰を設けて流速を緩和したりバイパスを作って別の方向に流してやることが必要ではないか。
 そう唱えている人がいる。ニューヨークと東京を主な活動拠点としている世界的な米国人アーティスト、アレクサンダー・ゲルマン氏である。
 ゲルマン氏は地方の優れた文化を掘り起こしてそれを世界に紹介していく「ポストグローバル」という概念を打ち出している。
 彼の作品は世界中広く紹介されており、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、米国国立デザイン博物 館などが収蔵している。
 2001年、ニューヨーク近代美術館はアレクサンダー・ゲルマン氏を「あらゆるメディアにおいて世界で最も影響力のあるアーティストの1人」として紹介している。
 著書は世界的なベスト セラー『Subtraction』などのほか、日本国内で出版された『アレクサンダー・ゲルマン:ポストグローバル』(PHP研究所、2009年)がある。
 ゲルマン氏は言う。「グローバル化に取り残されているかもしれない日本こそ、ポストグローバル時代の中心になれる可能性がある」。
 7月6日から羽田空港第2旅客ターミナルのディスカバリー・ミュージアムで開催されている特別企画展「ポストグローバル」のために来日したゲルマン氏に、日本の未来と可能性を聞いた。
川嶋 私たちJBpressは「世界の情報を日本へ、日本の情報を世界へ」という情報のグローバル化と同時に、「日本の優れた地方文化や産業を掘り起こして紹介し地方活性化のお手伝いをする」という理念を掲げて2008年に創業しました。
 ゲルマンさんの唱える「ポストグローバル」と考え方が非常に近いと思っています。そういうこともあって、ゲルマンさんには一度お話をお聞きしたかった。
日本の地方には宝の山が眠っている
ゲルマン まさしく、あなたたちの活動はポストグローバルの考え方そのものだと思いますよ。大変素晴らしい。
 地方の優れた文化も地方にだけとどまっていては宝の持ち腐れですし、新しい展開は見えてこない。世界に紹介され刺激を受けてこそ文化は発展するのです。
 日本は非常に優れた伝統文化が地方に眠っていると思います。宝の山です。それと近代的なものを結びつけると、世界中の人が驚くような芸術ができると思っています。
川嶋 ポストグローバルという考えは、行き過ぎたグローバル化への反省が込められていると思います。まずそこのところをお聞きしたいと思います。グローバル化の問題点はどこにあるのでしょうか。
ゲルマン 米国生まれの大量生産・大量消費の文化が100年以上にわたって世界に強すぎるほどの影響を与えてきました。
 もちろん利点は多い。車も家電製品も住宅もどんどん安くなって人々の生活は豊かになりました。そに中国やインドという人口の大変多い国々まで参加するようになって、グローバル化の流れは一気に加速しています。
 ますます製品やサービスの価格は下がっていくでしょう。しかし、日本や米国など先進国の人々にとって、これ以上の価格低下は必要なのでしょうか。
 身の回りにはモノがあふれていて、本当に欲しいモノは少なくなっています。むしろ、これ以上の価格低下は自分たちの生活を破壊する危険性を秘めています。
ゲルマン もの作りは中国などの発展途上国に移って、先進国の産業は失われていきます。その結果、先進国では新規の雇用を生み出せなくなっている。いまやグローバル化は先進国にとって破壊者になり始めているのです。
 もう1つ例を挙げましょう。
 リーマンショックは米国の金融機関の失敗から起こりました。欧米の銀行は連鎖的に大きな被害を被りました。しかし、日本の銀行はとても保守的で慎重だったので、被害は小さいはずでした。
 ところが、実際にはリーマンショックの影響から逃れることができなかったばかりか、経済発展という意味では最も大きな影響を受けてしまいました。どこかで経済が減速するとそれが連鎖的に広まってしまう。これがグローバル化した経済の欠点です。
安さと速さ、効率性を求めることにはもう飽きた
川嶋 その流れを食い止めるにはどうすればいいのでしょうか。
ゲルマン 過去200年間、政治や経済のグローバル化が進むなかで文化は重視されてこなかったと思います。しかし、これからは文化が果たす役割はもっと大きくなるはずです。
 そして、人々は特に意識しなくても「カルチャー」を志向するようになるはずです。グローバルな大量生産は均質な製品を作りますが、それは人々の飢えを満たすためのものでした。
 しかし、先進国の人々はもはや飢えを満たす以上の満足や刺激を求めています。「もっと多く」ではなく、少なくてもいいからユニークで特別なものがいいのです。
 例えば、日本の懐石料理は美味しいだけではなく、見た目の美しさという刺激がありますよね。器も素晴らしい。清々しい料理にはそれにぴったり合ったお皿で饗される。
 満たされた人たちは「こだわり」を持つようになります。コーヒー好きの人がスターバックスに飽きたらイリーにするという手もありますが、こだわりのある私は違うものを選びます。
ゲルマン 私は、日本人のある友人がローストしたコーヒーを飲んでいます。彼はブラジルで特別に栽培したコーヒー豆を買い付け、静岡県の伊豆半島で独自の手法でローストしています。このコーヒーは表現のしようがないほど美味しい。
 これが「カルチャー」なのです。
 その土地に固有の文化というだけではなく、それが世界に広がって果てしなく輝いていく。例えば、私はサイクリングが大好きですが、サイクリストの間には独特のカルチャーがあり、世界中のサイクリストたちがお互いに刺激し合っている。
 また、テクノDJのカルチャーというものもある。ある一定の数の人たちが何かを積極的に実践していることがカルチャーなのです。
間、侘び、寂び・・・日本にしかない優れた文化
川嶋 多彩な自然にあふれた日本は文化の宝庫だと私も思います。それを地方にとどめるのではなくて、世界とつなげる。そこに新しい発展があるというわけですね。
 日本にはサブカルやオタク文化もあります。こちらも同じようにとらえていいのでしょうか。
ゲルマン オタクとはちょっと違います。オタクは何かに強く思い入れを持って、ある意味不健全な側面もあると思っています。1つのものに飽きたらまた別のものに取り憑かれたり・・・。
 文化、カルチャーはもっと深いものがあり、進化し続けるものです。例えば、懐石料理のシェフは伝統を守るだけではなく、時代をきちんと読んで常に新しいことを考え、イノベーションを起こしているでしょう。
 食文化以外にも日本には世界にアピールできるものがたくさんあります。特に視覚的な繊細さや感性は世界が学ぶべきものです。
 「間」や「侘び」「寂び」といった感性も世界のほかの文化には見られないもので、世界の文化の進化に貢献できると思います。
 こうした日本の文化の素晴らしさをもっと知ってもらいたくて、私は2009年に英語ではなく日本語で『ポストグローバル』という本を出したのです。
川嶋 間や侘び、寂びの世界ですか。非常に単純化した日本文化の特徴ですね。余計なものを剥ぎ取って本質だけをピュアに見せようとする。
ゲルマン そうです。そういう文化は日本以外にはあまり見当たらない。そして、時間という軸も大切です。米国型の効率を追求する文化は、「いかに速く」が重要なキーワードでした。
 しかし、日本はむしろ時間をゆっくりかけて熟成させて余計なものを少しずつ抜いていくという文化があります。欧米型の文化が足し算の文化だとすれば、日本の文化は引き算の文化だと思うのです。
 ニューヨークでは何でも速くこなすことが良いこととされます。経済でも速く、安く、というのがメリットです。これに対して、日本の伝統的な漆器や墨などはとても時間をかけて作りますよね。
 墨の職人は墨を乾かすために灰を使いますが、何十日から数カ月間も毎日毎日その灰を変えながらゆっくり時間をかけて乾かしていく。相当な重労働になりますがそれを全く惜しまない。
 私にはもう十分乾いているように見えても、もしここで手を抜けば100年後にひびが入るかもしれないと、ある職人は私に言いました。
 100年単位で物を考えるような時間の捉え方が日本にはある。こうした文化の違いを世界の人々が互いに理解し、評価するようになることが私の望みです。
 文化というのは、美術館の中にはありません。美術館に入った文化はただの標本であって、ガラスケースの中に入ったとたん死んでしまいます。
 生きた素晴らしい日本の文化と世界がコラボレーションして新しいものを生み出す。これこそ日本がいま求められていることだと思います。日本は決して沈むいく国ではなく、チャンスが世界で最もある国だと私は思います。
筆者:川嶋 諭

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