秋冬モノで1000円前後の値上げを予定している、と発表したユニクロが叩かれている。
ネットやSNSでは「これでユニクロに行く理由がなくなった」などと厳しい声が多く寄せられているのだ。また、以前からSNS上ではたびたび指摘されている、「シンプルなデザインばかりで高齢者やオシャレに興味がない人向け」という批判も蒸し返され、「ダサいのに高すぎるを目指すユニクロのマーケティング戦略」などとディスられているのだ。
「ダサい」はさておき、「高い」という批判はユニクロ的に看過できないリスクだ。ご存じのように、日本人は「安さ」をアピールしていた企業が、高級路線に転じると、まるで犯罪をおかした者のように執拗(しつよう)に叩き続けるという陰湿なカルチャーがある。
分かりやすいのが、マクドナルドだ。かつて「65円バーガー」など低価格路線で人気を博したあと、80円程度に値上げするなど高級化路線へと舵(かじ)を切ったが、「ハンバーガーが80円? そんなボッタクリあり得ない」などと炎上して売り上げも激減、わずか半年で値上げを撤回して、さらに安い「59円バーガー」にしたことがあった。
ユニクロもこれと同じことが起きる可能性は、ゼロではない。秋冬モノが実際に店頭に並ぶと「こんなシンプルなフリースが2990円? あり得ない!」「企業努力が足りない! 社員の給料を削ってでも、価格を据え置くのが商売の基本だろ」なんて感じで陰湿なネガキャンが起きて、客足にも悪影響を及ぼすのだ。
ただ、そういうリスクはさておき、ユニクロの「フリース1000円値上げ」は、人口減少社会に対応していくという点では何も間違っていない。むしろ、「なるほど」と納得するほど理にかなった戦略なのだ。
これからの日本では、「あらゆる世代に安くて質のいいモノを提供して、幅広い支持を得る」というビジネスモデルに固執し続けていても、破滅しか待っていない。日本国内の消費者の絶対数が激減していくことに加えて、中でも若者の数が急速に減って、加速度的に貧しくなっていくからだ。
若者が貧しくなる
移民を受け入れない日本で消費が急速に冷え込むことは、今さら説明の必要もないだろう。これからの日本は毎年、鳥取県の人口と同じくらいの人が減っていく。ただ、「労働人口」の減少はロボットやAIでカバーできるし、外国人の技能実習生を酷使し続ければ、どうにかゴマかすことができる。
しかし、「消費人口」は無理だ。ロボットやAIは食事もしないし旅行もしない。日本中にたくさんいる技能実習生は、日本人が逃げ出すような低賃金でコキ使われていることに加えて、本国の家族への仕送りや、ブローカーへの借金返済などで極貧の生活を送って消費どころではない。
最後の希望が、「移民を受け入れることなく国内消費者を増やす」というウルトラCが実現できるインバウンドだったが、コロナで木っ端微塵(みじん)に砕け散った。新規感染者数が増えるたび、「マスクをしない外国人は出てけ」なんて閉鎖的な国では、しばらくこの方面に期待することは難しい。
となると、われわれに残されたのは、国内の消費が人口減少にともなってじわじわと縮小することを受け入れて生きていく道だ。その中でも急速にしぼんでいくのが若者の消費だ。
これは最近、政府が出した「最近の若者は草食系でデートをしなくなった」なんて与太話などは一切関係なく、シンプルに若者の絶対数が減って、貧しくなっていくことが大きい。厚生労働省の「人口構造の急速の変化」を見れば分かりやすいが、8年後の2030年、日本人の31.2%、およそ3分の1が65歳以上になる。(参照リンク)
15~64歳は19年から632万人も減少して、中でもガクンと減るのが30代以下だ。人口ピラミッドでは30年に59~56歳の団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)が山のピークなので、20代あたりが最も少なくなってしまうのだ。
そして、このような「いびつな人口構成」になると当然、若者は今よりも貧しくなっていく。
常識が通用しなくなる
2010年に生産労働人口約2.8人で高齢者1人を扶養していたが、30年になるとこれが約1.8人で1人を扶養することになる。ただでさえ負担が重くなっていくところに、日本は年功序列で若者は低賃金という常識がビタッと定着しているので、若者からすればもはや社会保障負担のために働いているような感じになってしまう。
もちろん、これも日本政府が諸外国のように最低賃金を引き上げて、賃上げの流れを後押ししたり、ベーシックインカムを導入したりすれば解決できる話なのだが、「賃上げしてくれた企業は税制優遇します」なんてヌルい政策しかできない日本では夢のまた夢の話だろう。
つまり、30年の若者は、10年の若者に比べてファッションや旅行などの消費をする余裕が格段になくなっている可能性が高いのだ。
ファストファッションの常識は通用するのか(提供:ゲッティイメージズ)
さて、このような近未来がほぼ確定している中で、これまでのような「あらゆる世代に安くて質のいいモノを提供して、幅広い支持を得る」というファストファッションが通用するだろうか。
通用するわけがない。消費者の数は減っているので、大量生産、大量消費を前提としたビジネスモデルはガラガラと崩れていく。特に20~30代は数がガクンと減って貧しくなるので、この客層がカバーしていた売り上げはゴッソリと削られていくのだ。
では、このような事態を避けるためにはどうすべきか。
まずやらなくてはいけないのが「価値向上」だ。日本国内の消費者の数はもう二度と増えていかないので、企業が成長を続けていくには単価を上げていくしかない。といっても、ただ価格を上げるだけでは先ほど申し上げたような消費者からバッシングを受けるので、これまでのファッションに新たな価値を乗っけていくしかない。
そして、それと並行してやらなければいけないのは、「年齢層の引き上げ」である。これまであらゆる世代に向けていたと言いながらも、なんだかんだ言って、やはり若者をメインにとらえていた部分はある。その発想をガラリと変えて、日本人の3分の1を占める65歳以上や、人口ピラミッドの山である50代後半が好みそうなシンプルで無難なデザインのものを多くしていくのである。
ユニクロの「高くてダサい戦略」
ここまで聞けば、勘のいい方はもうお分かりだろう。これらの人口減少社会対応の施策というのは、まさしく近年、ユニクロがSNSなどでディスられている「高くてダサい戦略」そのものなのだ。
実際、マーケティング的にもこの戦略は理にかなっている。
日本では高齢者のほうが経済的に豊かだということは言うまでもない。統計的にも、20代よりも50代のほうがお金を持っていることが分かっている。フリースが1990円から2990円に値上げしても、それほど気にならない。年齢層が上がれば上がるほど、「高い」にそれほどアレルギーがないのだ。
一般的に、高齢者になればなるほどファッションは保守的になる。中には志茂田景樹さんのような個性的なシニアもいらっしゃるが、多くの方は日常生活の中で、ベーシックで長く着られるアイテムを好む。若者から見れば「ダサい」ものだ。
このような「高くてダサい」を受け入れる消費者が、これからの日本ではどんどん増えていくのである。「あらゆる世代に安くて質のいいモノを提供して、幅広い支持を得る」という道の先に地獄しか見えない今、こちらへと路線変更していくのは、企業の「生き残り戦略」としては極めて真っ当だ。
という話をすると決まって、「私は60歳だけど高くてダサいなんて受け入れない!」とか「私は50歳だけどフリースに2000円なんて出せない」と反論をしてくる人たちがいらっしゃるが、ユニクロの戦略が非常に巧みなのは、ちゃんとそういう人たちも「ジーユー」でカバーしていこうとしているところだ。
ご存じのように、ジーユーはユニクロよりも低価格帯で若者向けの商品構成となっている。そのため、広告イメージキャラクターも、中条あやみさん(25歳)と福士蒼汰さん(29歳)という20代だった。
しかし、21年秋冬シーズンからそこに、木梨憲武さん(60歳)とCharaさん(54歳)が加わったのである。8年後、木梨さんは日本人の3分の1を占める世代のど真ん中、Charaさんも人口ピラミッドでかなり多い世代だ。
「ガス抜き」が欠かせない
このイメージ戦略は何を示しているのか。もちろん、1つには、木梨さんやCharaさんのようにオシャレなシニアもジーユーに来てくださいね、というターゲット層拡大の意味があるのだろう。ただ、筆者は、ユニクロの「高くてダサい戦略」の批判をかわす、リスクをヘッジする目的もあるのではないかと考えている。
冒頭でも申し上げたように、日本人は「安さ」で売っていた人の裏切りを決して許さないネチっこさがある。ユニクロが人口減少社会対応で「高級化」を進めたら、間違いなく一部の消費者は陰湿な攻撃を仕掛けるだろう。
具体的にはネットやSNSで「こないだ店をのぞいたらガラガラでした」「2990円もするフリースなのに、買って3日で破れました」など「高級化」を断念するようなネガキャンを展開するのだ。
では、これを避けるためにはどうすべきかというと、「ガス抜き」だ。ジーユーという低価格帯を、安さに執着し続けるシニア客のためにも解放する。つまり、木梨さんとCharaさんという50~60代のイメージキャラクター起用は、「ユニクロを高く感じるシニアのお客さまはぜひこちらにどうぞ」という意味もあるのではないか。
いろいろ勝手なことを言わせていただいたが、筆者はユニクロの1000円値上げ、ジーユーの年齢層引き上げは人口減少社会に対応した正しい戦略だと評価をしている。
人口減少という事実からひたすら目を背けて、人口が増えていた時代に確立されたビジネスモデルに固執して、じわじわと疲弊しているような企業が多い中で、さすが日本を代表する製造小売だと関心している。
コロナ禍、国内のアパレル市場は苦戦した(出典:矢野経済研究所)
日本人は人口減少を子どもが減るくらいにしか思っていないが、本来は厚労省ではなく、財務省か経産省が管轄しなくてはいけない「経済問題」だ。
例えば、日本では学校で子どもたちに「高度経済成長期に日本は技術力を磨いたことで、世界第2位の経済大国になりました」と教えるが、これは「古事記」みたいな神話と同じで、真っ赤なうそだ。
技術や教育がある水準まで達した先進国のGDPはそのまま人口に比例する。人口1億2000万人の日本は、米国に次いで先進国で2位の人口大国なので、GDPも2位になる。事実、ドイツのGDPを抜いたときに日本人は「あの技術大国のドイツのGDPを抜いた! ってことは、日本の技術力がドイツを追い抜かしたってことだろ」と大騒ぎしたが、実はこのとき、日本の人口がドイツの人口を抜いていたのだ。
つまり、われわれが「日本経済スゴイ」と思っているものの多くは、実は1億2000万人という人口によって下駄を履かせてもらっていたのだ。
こういう事実を真摯(しんし)に受け止めれば、人口が急速に減っていく中で、ビジネスモデルの大きな転換をしていくのは当然である。ユニクロの値上げはその当たり前のことをしているのだ。
中学生でも分かる理屈
最近よく「人口減少が恐ろしい」という記事をよく目にするが、人口減少という現象自体は米国以外の先進国でほぼ例外なく起きているので、これ自体が恐ろしいわけではない。また、悪いことだけではなく、環境破壊や食料問題など人が減ることで解決できることもたくさんある。
人口が減っているという事実はもう何をしても覆らないのだから、それに素直に対応すればいいだけの話だ。例えば、人口が減る中で経済規模を維持していくには、1人当たりの生産性をあげていくしかない。人間の数が減るのだから「1人当たり」の稼ぐ力を上げなければ計算が合わないというのは、中学生でも分かる理屈だ。
では、「稼ぐ力」は何かというと、労働者が生み出すお金の価値を上げることなので、究極的には「賃上げ」しかない。時給900円の労働者がどんなにDXを活用しても、時給1500円の労働者が「生み出す価値」にはかなわない。これは「勤勉」とか「働きやすさ」というフワッとした話は一切関係ない。諸外国で当たり前に進めている経済対策という「数学」の話だ。
日本人の「狂気」
しかし、残念ながら日本ではその当たり前のことをやらない。
日本の技術力がどうしたとか、消費税をなくせば日本は復活だとか、人口減少という数字の問題からひたすら目を背けて、諸外国ではあり得ないような独自のロジックを唱え続けている。この「日本は特別な国」という傲慢(ごうまん)さは、これから本当に恐ろしい事態を引き起こす恐れがある。
これは前の戦争とまったく同じだ。あのときも経済分析で米国に勝てないことは開戦前から分かっていたが、その事実から目を背けて戦争回避・停戦交渉という当たり前のことをやらず、「大和魂があれば負けない」などとワケの分からない精神論を掲げて破滅につき進んだ。
自分たちの都合のいい話しか受け入れない日本人の「狂気」のほうが、人口減少よりもはるかに恐ろしいと感じるのは、筆者だけだろうか。
窪田順生氏のプロフィール:
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。
近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。