ランキング東大超え。世界から一流研究者が殺到する沖縄科学技術大学院大学が急成長を遂げた秘密

10月8日、一つの大学院大学の発表が注目を集めた。

沖縄県恩納村にある沖縄科学技術大学院大学、通称OISTがバクテリアを利用した低コストの排水処理装置の製造を目的とした大学発スタートアップ企業、BioAlchemyの設立を発表した。

OISTの設立は8年前。今、急成長を遂げており、アカデミアの世界では脚光を浴びている私立大学だ。2019年6月にはイギリスのシュプリンガー・ネイチャー社が発表した質の高い論文の割合が高い研究機関ランキングで東京大学の40位を上回る日本トップの9位にも選出された。

同大学院広報は「こういったランキングが出たことで、対外的にOISTの成功をアピールする指標が得られたと思っています」と話す。

急成長支える潤沢な研究資金

2019年6月に発表された質の高い論文の割合が高い研究機関ランキング。発表当初、OISTの順位は10位だったが、8月に修正されて9位となった。

2019年6月に発表された質の高い論文の割合が高い研究機関ランキング。発表当初、OISTの順位は10位だったが、8月に修正されて9位となった。

OISTが設立からたった8年でここまでの成功を納めた理由は、なんといってもその豊富な資金力にある。予算の大部分は、沖縄科学技術大学院大学学園法によって定められた補助金によるものだ。

この潤沢な資金を武器に、OISTは創設時から世界トップレベルの研究機関を目指してきた。

在籍する研究者は74人。うち、外国人は44名。出身国は15カ国以上にのぼる。

また、理事には、素粒子の一つである「クォーク」に関する研究で1990年にノーベル物理学賞を受賞したジェローム・フリードマン博士や、細胞の表面についた「イオンチャネル」と呼ばれるタンパク質の機能に関する研究で1991年にノーベル生理学・医学賞を受賞したエルヴィン・ネーアー博士などが名を連ねている。

OISTではこうした世界的に著名な研究者や最先端分野の研究者の招聘(しょうへい)、大学への設備投資を進めてきた。この補助金は研究費としても利用されている。

2018年度は、大学の運営費や研究費など含めた約200億円が補助金で賄われた。

2019年9月の段階で、OISTには博士課程の学生が205名在籍している。そのうち、日本人の割合はわずか15%。世界各地、48カ国から学生が集まっている。

© 提供:OIST/Murray 2019年9月の段階で、OISTには博士課程の学生が205名在籍している。そのうち、日本人の割合はわずか15%。世界各地、48カ国から学生が集まっている。

「いくら必要ですか?」

研究費をいわゆる「科研費」だけに頼らない構造は、研究者にとって非常にやりやすい。

科研費は、いわば「研究プロジェクト」に対してつく予算だ。そのため、申請時に具体的な実験方法や必要な実験装置、細かい実験プランなどを説明する書類をつくらなければならない。こういった研究以外の作業量の多さは、多くの研究者たちの悩みの種となっている。

仮に科研費を獲得できても用途が限られる場合も多い。さらに、毎年研究の進捗状況を報告する必要があるため、どうしても短期的に結果が出やすい研究が多くなってしまう。

その結果、目的がわかりやすい応用的な研究は発展しやすい一方で、芽が出るまでに時間のかかる基礎研究や、研究者の想像力を活かした挑戦的な研究に取り組みにくい環境が醸成されてしまった。

OISTの研究費は、研究プロジェクトではなく研究者につく予算だといえる。

国立大学からOISTに来たA教授は、次のように話す。

「一番驚いたのは、最初に『自分の力を一番発揮するには、いくら必要ですか?』と聞かれたことです。結果的に私の研究室の研究費総額は、以前よりやや多くなった程度でしたが、大型の基礎研究をやりやすくなりました。

すべてを科研費でまかなおうとすると、2〜3年で成果を出さなければ次の申請が通りにくくなるなど、長期的な研究の展望を描きにくかった点が大きなストレスでした。OISTでももちろん成果を出さなければなりませんが、5〜6年単位で研究費が保証されているので、思い切って研究することができます。安心感がまったくちがいます」

実際、OISTに着任後、A教授の研究内容は基礎的な内容が多くなった。

当然、無制限に研究資金を得られるわけではない。採用時だけでなく、定期的に研究業績が国際的な視点(海外の有力大学の研究者)で評価される。OISTはこうした厳しい評価にも耐える人材に対して、十分な研究費や時間を提供することで、世界的にインパクトを与える研究成果を連発しているわけだ。

例えばここ数年の成果では、低コストで安定した新しい太陽電池パネル用の材料の発見や、エボラウイルスの核構造の解明などがある。

異分野を超えて研究者の想像力を育む環境

一般的な大学では、同じ分野の研究室がまとめられている。一方、OISTでは、生物の研究室の隣に数学の研究室があるなど、異分野を跨いだ情報交換が起きやすい環境を整備している。

© 提供:OIST/Murray 一般的な大学では、同じ分野の研究室がまとめられている。一方、OISTでは、生物の研究室の隣に数学の研究室があるなど、異分野を跨いだ情報交換が起きやすい環境を整備している。

予算の事情以外にも日本国内の大学とは異なる点がある。

まず教員と学生の半分以上が外国人で、学内の公用語は英語だ。「学部」という概念も存在せず、違う分野の研究室が同じフロアにある。

例えば生物系の研究者と物理系の研究者の間で“化学反応”が起き、新しい視点での研究が発展することもある。分野を跨いだ研究を促す仕組みだ。

さらに、研究支援ディビジョンと呼ばれる研究をサポートする組織の存在も特徴的だ。研究者の事務作業をサポートする職員だけでなく、次世代シーケンサークライオ電子顕微鏡スーパーコンピューターなど、高額な最先端の実験装置の取り扱いに特化した専門の技術員を雇用している。

測定してほしい実験材料を技術員に渡せば、技術員が最適な実験を行い、最先端の装置を使った高精度のデータを得ることができる。もちろん研究者自身も実験できるように、装置の使用方法のサポートなども手厚い。

こうした最先端の装置は国内の他の大きな大学にも導入されている。しかし通常は、異分野の研究者が同じ装置を使うのはそう簡単ではない。OISTでは、研究支援ディビジョンの存在によって、最先端の装置を分野をまたいだ大学全体で有効活用できているのだ。

研究者の層の薄さが課題

OISTでは、最先端の装置の取り扱いに長けた技術員を育成して、研究のサポートを行なっている。

© 提供:OIST OISTでは、最先端の装置の取り扱いに長けた技術員を育成して、研究のサポートを行なっている。

順調に成果を出し続けているOISTだが、もちろん課題もある。

A教授はOISTの課題を「層の薄さ」だと指摘する。

OISTの研究者数(教授、准教授だけをカウント)は、2019年9月段階で74人。一方で、東京大学の教授と准教授は2018年5月段階で2000人を超える。OISTでは同じ分野の研究者が少ないため、同分野の研究者同士で進める巨大なプロジェクトが実現しにくい。

今後、より大きな成果を出すためには、OIST自体の拡大に限らず、他大学や研究機関との共同研究も重要となってくるだろう。

2021年に迫る法案の見直し

2019年6月末、OISTは財務省から外部資金の少なさや、教員1人あたりのコストが高いことを指摘された。財務省の調査によると、OISTの教員1人あたりにかかる国の運営補助金は約2億7000万円。例えば東京工業大学の教員1人あたりにかかる運営補助金が約2200万円であることを考えると確かに高額だ。

この指摘に対して、OISTは次のように返答している。

「OISTは8年前に創⽴された若い大学です。今後、⻑い歴史を有し成熟した大学に匹敵する多様な外部資金を獲得できるよう努めてまいります。

一⽅で、急速に成⻑してい くためには、今後も施設や研究機器などへの大規模な投資が必要です。本学に提供される政府資⾦については、世界⽔準の教育研究を実現すべく厳しい監視下で効率的に活用されています。政府及び国民各位が、真に革新的なイノベーション及び沖縄の発展に貢献するという大きな志の実現を⽬指すOISTを引き続きご支援下さいますよう切にお願い申し上げます」

OISTは、今なお大学の規模を拡大している。教員を募集すれば、世界各国から第一線で活躍している研究者たちが殺到するように、研究者の間での評価も高い。

今後、研究者の数が順調に増えていけば、最先端の実験装置を使った世界のトップを狙える研究成果がますます増えるだろう。継続的な投資によって、将来的な費用対効果の改善も想定される。

若い大学でありながらスタートアップ企業の立ち上げに積極的な姿勢も、研究者の雇用や、将来的に共同研究で外部資金を調達することを見越したものだ。

OISTの潤沢な資金を支える沖縄科学技術大学院大学学園法は、施行から10年にあたる2021年に一度見直される。

低迷を指摘されることの多い日本の研究現場で急成長を続けてきたOIST。世界トップレベルの研究機関として、この先も成長を続けることができるのか。今まさに、大きな岐路に立っている。

(文・三ツ村崇志)

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