今春頃から自動車関連雑誌などでしばしば特集が組まれるなど、前評判の高かったマツダの小型車「デミオ」の新型発売がカウントダウン段階に入った。
マツダは7月17日、約7年ぶりにフルモデルチェンジした新型デミオの生産を開始すると共に、今秋から国内販売すると発表した。同社独自の自動車技術「スカイアクティブ」を全面的に採用したモデルとしては、12年2月発売の「CX-5」以来、「アテンザ」「アクセラ」に続く4モデル目。新型デミオシリーズの中で、自動車ファンの関心を一番集めているのが排気量1.5リットルのディーゼルエンジン搭載タイプ、通称「デミオDE」だ。
1.5リットルディーゼルエンジンは同社が新型デミオ向けに新開発したエンジン。スカイアクティブによるディーゼルエンジンとしては既存の2.2リットルに続く2番目となる。マツダは「2.5リットルガソリンエンジン並みのトルクフルな走りと優れた燃費」を強調している。走りの最大トルク【編註:自動車のタイヤを回す力を示す指標】は250N・m(ニュートンメートル)。このトルク数はアテンザなどが搭載している2.5リットルガソリンエンジンと同じだ。
また、燃費については軽油1リットル当たり約30kmの走行距離を実現している。これはトヨタ自動車の小型ハイブリッド車「アクア」(37.0km/リットル)やホンダの同「フィット」(36.4km/リットル)に迫る燃費性能。しかも、軽油はガソリンより安い。実際、「燃費ランキング」などを掲載している燃費比較サイト「e燃費」の「リアルタイムガソリン価格」(7月31日8時時点)によると、レギュラーガソリンが161.4円/リットルに対して軽油は136.6円/リットルで、軽油はレギュラーガソリンより15.4%も安い。
燃費性能では小型ハイブリッド車に若干劣るものの、その差は「1000km単位の燃費で比較すれば、燃料費の安さで十分補える」(自動車業界関係者)という。
デミオDEの価格も170万円程度になる見込み。国内で販売中のディーゼル車で、200万円を切るのはデミオDEが初めてであり、170万円程度の価格は「アクア」「フィット」並みの水準。マツダ関係者は「燃料費の安さで小型ハイブリッド車に対抗できる価格設定にした」と種明かししている。
ガソリン価格の高騰が続く中、割安な軽油を燃料にするディーゼル車の需要が拡大している。ディーゼル乗用車の国内販売は、11年は9000台規模だったものが、13年は約7万6000台と急拡大している。自動車業界筋は「デミオDEの登場で、ユーザにとっては小型車クラスの選択肢が広がった。このクラスの『ハイブリッド車優勢』を脅かす存在になるのは間違いないだろう。同時にディーゼル乗用車市場拡大の牽引役にもなるだろう」と評価している。
デミオDEの前人気で注目を集めるマツダだが、業績面でも株式市場からの人気が高まっている。同社が4月25日に発表した14年3月期連結決算の純利益は前期比4.0倍の1356億円となり、6年ぶりに過去最高益を更新し、営業利益も同3.4倍の1821億円だった。さらに15年3月期の連結純利益も前期比18%増の1600億円の見通し。見通し通りとなると、2期連続の過去最高益更新となる。
12年3月期まで4期連続の最終赤字に沈んでいた低迷ぶりを思うと、予想外の業績V字回復といえるが、「業務改革の成果が出てきたのと、スカイアクティブ採用モデルの増加などで市場競争力が強まったのが要因」(証券アナリスト)と分析される。
●「モノ造り革新」と独自の新型車開発方式
では、マツダの好業績は円安要因などによる一過性のものなのか、それとも内的要因による持続性のものなのか。
「モノ造り革新」。同社が06年から開始した全社的な業務改革を社内ではそう呼ぶ。この業務改革の土台になっているのが、10年先までの新型車をまとめて企画し、複数の新型車の車台や部品を共通化する「一括企画・コモンアーキテクチャ」と呼ばれる新型車開発方式だ。
新型車を開発する場合、ある新型車を企画し、その開発がスタートした後、また別の新型車の企画が始まる直列的企画が通常だ。企画・開発が時系列的に行われるため、最先端技術は開発中の新型車に採用できない事態もしばしば起こる。
これに対してマツダの一括企画では小型車、中型車、SUV(多目的スポーツ車)などの車種を一括し、さらに10年後にどのような技術が実用可能になるかを徹底的に見極め、先端技術実用化ロードマップを念頭に置いて企画し、設計する。マツダ関係者は「一括企画を開始した06年は、11―15年に発売予定の5年分の新型車8車種をまとめて企画した」と明かす。同社ではこの「一括企画第1号」の新型車群を「第6世代群」と呼んでいる。
また、一括企画により車台や部品の共通化が容易になった。例えば、エンジンやサスペンションなどを搭載する車台。従来の車台は4種類あったが、全体の設計思想や形状、溶接方法などを共通化、1種類にしてしまった。この共通化構造を同社では「コモンアーキテクチャ」と呼んでいる。
1種類の車台で小型車、ミニバンなど各種の新型車を開発する「車台のモジュール化」を採用している自動車メーカーは多い。だがマツダのコモンアーキテクチャは、このモジュール化とやや様相を異にする。同社の場合、1種類の車台で多種類の新型車を開発するわけではない。同社関係者は「車台は1種類だが新型車の長さ、幅、床の高さなどの変動要素に柔軟に対応し、車種ごとの個性や多様性を殺さずに設計しているのがモジュール化との大きな違い」と語る。
つまり、同社のコモンアーキテクチャは単なるモジュール化開発ではなく、「設計の基本思想に沿った『相似設計の部品』を使っているのが特徴。これにより車台が共通でありながら、各車種の個性を損なわずにいられる」(同)ことになる。
●フレキシブル生産が可能に
一括企画・コモンアーキテクチャの開始は、開発の期間短縮とコスト削減だけにとどまらない。設計段階から車を組み立てやすい仕組みを取り入れ、複数の車種を同じラインで組み立てる「フレキシブル生産」を可能にした。例えば、エンジン搭載ラインでは、従来は、小型車、中型車などの専用ラインに分かれていたが、シリンダーブロックの大きさが異なっても、エンジンを固定する穴の位置を統一するなどで、1つのラインにサイズの異なるエンジンを流せるようにしている。
フレキシブル生産が可能になった結果、車種ごとの専用ラインに比べ設備投資が減少する一方、ライン稼働率が向上した。また、販売が好調な車種を空いているラインで追加生産するなど、工場全体の生産性も高まった。
マツダはこうした一連の開発・生産の効率化とコスト削減により、車1台当たりの利益率が目に見えて改善、その成果が13年3月期の最終損益黒字転換となって現れ、14年3月期の過去最高益更新となって噴き出した格好となった。
マツダは15年度中に第6世代群の新型車をさらに5車種発売する予定だが、それと並行し、「現在は16年度以降の『第7世代群』の企画がヤマ場に差し掛かっている」(同社関係者)という。
●身の丈に合った成長
マツダの業績V字回復は、円安などの外的要因による僥倖ではなく、メーカーの原点に立った業務改革により、自らつかみ取ったものといえる。では、好業績持続に対する懸念材料はないのだろうか。
業界関係者は「昔のマツダは、例えば『ファミリア』のようにヒット商品を忘れた頃に飛ばす『一発屋』だった。それが今はヒット商品を連打できるメーカーに変わってきた。苦労してスカイアクティブという技術革新に取り組み、それを成功させた賜物だろう」と評価する。
一方、マツダ関係者は「昔のような退屈なクルマは、もうつくらない。個性的なクルマで自動車ユーザー全体の10%の熱狂的なマツダファンをつくり、それで世界シェア2%を維持してゆくのが当面の戦略。規模は追わず、利益率で業界トップクラスを目指す」と断言する。
米フォードとの提携関係が実質的に終わり、大きな後ろ盾のない「独立小国」となったマツダ。「身の丈に合った成長を図り、マツダファンの期待を裏切らないクルマづくりが最善の生き残り策」(業界関係筋)としてそれに徹している今、快走はしばらく続きそうだ。
(文=福井晋/フリーライター)