ミカンの食べ方を革命する 「有田むき」の秘密

冬の味覚の代表といえば、ミカン。

 好きな人は一日何個も手を伸ばしてしまうが、最近、ユニークなむき方が広まっているのをご存じだろうか。温州ミカンの主産地・和歌山の有田(ありだ)地方で行われている「有田むき」と呼ばれる皮ごと身を割る方法で、ほんの数秒で皮がむける。インターネットを通じて全国で話題となり、地元ではこれを商機に販路拡大を狙う動きも生まれている。(西家尚彦)

 それはツイッターにアップされた1本の動画が発端だった。

 日付は平成28(2016)年12月14日。「大阪に来てから、ミカンの皮をべりべり剥(は)がす人が散見されるので、ミカン農家の孫として、本場和歌山の剥(む)き方を紹介します」。こんな短文と一緒に、ミカンのへたのない方から皮ごと4つに切れ込みを入れ、割って、素早くはがすテクニックが約10秒間の動画で公開された。

 瞬く間に拡散、投稿から3年たったこれまでの閲覧数は約133万件。閲覧した人が、さらに紹介するリツイートの件数も約2万6千件に達している。

 投稿したのは、現在、大阪大学の工学研究科で機械工学を専攻する大学院生、田中颯樹(さつき)さん(24)。和歌山市出身で、祖父は「有田みかん」の産地、和歌山県有田川町でミカン農園を営んでいる。

 大学入学後、大阪府箕面市で暮らす田中さんのもとには毎シーズン、祖父から段ボール入りの有田みかんが送られてくるようになった。3回生のとき、自室で友人らに有田みかんを振る舞い、彼らが帰宅した後、ふと気が付いたことがある。

 「みんなミカンのむき方、下手やなぁ」。テーブルには、細かく千切れた皮が散乱していたのだ。有田むきのむき方で育ってきた田中さんは嘆息した。そこで「参考になればと、ほんの軽いノリで実演し動画を投稿した」ところ、たちまち拡散。「有田むき」として急速に知られるようになった。

 JAありだによると、有田むきが始まった理由や時期などは正確には分かっていないが、地元のミカン農家が早くて簡単に手を汚さずむく方法として始め、その後普及したとする見方がある。担当者は「有田みかんはやや平べったく、手で切れ込みを入れやすいので、もともと有田むきに向いていた」とみる。

 地元ではいたって普通に行われているむき方だが、動画を見た他地域の人には新鮮に映ったようだ。

 「ぼくもチャレンジしてみました」。今では動画投稿サイト「ユーチューブ」などにも、有田むきの実演の様子が多数投稿されている。

速さ競う選手権

 これを商機とみたのが、県農業協同組合連合会(JA県農)だ。県農では昨年から3カ年計画で、有田むきをアピールして和歌山のミカンの消費拡大を目指すキャンペーンを実施している。

 昨年は、有田むきの速さを競う「有田むき選手権」も開催した。速くむいて口に入れる動画を写真共有アプリ「インスタグラム」に投稿した約250人による予選を経て、上位9人が東京で開かれた決勝に参加。優勝者にはミカン約100キロが贈られた。今年は有田むきを紹介するポスター約1万5千部を作製。全国のスーパーなどで掲示し、アピールしている。

 県農の担当者は「有田むきの“旬”はまだ過ぎていない。動画などを通じて今後も興味をもたれれば、販路の拡大が期待できる」と話す。

事業継承にもつながる

 有田むきを一躍有名にした田中さんには弟がいる。大阪経済大学の経営学部4年、悠基(ゆうき)さん(22)。当時、兄のツイートをリアルタイムでみた際は、「そんなん、みんな知ってるのに」と思ったという。しかし、その反響に驚いた。

 「有田むきが世間で知られていなかったということは、絶品の有田みかんそのものを味わったことのない人も多いのでは」と気づいたという。

 悠基さんは以前、一般企業への就職を検討していたが、兄のツイートに触発され、卒業後は祖父のミカン農園を継ぐことを決意した。帰省中は見習いで収穫を手伝い、インターネット販売なども始めている。

 現在、農家の多くが事業承継の問題を抱えているが、地元の特性を見直すことで、若者が農業に魅力を感じる好例にもなりそうだ。

 「兄のツイートが、結果として有田みかんの普及に携わるきっかけになりました」と悠基さん。今後も、さらなる“拡散”を期待している。

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 【プロフィル】西家尚彦(にしや・なおひこ) 平成2年入社。大阪新聞報道部、産経新聞大阪本社地方部などを経て、今年8月から和歌山支局。故郷・奈良では、果物は柿や梅が有名。これまで食べた温州ミカンで一番おいしいと感じたのは、京都・宮津市産の「由良みかん」。和歌山の「有田みかん」が絶品なのは言うまでもない。

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