マッサンのマーケ的に一見「誤った」

●マーケティングを考え直す格好の材料

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NHK連続テレビ小説『マッサン』が終わってしまいましたね。毎 回、欠かさず見ていた筆者にとっては寂しい限りです。ニッカウイスキー【編注:「イ」の正式表記は歴史的仮名遣い】創業者であるマッサンこと竹鶴政孝と、 サントリー創業者である大将こと鳥井信治郎との対比は大変興味深く、マーケティングの有効性や限界などを改めて考えさせられました。

●マッサンの行動

スコットランドでウイスキーづくりを学んだマッサンは、日本に戻り、本場のスモーキーフレーバーという香りにこだわった本物のウイスキーづくりに情熱を注 ぎます。しかしながら、ウイスキーに慣れていない当時の日本人にとってこのフレーバーは煙くさいと不評で、販売も順調に推移しません。しかも、スモーキー フレーバーへのこだわりは高コスト要因で価格も高くなってしまうありさまでした。ちなみにその後、紆余曲折があり、最後には成功を収めるというストーリー でドラマは終わります。

●大将の行動

一方、大将は本物であるか否かは二の次で、当時の日本人の嗜好に合わせた飲みやすいウイスキーづくりを実践します。また、商品の広告活動にも極めて積極的で大きな成功を収めています。

●マーケティング的考察

では、マッサンと大将、どちらが優れているのでしょうか?

マーケティング活動の目的は顧客満足の最大化ということで、広く認知されています。そのために、マーケティングリサーチなどを実施、消費者ニーズを把握 し、そうしたニーズに見合う製品を開発する。さらに、つくって終わりではなく、消費者への広告活動も重要なポイントであると指摘されています。

こうしたマーケティングのセオリーと照らし合わせれば、マッサンはダメで大将は正しいと簡単に決着がついてしまいます。

●顧客満足を超える、顧客に挑む

ずいぶん昔になりますが、世界的に著名なスイスの時計メーカーであるSwatchの当時のトップが、当社のポリシーは顧客を満足させることではなく、顧客 を刺激することと語っていました。こうしたポリシーのもと、他社の商品と差別化された斬新なデザインの商品が誕生しています。

また、日本メーカーは非常に優秀で適正な価格で、顧客ニーズに合わせた商品をつくることに長けているものの、裏を返せば、なんとか顧客から合格点は得るこ とができる程度のレベルにとどまってしまい、高い満足度に基づくロイヤルティの獲得までには至らないケースが多いという指摘もあります。

こうした視点から捉えると、マッサンの行動は簡単に否定できるものではないでしょう。ドラマの中で戦後の日本において数多くのウイスキーメーカーが乱立 し、激しい競争が展開されるシーンがありましたが、そうした競争をかいくぐり、長きにわたり存続できた大きな要因は、創業者であるマッサンの執拗なまでの 本場のスモーキーフレーバーにこだわった行動が、他社との差別化につながったからではないでしょうか?

筆者は、巷にあふれるブランド構 築法のようなものには否定的ですが、今回のように創業者が強い信念を持ち、その達成に向け、組織一丸となり長きにわたり努力を続けた結果は、他社が簡単に 真似できるはずもありません。決してお手軽な方法ではありませんが、ブランド構築法と呼べるかもしれません。

もちろん、大将の行動が マーケティング・セオリー通りのありきたりなものであるとは思いません。例えば、水を売ることは難題といえます。機能的価値で差別化する余地は極めて少な く、「それらしい商品名を付け、大々的に宣伝」「ペットボトル容器の工夫」「おしゃれなグラスをプレゼント」などが関の山といったところでしょう。

しかしながら、昨年夏の「サントリー天然水」のキャンペーンでは、かき氷の名店「埜庵(のあん)」監修の特製かき氷サーバーとシロップのセットが当たると いう懸賞施策が展開されており、「さすが、サントリー。市場拡大およびブランド訴求の視点からも素晴らしい」と感心しました。「なるほど、水を買うなど、 せこくて保守的な消費者である筆者にとっては普段絶対にありえないものの、かき氷など特定の用途ではありかもしれない。さらにその後、時の経過とともに日 常的に水を買うことへの抵抗感も薄れていく可能性もある」と。

こうした現在のサントリーのキャンペーンも、顧客志向を大切にしながら、斬新な戦略を積極的に展開し続けた大将の“やってみなはれ”DNAにより、実現しているのではないでしょうか。
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)

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