モーレツ社員がある日…燃え尽き症候群は同僚が防げる

社員がいきいきと働き、高いパフォーマンスを発揮する職場をつくるには何が必要か。産業医として多くの企業で社員の健康管理をアドバイスしてきた茗荷谷駅前医院院長で、みんなの健康管理室代表の植田尚樹医師に、具体的な事例に沿って「処方箋」を紹介してもらいます。

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「燃え尽き症候群(バーンアウト)」というと、懸命に何かに取り組み、目標を達成した後、虚脱状態になったり、無気力になったりすることだと思っていませんか。実は仕事の成否にかかわらず、心身が張り詰めた状態が続いた結果、まるで燃え尽きたかのように、あらゆる物事への意欲を失ってしまった状態を指します。

物事に投げやりになったりするばかりか、夜眠れない、朝起きられない、出社できない、酒量が増える、イライラが募る――などの症状がみられ、頭痛や胃腸の不調などの体調不良に陥ったり、社会的に適応できなくなったりすることもあります。

燃え尽き症候群になりやすい状態としては、(1)誰にも頼れない状態にある(2)仕事に対して完璧主義である(3)責任感が人一倍強い(4)自分の能力以上の業務をしている――などがあげられます。

コンサルティング会社に勤める30歳代男性の事例です。

退社時間は早くて午後9時か10時ごろ。遅いときは午前1時や2時ごろ帰宅していました。入社2年目で経験や知識が乏しかったものの、同僚も忙しく、相談できる相手がいなかったといいます。1カ月間ほど休みなく働いたところ体調を崩し、出社できなくなってしまいました。面談してみると、「もともとコンサルの仕事を志望していたので、目標達成のために、あれもやらなければ、これもやらなければと思ってやってきた」とのこと。大きなプロジェクトをやり終えたら、脱力感とともに、仕事に対する執着がなくなってしまったとのことでした。3カ月の休職の後、復職しましたが、1カ月後には退職してしまいました。

■慢性的な職場ストレスに起因

2022年に発効する世界保健機関(WHO)の新しい国際疾病分類(ICD-11)に、燃え尽き症候群が初めて記載されました。「健康状態に影響を及ぼす要因」として、「適切に管理されていない慢性的な職場ストレスに起因するもの」とされました。特徴としては(1)エネルギーの枯渇、または消耗したという感覚(2)仕事に対する心理的距離の増加、もしくは仕事に対する否定的あるいは冷笑的な感情(3)職務上の能率の低下――の3点を挙げています。

ICDの分類では、燃え尽き症候群は職場での「問題」であり、病気とはされていません。しかし、病気などの分類や定義についての国際標準となるICDに記載されたことで、今後の研究や職場での予防に大きな進展が期待されます。

■強い使命感や責任感が裏目に

燃え尽き症候群の多くは、強い使命感や責任感を持って仕事に取り組んだ人にみられるとされます。特に最近は、それまで自信にあふれ、仕事で結果を出してきた人が、社会や時代の大きな変化に直面、思うような結果が出せず、無力感に打ちひしがれる例が増えているように思えます。

精力的に仕事をこなし、周りからも一目置かれる存在だった人が、仕事に対する意欲を急に失い、ひどい場合には休職さらには離職してしまう――。そうなっては職場の同僚や上司も困惑するばかりです。

金融機関に勤務する50歳代の男性管理職の事例です。

気力の低下のほか、じんましんや下痢、頭痛に悩まされる日々が半年ほど続いていたそうです。自己分析は「完璧主義、きちょうめん、真面目」。帰宅はいつも終電で、週末出社も当たり前、休みは月に2、3日だったそうです。いつもなかなか眠れず、睡眠は3時間ほど。顧客対応や部下の指導などで、イライラすることが多く、ついついお酒を飲み過ぎてしまうということでした。仕事でのミスも目立つようになったことから産業医を訪れました。面談の結果、まず3カ月間の定時退社の就労制限措置を取りました。専門医の受診を指示したところ、3週間の休職指示が出されました。復職後は時間外労働を月40時間以内に制限、体調不良もなく勤務できるようになりました。

■自ら孤立を招く恐れも

燃え尽き症候群の症状はさまざまです。倦怠(けんたい)感、疲労感、イライラ、頭痛、胃腸障害などなど。精神状態が不安定になると、人は孤独を選びがちです。自信にあふれていた人ほど「自分のことは誰にも理解されない」「自分のつらさは誰にもわかってもらえない」と自ら孤立を招きかねません。

こうしたイライラが高じると感情が激化、辺り構わず当たり散らすようになると、周囲の人間は離れていってしまいます。最悪の場合、失業したり、家族すら失いかねません。

あるメーカーで研究部門の責任者を務める40歳代男性の事例です。

手足のむくみ、残尿感、動悸(どうき)、疲労感、脱力感など、多種多様な症状に悩まされていたことから、産業医の面談を受けました。「これまで成果を上げてきて、自信もある」と話していましたが、最近は「常に結果を求められているのに結果を出せずにいる」とのこと。部門の責任者として周りとも相談できず、イライラを募らせ、家族にもあたってしまうというのです。

血液を検査してもらったり心電図をとってもらったりしても結果は異常なし。専門の精神科医を受診してもらったところ、うつ病と診断され、1カ月間の休職を指示されました。抗不安薬の服用で動悸などの症状も軽くなったので、復職後は時間外労働を3カ月間禁じたうえで、精神的に孤立しないように意識して同僚とのコミュニケーションに努めるように指導しました。現在は以前のように思い詰めることもなく、勤務できているそうです。

燃え尽き症候群は、主に心理学の領域で研究され、発展してきた概念であるのに対し、うつ病は主に医学領域で研究されてきた疾患です。燃え尽き症候群とうつ病は症状として、オーバーラップする点も多くあり、今のところ区別するのは難しく、今後の研究を見守る必要があります。

■予防には職場での取り組みが不可欠

燃え尽き症候群は仕事に起因するものですから、未然に防ぐには職場での取り組みが不可欠といえます。大切なのはチームとしての一体感の醸成と日々のコミュニケーションです。仕事上の課題をひとりで抱え込ませることなく、相談できる職場の環境づくりが重要となります。上司と部下が1対1で定期的に面談する「1on1(ワン・オン・ワン)ミーティング」や社員の心理的負担を検査する「ストレスチェック」の活用も有効でしょう。

あらゆる病に共通することですが、本当に危険なことは、症状に無自覚であったり、「自分には何も悪いところがない」と症状を否認したりすることです。燃え尽き症候群も同様です。まずは本人の気づきが大切になります。最初のシグナルは疲労感、倦怠感、無気力などです。そうした状態に陥っていることに気付いたら、何が原因となっているのか考えてみましょう。

燃え尽き症候群は自分で工夫することで燃え尽きることを防げるはずです。ゆっくり休養したり、家族と過ごしたり、リフレッシュすることを心がけてください。燃え尽きないためにも、そのまま放置せず、1人で抱え込まない事が大切です。植田尚樹

1989年日本大学医学部卒、同精神科入局。96年同大大学院にて博士号取得(精神医学)。2001年茗荷谷駅前医院開業。06年駿河台日大病院・日大医学部精神科兼任講師。11年お茶の水女子大学非常勤講師。12年植田産業医労働衛生コンサルタント事務所開設。15年みんなの健康管理室合同会社代表社員。精神保健指定医。精神科専門医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。

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